第34話 野球拳      





「そうだ。勇者エヴァンゼリンは、近々、ダンジョン攻略にむけて動き出すだろうよ。だが、それだけじゃすまねェ、勇者エヴァンゼリンに伴って、ヘルベティア王国もメンツと自国の領土保全のために軍隊を編成する。勇者エヴァンゼリンとヘルベティア王国正規軍が、ダンジョン攻略に出動するだろう」


バルザックは、グラスを指先で弾いた。


「当然、冒険者ギルドにも要請がかかる。ヘルベティア王国は腕利きの冒険者を募集するだろう。報奨金は、こういう場合10倍の相場になる。どんな雑魚……、つまり小鬼(ゴブリン)でも殺せば、平時の10倍だ」


「10倍……」


「ああ、そうでもしねェと誰もいかねェ。命がいくつあっても足りねぇほどの場所だからな」


バルザックの声が低くなる。


「……10倍か……」


魅力的だ。行きたくなってきた……。


「バルザックさんは、行くんですか?」


「いや、俺は行かない。仲間達にも行かせない。ルイズのバカが行きたがるだろうが、殴ってでも阻止する」


バルザックは、ぐいっとワインを一息で飲んだ。


「お前さんは行きたいと思ったろう?」


「いや……、まあ……」


俺は恥ずかしげに言う。


「そう思うのも無理はねェよ。だが、行くな」


「行くな、ですか?」


「ああ、そうだ。危険すぎる。他のダンジョンに行くなら止めねぇよ? むしろ応援してやらァ。でも、十二罪劫王がいるダンジョンだけは止めておけ危険すぎる」


俺はワイングラスに手をそえた。一口飲む。


「十二罪劫王はな。あれは化け物だ。人間の勝てる相手じゃねェ。勝てるとしたら神か、もしくは英雄。すなわちエヴァンゼリンのような『怪物』だけさ」


バルザックがぐいっとワインをあおる。


「ナギよ、お前さんは腕が立つ。俺の何十倍も強い。それはこの前の戦闘でよく分かった。たいしたもんだ。だがよ、十二罪劫王は次元が違う。あいつらは一体で、都市一つを灰燼に帰し、一国の軍隊を殲滅するほどの怪物だ」


俺は背筋を振るわせた。一国の軍隊を殲滅? そんな存在があるのか?


「だからな。冒険者ギルドの要請があっても絶対に参加するなよ? 冒険者をするなら覚えておけ、最後に生き残るのは『臆病者』と『現実を把握している者』、この2つタイプしかいねェ。強者も弱者も関係ねぇ。

