第124話

 俺達四人の間にひりついた空気が走っていた。

 誰も一言も漏らさず、己の武器を構えて、ケルトの示した方向を睨む。


 やがてケルトの宣言通りに人影が見え、足音が近づいてきた。


 現れた人影は俺達を見て、緊迫した表情を一転穏やかな笑みへと変え、構えていた剣を降ろした。

 水没した廃都に吹く風が、彼の長い銀髪を靡かせる。


「よかった……君達か。てっきり裏切り者かとも考えたが、墓所でスカルロードを討伐した君達ならば手放しに信頼できる」


 現れたのはA級冒険者、〈黒き炎刃〉カロスであった。

 ケルトが長い息を漏らし、場の空気が弛緩する。

 俺が尻目に背後を確認すると、ルーチェとメアベルが武器を降ろすのが見えた。


 俺は息を呑み、呼吸を整えてからカロスの顔を見る。


「カロスだったか」


「凄いね……この短時間でここまで奥に踏み込むだなんて。やはり君達に目を掛けていたのは間違いではなかったな」


 カロスが目を細めて、俺達の功績を称える。


「地図の規定ルートは少々短縮させてもらった。ケルトが〈第六感〉で嫌なものを感じ取ったらしくて、様子を見ておきたいということになったんだ」


 俺はちらりとケルトの方を振り返り、目配せする。


「ん? ああ……まぁな」


 ケルトは歯切れの悪い口調でそう零し、物言いたげに俺を見る。

 あまりスキルについて口外してほしくないと目が語っていた。


「ヒルデ達はどうした? 一緒に行動していたはずだが」


「私は感知スキル……〈気配感知〉を持っている。これで私より先行する者達を見つけてね。普通の冒険者とは思えなかった。例の裏切り者は相当な強者だ。接触すれば、ヒルデ達では実力不足だと考えた。彼女達は他のパーティーを呼びに向かってもらい、私が単独で先行させてもらうことにしたんだ。もっとも……蓋を開けてみれば、君達だったわけだけれど」


「あれ……?」


 カロスの言葉に、ルーチェが表情を歪ませた。


「あ……あのぅ、カロスさんって、〈第六感〉持ちじゃなかったんですか?」


 ルーチェの言葉に、カロスがぽかんと口を開けた。

 何の話なのか一瞬掴めなかったらしい。


 ルーチェの指摘通り、以前俺と彼女は、ヒルデ経由で、カロスが〈第六感〉持ちであることを確かめている。

 魔剣士が〈第六感〉を有しているのはおかしなことではないが、戦闘クラスの魔剣士が〈第六感〉に合わせて全く別系統の〈気配感知〉のような感知スキルを有しているのは、はっきりいって異常なキャラビルドだ。

 普段から俺と話して知識を付けているルーチェもその違和感を嗅ぎ取ったらしい。


 すぐにカロスが苦笑いを浮かべて頷いた。


「……ヒルデから聞いていたのかな。すまない、騙すつもりはなかったんだ。ただ、自分のスキルを開示するのには抵抗があってね。〈気配感知〉はブラフだよ。私が持っているのは〈第六感〉……」


「ちょ、ちょっと待て! カロスさんよ、お前……ずっと頻発する異常事態を追って、貴族やギルドと提携していたんだよな? 〈第六感〉があって……今まで、あの不気味な結晶に気付かなかったってのか?」


 ケルトが声を荒らげて指摘する。


 そう、ケルトは二回〈哀哭するトラペゾヘドロン〉のばら撒かれた〈夢の穴ダンジョン〉に入り、その両方で〈第六感〉によるレアアイテムの感知効果での発見に成功している。

 〈哀哭するトラペゾヘドロン〉を発見してギルドに知らせたのはケルトが初ということになっている。


 ずっと怪事件を追っていたカロスが〈第六感〉持ちであってそれらを発見できていないのは、いわれてみれば異様な事態だ。

 ゲーム仕様が現実化したこの世界で、〈第六感〉について、実際にスキルを有している人間でなければ細かい指摘はできない。

 それ故にケルトの言葉は重たかった。


 カロスの表情が、一瞬消えた。

 俺は自身の視界の端で、メアベルが武器を構え直したのが見えた。


「疑心に駆られるのはわかるが、落ち着いて説明させてほしい。エルマ……冷静な君ならばわかってくれると思う。今は大変な事態で、仲間割れをしている場合では……」


 俺は地面を蹴ってカロスへと斬り掛かった。

 カロスが素早く剣を抜いて防いだ。

 鋭い金属音が俺とカロスの間に響く。


「君はもっと冷静だと思っていたよ、エルマ。疑う気持ちは無論、わかるとも。ただ、〈嘆きの墓所〉で〈王の彷徨ワンダリング〉を起こしたのは私ではない。それは私と同行していた冒険者達の証言からも簡単にわかること……」


