遺言の意味/人生の意味
「ど、どうして遺言なんてものを必要とするんだ? お前なら有無を言わさず殺せるだろ」
「遺言とは覚悟の証だ」
死ね神の真っ白い面がこちらを見据える。
まるで縫い止められるような圧力を感じ、視線を逸らすことができない。
「遺言は死を受け入れた者だけが遺すことができる。自らの死を認めることができない人間に遺言は遺せない。往生際の悪い者は死を拒絶し、喘ぎ、逃げ出し、人生の終幕に無様に恥を晒す。そのまま死しても苦しみ、もがき、絶望と共に消えゆくのみ……。私はこれを残酷であるとみなす。故に、私は遺言を問う」
死にたくないと泣き喚く人間と、死を受け入れ静かに佇む人間。
どちらの殺人に残酷性を感じるかと問われれば、ボクだって前者と答える。
遺言を拒否したボクは、死ね神の目に哀れと映ったのだろう。
実際、ボクは死を拒否して喚いている。
しかし、そんなのは当然の反応だ。
急に化け物に殺されそうになって、慌てふためかずに遺言を残せる人間なんて、それこそ化け物に違いない。
「……でもお前ショウを殺したよな。ショウは遺言を遺してないし、そもそもお前も遺言を訊いてないじゃないか」
「あの者は死後の願いを口にした。それは願いの代償として死を覚悟したからだ。故に殺し、そして願いを叶えた」
「じゃあ、ボクはどうなんだ。ボクが三日後までに死にたくない理由を見つけられなかったとして、潔く遺言も遺せなかったら……お前はボクを殺すのか」
「答える必要はない」
殺すのだろう。
結局死ね神にとってボクはペットや家畜と同じなのだ。
安楽死だろうと、納得の死であろうと、殺しは殺しだ。
慈悲を与えて、猶予も与えて、それでも最後には殺す。
「遺言なんてお前の自己満足じゃないか……。殺される方からしたら、結局は残酷だ」
「無意味に生き続けることこそが真の苦しみだ」
「っ!」
人生とは素晴らしい
人生とは有意義だ。
人生とは幸せに満ちている。
そんな戯言が真実とは思えないけれども。
もしもほんの少しでも真実を内包しているのならば。
死ねない理由も、生きたい理由も不明瞭なボクは。
そんなボクの生きている今は、人生とは呼べないのだろう。
今も、これから先も。
「……っ、いいじゃないか! 人生に意義を見出せる人間のほうが少ないんだ! ボクだけじゃない、惰性で生きている人間は世界中に山ほどいる! そうに決まってる! ボクだけじゃっ……ボクだけじゃない……!」
自分のことながら情けなさに涙が出そうだ。
負け犬の遠吠え。
生きる努力もしていないくせに不満だけは一丁前で、格好悪いことこの上ない。
「……」
死ね神は何も言わず、ただその白い面をボクに近づけた。
額が触れるほど接近しても何も言わず。
死ね神は無言でボクを見つめ続けている。
いっそのこと否定して、罵倒してほしかった。
「なんだよ……何か言えよ」
「必要ない」
「哀れすぎてかける言葉もないってことかよ」
「答える必要はない」
憂鬱だ。
ただでさえ三日後に殺されそうだというのに、殺そうとしている張本人から蔑まれるなんて。
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