分かったな? もちろん、最後に判断するのはお前だがな……」


バルザックは言葉を切ると、ワインを飲んだ。


俺も飲む。


旨いワインだ、俺は思った。生きているから飲める。


死んだら、飲めない……。


その後、バルザックが外の空気を吸ってくると言って、バーから出た。

エリザは煙管を吹かしながら、静かに飲んでいる。うん、いい女。カッコイイ大人の女だね。色っぽい。

組んだ足の太ももが、官能的な曲線を描いており視線が吸い寄せられる。

そして、ルイズはセドナと野球拳をして下着姿になっていた。


「何をしているんだ?」


俺が問う。


「見てわからないの~? 野球拳だよ~」


ルイズが、真剣な顔で言う。


「それは分かる。だが、なぜ野球拳をする」


「ナギくん、バカなの~? セドナちゃんを裸にするためよ」


「裸にしてどうする気だ?」


俺はルイズの下着姿をガン見しながら問う。ルイズは細身で鍛えられた良い身体をしている。


「大丈夫、ちゃんと避妊はするから~」


「よし、ルイズよ。お前は酔っているみたいだ。さっさと全裸になって、俺に裸を見せた後で野球拳は止めろ。いや、むしろ俺と野球拳をして下さい」


「ナギ様、本音がただ漏れになっています」


セドナは靴とスカートを脱がされて、白いパンツが丸出しになっていた。


「そして、セドナ。どうして野球拳なんて応じたんだ?」


そんなふしだらな妹に育てた覚えはない。


「申し訳ありません。ですが、ルイズ様が『野球拳をしてくれないなら自殺する』と泣き出しまて……」


「ルイズ、お前、そういう脅迫は倫理的によくないぞ」


俺はルイズの赤いブラジャーを凝視しながら言った。


「いや、ナギ君……。私の胸を凝視しながらキメ顔しても説得力ないよ?」


ルイズが胸を隠したので、俺はルイズの赤いパンツをガン見する。うん、女の子のパンツはいいね。ルイズは良い体してる。


「ナギ様、あの……。私も下着姿なのですが……」


セドナが俺の服の袖をつまむ。


「うん、そうだね」


 俺はセドナの白いパンツを見た後、すぐに視線をルイズの赤いパンツに戻した。克明に脳内に記憶するため、全生命力と精神力の全てを使って凝視する。


「あの……ナギ君~? そんなふうにパンツが視線で燃えるそうな凝視をされると、さすがに私も恥ずかしいんだけど~」


 ルイズが手でパンツを隠しながらスカートを着け始めた。チッ、終わりか……。


「あの……、ナギ様? わ、私も……その、……パ、パンツが丸見えです……よ?」


 セドナが俺の腕を揺する。


「うん、そうだね」


 俺はセドナに視線を投じる。セドナの純白のパンツ姿。白くて細い足が剥き出しだ。綺麗で芸術品を鑑賞している気分だ。


「なんで、目つきが違うんですか!」


 セドナが怒鳴る。


「な、なんで怒るの?」


 俺は怯えて後ずさった。セドナは美しすぎる顔立ちをしているから、怒ると凄い怖い。エリザが、急に笑い出した。


「楽しい夜さね~。さあ、お嬢さん達、もっと飲もう。服を着るさね」

 

 エリザが、艶麗に笑いグラスを掲げた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 飲み過ぎた。つい奢りだと思ってワインをボトルで8本も開けて酔い潰れた。

俺はセドナにお姫様抱っこされた状態で、街路を歩いていた。いや運ばれていた。


すでに夜が明けて、清々しい朝日が空に上がっている。


祝勝会が終わって、バルザック達にお礼を言った後、俺はぶっ倒れたらしい。

気付くと、このようにセドナにお姫様抱っこされていた。


うう、情けない……。


「ナギ様? お加減は?」


「悪いです~」


俺は、情けない声を出した。ウエップ、気持ち悪い……。


『相葉ナギのヒモ男スキルが上がった。称号:《ロリコン・ヒモ男》を獲得した』


メニュー画面の毒舌が冴える。嬉しそうだな、この野郎。


「今日はよくお休みになって下さい。最近、働きすぎですから良いチャンスですよ」


「……うん。ありがとう……。じゃあ、今日は甘えさせて貰おうかな……」


苦しくて気が弱くなる……頭がガンガンする。……痛い……。


「はい。たっぷり甘えて下さい。一生、甘えて下さっても結構です!」


「……いや、一生はさすがに……」


『そして相葉ナギは、この日から働くのを止めて、セドナのヒモとして一生を過ごした。彼の墓碑銘にはこうある。【人間のクズ】……と』


やかましいわ、メニュー画面! 悪質なナレーションをするな!

働いてやるよ。今すぐ働いてやる!


「ナギ様、暴れないでください!」


う、暴れて気持ち悪い……。


「おとなしくしてて下さいね~。私が全部、面倒を見て差し上げますから……」


なぜかセドナは嬉しそうに言った。


そしてメニュー画面も嬉しそうに俺の脳内で語り出した。


『こうしてセドナは、相葉ナギの世話をして人生を無意味に過ごした。相葉ナギさえいなければ、彼女には輝かしい人生があったであろう。彼女は相葉ナギの死後も、貞節を守り孤独に死んでいった。すべては相葉ナギに出会ってしまったせいである……』


……そうならないように気をつけます。ダメだ。言い返す気力もない……。






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