 カロスが困った表情を浮かべて、諫めるような口調で俺へと言う。


「アリバイのトリックには気づいていた」


「へえ」


 カロスは表情を一転させ、興味深そうな笑みを浮かべた。


 俺はハレイン経由で〈嘆きの墓所〉の各冒険者の調査報告書に目を通している。

 それを見る限りでは、〈王の彷徨ワンダリング〉の直前にパーティーから単身で離脱したような、不審な人間はいないように見えた。


 俺はその際、一つの仮説を立てていた。

 持っていない感知スキルで異常を感知したと嘘を吐いて、『自身のスキルを伏せておきたいから異常をパーティー全員で目にしてから動いたことにしてほしい』と、メンバー達に誘導を掛けた人物がいるのではないか、と。


 ゲームと異なり、この世界において個人のスキルツリーの情報が重いのは、ケルトとメアベルの言葉から散々確認済みである。

 異常事態の調査とはいえ、目上の人間からそう言われればまず逆らおうとは考えないはずだ。


 カロスはパーティーメンバーと共にスカルロードの〈王の彷徨ワンダリング〉を目撃して、彼らを逃がすために殿を務めていたと証言していた。

 しかし、実態は恐らく違ったのだ。

 カロスは『〈第六感〉で〈王の彷徨ワンダリング〉を感知したため殿を務める』と仲間へ伝え、自身は単身でボス部屋へと向かい、スカルロードを刺激して〈王の彷徨ワンダリング〉を引き起こしたのだ。


