沈黙は錆、失言は死

「……」

「……」


 沈黙により重い静寂が流れる。


 死ね神から何かを話し出すことはないだろう。

 死ね神は問いかけに応えるだけであり、死ね神が問うのは死に際の遺言と死後の願いだけだ。


「……」

「……」


 死ね神を呼んだはいいものの、何を質問するかを考えていなかったことに、今更ながらボクは気づいた。

 ボクが欲しているのは生き延びるために必要な情報であり、ボクを殺そうとしている死ね神がそれを素直に教えるはずもない。


 重要なのは訊き出し方だ。

 死ね神に悟られないように、ボクの知りたい情報を喋らせなければならない。


「……」

「……」


 かの宮本武蔵は、宿敵である佐々木小次郎を焦らすことで勝利を得たという。

 その逸話の真偽は置いておくとして、焦らすという行為が交渉において重要な要素である可能性は高い。


 もしも死ね神が焦れるような感性を持ち合わせているのならば。

 ボクの不手際によるこの沈黙も何かしらの効果を発揮する可能性が――


 いつの間にか、始めからいなかったかのように、ボクの視界から死ね神は消えていた。


「ちょっ、ちょっと待て! まだ消えるな! 頼むから、もう一回出てきてくれ!」

「……」


 慌てて嘆願すると、視界に死ね神が現れた。

 心なしか、不機嫌なように見えるのはボクの気のせいだろうか……。


 さっさと沈黙を切らなければまた死ね神が消えてしまう。

 今度は懇願したって戻ってきてくれるかはわからない。

 それどころか、ここで殺される可能性だって出てくるだろう。


 内容はなんだっていい。

 とにかく、何でもいいから質問を……。


「…………死ね神は普段は何をしてるんだ?」


 はたして、この質問の答えがボクの生存に繋がるようなことがあるのだろうか。


 しかし今重要なのは間を持たせることだ。

 この質問に対する回答なんて無視して、今の内に有効と思われる質問を――


「……死ね神?」


 それはつい漏れ出でてしまったかのような、そんな印象を受ける声だった。

 死ね神自身が、死ね神という言葉を訝しがるかのような……。


「……っ!?」


 事態に気付いた途端に、全身に寒気が走った。


 ボクは今、死ね神に対して死ね神と言ってしまったのだ。


 死ね神というのは抄が使い始めた呼称であり、目の前の化け物が名乗ったわけではない。

 そして死ね神の名づけ理由に尊敬や敬意の類は一切込められていない。

 問答無用で殺すのではなく、早く死ねとせっついてくるから死ね神だ。

 もちろん、良い印象を持てるような呼称ではない。


 それを、ボクは目の前の化け物に対して言ってしまった。

 もしも死ね神がこの呼称に機嫌を損ねていたら、次の瞬間には首を落とされていてもおかしくはない。


「……」

「っ!」


 死ね神は何も言わず、ボクに面を押し付けるように近づいてきた。

 自然と唾が喉の奥に嚥下され、か細い呼吸によりボクの口からはひゅうひゅうと音が鳴っている。


 間近に迫った感情の読めない白い仮面。

 その重圧に負け目をギュッと瞑ったところで、不意に重圧が離れたのを感じた。


「何もしていない」

「あっ……え……?」


 目を開けると、死ね神の面は離れていた。


「私はお前の近くにいる。お前の声を聞いている。お前の動きを感知している。されど私はお前に関心を持たぬ。聞きはするが理解せぬ。感知はするが関与せぬ。故に、私は何もしていない」


 つまり、いつでも殺せるように近くには待機している。

 しかしボクに興味があるわけじゃないから近くにいるだけで、結局は何もしていないということだろうか。


 どうやら死ね神という呼称にお咎めはないようだ。

 ボク如きが自身をなんと呼ぼうとどうでもいいのかもしれない。

 もしもそうならボクは見下されていることになるが、命が助かったのならとにかくそれでいい。


「要件はそれだけか?」


 それだけなわけがない。

 死ね神の素行なんてどうでもいい情報だけじゃ抄に合わせる顔が無い。


 ……いや、違う。

 とりあえずの取り繕いでした質問だったが、実はとても有益な情報を得られたのかもしれない。


 昨日の抄との会話。

 死ね神は誰かに使役されているのかもしれないという推測。

 先ほどの回答は、死ね神の主体性の無さを裏付ける内容だ。


 死ね神の背後には召喚者や命令者が居る可能性。

 ボクはそれを死ね神にぶつけることにした。

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