第66話 王都

5時間後。

早暁の明かりが大地を照らしていた。


相葉ナギ、セドナ、レイヴィア、エヴァンゼリン、アンリエッタ、クラウディアの6人は街道を軍馬で疾駆していた。後方にはヘルベティア王国軍1万が進軍している。


目的地は、ヘルベティア王国の王都アリアドネ。


すでに王都アリアドネには2万の軍勢が集結しているという。

魔神軍20万は恐るべき速度で進撃し、2日後には王都アリアドネに到着するという。


「20万対2万か……」


ナギは馬腹を蹴った。


「心配いらぬぞ。今のそなたならば勝てる」


ナギの横で馬を走らせるレイヴィアが言った。


「随分と俺を評価してくれるんですね」


「自分でも気付いておる筈じゃぞ、ナギよ」


レイヴィアに言われてナギは複雑な色彩を顔に宿らせた。レイヴィア様のいう意味は理解している。俺は強くなった。十二罪劫王の1人・ダンタリオンを討伐してから一気にレベルが上がったのだ。


今現在のレベルは58。戦闘力はエヴァンゼリンを超えた。

そして無数の魔法も行使出来るようになった。オーディン様から下賜された恩寵を十全に活用できるようになったからだ。だが、ナギの胸中は晴れない。


(どうにも嫌な予感がする……)


ナギは心中で呟いた。爺ちゃんの言葉が、耳に響く。


『良いかナギ。歴史上強大すぎる力を持った人間は不幸な末路を遂げる者が多い。

 アレキサンダー大王、カエサル、ハンニバル、アッティラ大王、ナポレオン……。数え上げればキリが無い程にな。

 これは現代でも同じじゃ。急速に成り上がって成功する人間には時として信じがたい不幸が訪れる。もしお前が望外の幸福や、成功を得たら、自重、警戒、謙虚を忘れるな。この3つを忘れると破滅するぞ』


爺ちゃんは10歳くらいの俺にそう教えてくれた。その時は分からなかったが、今、その言葉が鋭く胸に響く。


俺がこんな強大な力を持って大丈夫か? これはゲームや映画じゃない。現実だ。一歩間違えれば破滅する。


「レイヴィア様」


ナギがレイヴィアに黒瞳を向ける。


「なんじゃ?」


「俺が傲慢になったり、ろくでもないことをし出したら、殴ってでも止めて下さい」


「おう。任せろ。千発殴って、足腰立たぬようにしてくれる」


「そこまでしなくて良いです! このサイコパス精霊!」


「冗談じゃよ。しかし、魔神軍二〇万という大軍勢、よくぞ王都アリアドネ付近に到達するまで、発見されなかったものよな」


「……魔神軍は、大規模転移魔法で移動した。そのせいでこちらの発見が遅れた……」


アンリエッタが、ぼそりと呟く。


「20万もの大軍を転移させたのですか?」


セドナが黄金の瞳に驚愕の光を宿す。


「信じられない……」


「その信じられないことを出来てしまうのが奴らさ。強大にして狡猾だ」


エヴァンゼリンが馬をよせた。


「うむ。完全に奇襲されてしまった。こちら軍の編成が間に合わなかった」


クラウディアが、歯がみした。


「王都アリアドネ近くにまで20万もの軍勢の侵攻を許してしまった。

戦略レベルでは致命的な失態だ。

もし王都アリアドネを落とされれば、大陸に魔神軍の強固な前線基地が構築されることになる。

王都アリアドネを陥落させられたというショックは人類、亜人、全てに圧倒的な敗北感を与えるだろう」


(将棋でいったら、飛車と角を取られるようなものか)


ナギは吐息した。王都アリアドネを陥落させる訳にはいかない。


「すでに大陸の国家群が同盟に基づいて出兵し、王都アリアドネに向かっているよ。そう悲観したものじゃないさ」


エヴァンゼリンが軽やかに微笑する。


「エヴァンゼリンは楽観的だね」


ナギが揶揄するように言う。


「悲観論なんて、役に立たない最たるものさ。悲嘆に沈むくらいなら、楽観主義を僕は選択するよ」


エヴァンゼリンは胸を張った。空気が明るくなる。


「ところで十二罪劫王はいるのでしょうか?」


セドナが問う。


「……いる。十二罪劫王達は魔力が圧倒的に強いからすぐ分かる。一体じゃない……」


アンリエッタが答える。


「一体じゃない? 何体いるのさ?」


エヴァンゼリンが尋ねる。


「……5体」


アンリエッタは、呟くと赤瞳を目を閉じた。



◆◆◆



王都アリアドネ。

城壁の上に頑強な体躯をした40歳前後の男がいた。ヘルベティア王国の国王イシュトヴァーン王である。


鎧兜をまとい大剣を握りしめた彼は、北方を見据えていた。

地平線の奥。黒い津波のように魔神軍が湧き出ている。


大鬼(オーク)、トロール、ゴブリン、リザードマン、死霊騎士(デス・ナイト)。その他、数十の魔物の混成軍が王都アリアドネにむかって押し寄せてくる。


「魔神軍め」


イシュトヴァーン王は双眸に闘気と憤怒を宿した。敵は20万、対するこちらは2万しかいない。


王都アリアドネを護るための城塞は完全に無効化された。これらの要塞群は全て国境付近に構築されている。


一番近い要塞でも馬で8日の距離だ。


「まさか20万もの軍勢を転移させるとは……」


王都近くに魔神軍が転移したことで、こちらは戦力を分散した形になった。

イシュトヴァーン王は苛立たしげに軍靴で床を蹴った。

軍事上の常識を完全に打ち砕かれた。


こんな形で首都を直撃されるなど想定外だ。

国境付近に駐屯する兵士と、国内の貴族達の軍勢が王都アリアドネに向かっているが、それまで王都アリアドネが持つかどうか……。


刹那、空から不快な叫びが響いた。

イシュトヴァーン王は空を見る。


ドラゴンの亜種ワイバーンが、天空を埋め尽くしていた。

ドラゴンの頭部、巨大な翼、鋭いかぎ爪。

全長20メートルをこえる空の怪物どもが飛翔してくる。


「陛下! ワイバーンの群れが!」


伝令兵が叫ぶ。


「魔導兵を最前列に移動させろ! 魔法と弩で打ち落とせ!」


イシュトヴァーン王が大喝する。

100匹を超えるワイバーンの群れが王都アリアドネめがけて襲いかかった。





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