 俺は先日に徹夜疲れから口を滑らせたように装って、ヒルデに『カロスは〈第六感〉を有している』と鎌を掛けて、彼女からその証言を引き出している。


 ただ、それでも仮説の上の仮説だ。

 俺が疑心を示してもケルト達の不安を煽るだけに終わる可能性もあったし、俺もカロスを信じたかった。

 だが、このタイミングでカロスと鉢合わせしたことで、俺の中の疑いは確信へと変わっていた。


 そのためボロを出させてケルトやメアベルから見てもカロスが疑わしい存在であることが明らかになるように、俺はもう一つブラフを掛けて、同時に最後のチェックを行った。

 もし〈第六感〉を有しているのが嘘であれば、実際に同じスキルを有したと発言したばかりの相手を目前にすれば、そのスキルの所有騙りを行うのは嫌がると考えたのだ。

 そのため敢えてケルトのスキルについて口を滑らせて反応を見た。


 カロスはそれに引っ掛かってボロを出したばかりか、結局〈第六感〉についても充分な知識がないことをケルトから指摘されてしまった。


「カロスが裏切り者だ! こいつはレイド調査の名目で上級冒険者を引き摺り込んで罠に掛けて、〈夢の主〉の贄にするためにずっと動いていたんだ!」


 俺が叫ぶのと同時に、ルーチェが横から飛び込んできてカロスへと斬り掛かった。


「〈曲芸連撃〉!」


 ルーチェが変則的な動きでナイフの連撃を繰り出す。

 カロスは徒手の右手を突き出し、盾越しに俺を突き飛ばす。

 剣を片手で優美に操り、ルーチェの初見の〈曲芸連撃〉を尽く捌き、飛来してきたケルトの矢を事もなげに右手で摘まんでへし折った。


「嘘……!」


 ルーチェが息を呑む。


「ハハハハハハハハハ!」


 カロスは楽しげな笑い声を上げると、勢いよく剣を振るい、ナイフ越しにルーチェを弾き飛ばした。


「ルーチェッ!」


 ルーチェは地面に叩きつけられるかと思ったが、華麗に空中で回転し、綺麗に着地して見せた。


 カロスが軽々と数メートル程跳躍して俺達から距離を取り、背後の岩の上へと立った。


 俺はカロスへと剣を向ける。


「調査の中で怪しいとは感じていたんだ。お前は執拗に俺へと、一連の事件が侯爵家の内部抗争だと刷り込みたがっていた」


 言いながら、俺はこれまでのカロスの様子を思い出す。


 疑わしい要素はあったが、決定的な証拠は何一つなかった。

 それに俺は俺個人として、カロスを信じたかった。


 王国の未来や、冒険者達の在り方を語る様子……何より弟子であるヒルデへの接し方が、どうしても俺には演技に見えなかったからだ。

 そのせいで最後の確証を持てなかった。

 あんな顔で嘘が吐ける人間を、俺は本当に見たことがなかった。


「教えてくれ……カロス。A級冒険者なんて、金なんていくらでもある。この世界で最も自由な生き方ができる人間だ。力も名声も自由もある……お前には、こんなことをしなきゃならない動機が本当にあったのか?」


 カロスは全てを手にしたはずの人間だからこそ、彼の王国を回って滅亡を食い止めているという話に俺は真実味を感じていた。


「エルマ……この世界に〈夢の穴〉が溢れている理由を知っているかな?」


 カロスは岩の上から悠々と語る。

 俺は剣を向けたまま沈黙を保つ。


 その隙に、ケルトとメアベルが後衛のラインを上げてくれているのを、足音から確認した。

 カロスは明らかに俺達に対して油断している。

 全く対等な敵として見ていない。


「創造神であるアルザロスが、この世界の不条理を、悲劇を嘆いているからさ。アルザロスは神々が生み出した人間を消し去り、この世界を滅ぼし……無へと帰すことを選んだ」


 カロスは自身の襟に手を掛けると、力づくで引き裂いた。

 胸元には刺青が入っていた。

 鎖で縛られる人間のような化け物が彫られている。

 恐らくは、神々に封じられたアルザロスの姿を、聖典の供述から再現したものだ。


「我々〈夢神の尖兵〉は……その手伝いをすることで、この世界から永遠に不条理と悲劇を取り除きたい。そのための夢壊ソークなんだ。私は創造神の使者として、この世界の救世主となる!」


 カロスは恍惚とした表情でそう語る。

 あまりに異様な様子であった。

 俺の横に並んだルーチェは、カロスを見上げて呆然としていた。


「嘘ですよね、カロスさん……」


「〈黒き炎刃〉がこんなイカレ野郎だったとはな……!」


 ケルトが俺の後方で、矢を引きながらカロスを睨む。


 ただ、俺は何となく、カロスの語る話に嘘臭いものを感じていた。

 自分の在り方に酔いしれているようだが、なんとなく本質的にそれらに対する関心が欠けているように感じられたのだ。

 人から聞いたことを、ただそのまま話しているかのような空虚さがあった。

 それが俺の中で、先程の違和感と繋がった。


「よくわかったよ。カロス、お前は……戦いを楽しみたいだけなんだな」


 正体を指摘されてから、カロスはずっと楽しげな笑みを浮かべている。


 カロスの背後の団体は知ったことではない。

 ただ、恐らくカロス個人は、全てを手にした自分の強さを十全に活かせる最後の目標エンドコンテンツがほしくなっただけなのだ。

 そのために滅茶苦茶な教義を掲げて、今、こうして王国中を敵に回そうとしている。


 カロスの語る冒険者の在り方には真に迫るものがあった。

 世界を救えるのは選ばれた少数の英雄しかいないのだ、と。

 もしかすると彼は、それが自身に見合う困難な試練でさえあれば、王国でも〈夢神の尖兵〉とやらでも、どちらでもよかったのかもしれない。


「君にもわかるんだね、嬉しいよエルマ」


 カロスが剣を空へと突き上げる。

 大きな魔法陣が展開され、カロスの周囲に大きな四つの黒炎が浮かび上がる。


 魔剣士の専用スキルツリー〈魔人の剣戟〉で習得できる魔法スキル、〈ダークブレイズ〉だ。


「エルマ、君とは遅かれ早かれ戦うことになると思っていた。さあ、本物の英雄の力を見せてあげるよ。せいぜい私を楽しませてくれ」

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