第92話
〈嘆きの墓所〉の主……ナイトボーン改め、スカルロードを倒した。
通路が大きく揺れ、床や壁に亀裂が走る。
この〈
俺はスカルロードの魔石を拾い上げる。
こんな状況だが、回収を忘れるわけには行かない。
「【Lv:85】の魔石なんて初めて見たぜ……いくらになるんだか」
ケルトが歩み寄って来る。
「そうだな……だいたい、一千万ゴルドには届かないくらいか?」
魔石の値段はレベルで決まる。
綺麗に比例しているわけではないが、だいたい何レベルでいくつなのかは覚えている。
「いっ、一千万……!?」
驚きのあまり、ケルトの声が裏返っていた。
「こいつだけで一人頭二百五十万ゴルドって……パッチワークの魔石も二つあるのに。
「えへへへ……」
ルーチェが誤魔化すように笑う。
正直、一千万ゴルド程度のドロップは、俺達は慣れているのだ。
本当にルーチェ様様である。
「あっ……」
崩れてほとんど粉になっていくスカルロードの死体を傍らに、盾が残っていることに気が付いた。
いや、そのままではなく、少しばかり小さくなっている。
削った骨を組んで作られ、中央に頭蓋骨の添えられた、不気味なデザインをしていた。
――――――――――――――――――――
〈屍将の盾〉《推奨装備Lv:85》
【防御力:+88】
【市場価値:五千五百万ゴルド】
屍の将軍の盾。
強い怨念を帯びており、生半可な攻撃を通さない。
――――――――――――――――――――
拾い上げて確認し、思わず「おっ」と声が出た。
ヒルデから巻き上げ……正当な決闘の対価としていただいた金額を、僅かに上回っている。
何なら上手く捌けば、これ一つで〈燻り狂う牙〉の〈
「〈夢の主〉はドロップしやすいにしろ、あっさりと出してくれやがるな……。さすが〈豪運〉持ちがいるだけはある」
「強引にトドメ刺しておけばよかったって思ってるんよ?」
ケルトの言葉に、メアベルが皮肉を刺す。
「あの化け物相手にんなもん狙ってたら、俺は今頃ここに立ってねぇよ……」
ケルトが気まずげに下唇を噛んでいた。
「だが、パッチワークのドロップも持ってったんだ。エルマには、酒くらいは奢ってもらわねぇとな」
「今確認したが、五千万ゴルドだった」
「ごごごっ、五千万ゴルドォ!?」
冗談めかして笑っていたケルトも、顔の色を変えていた。
「そっ、その悪趣味な盾っ! そんなにするんですか!?」
高額ドロップには慣れていたはずのルーチェも大慌てしている。
「できれば売りたくはないがな。さすがにレベル上過ぎて少し重いが……それでもこの防御力は魅力的だ。これで〈狂鬼の盾〉も卒業できる」
何せあちらは【防御力:+25】である。
いい加減に性能不足でせいぜい攻撃を受け流すのが限度だったが、これなら正面から受け止めてもダメージを大幅に軽減できるはずだ。
この世界では、レベルが足りない武器は重く感じ、扱い難くなる。
だが、それでもこの性能は魅力的だ。
一応ルーチェに相談はするが、できればこんなアイテム、絶対に手放したくないというのが本音だ。
「しかし、さすがに俺ばかり申し訳ないな。ラストアタックを取ったとはいえ……。いくらか分配しようか?」
「そういうの込みで回復役には手当てが出てるんよ。それにウチなんて、スカルロードとの戦いではMP不足でほぼ手助けもできなかったのに、レベルが四つも上がってしまったし……むしろ申し訳ないくらいなんよ。あの狩人さんには、恵んであげる義理なんてないし」
メアベルがまたばっさりとケルトを刺した。
す、少しくらいは労ってやってもいいと思うんだが……。
周囲が白い光に包まれて、壁や床が消えていく。
そろそろ外に飛ばされる時間だ。
「また分配のためにギルドで集まることにはなるけど、外に出たら、ひとまずこのパーティーはここまでなんよ。色々あったけど、お二人さんと組めてよかったんよ」
最後の最後までケルトを刺していく。
ケルトも立場上何も言えず、苦々しげな表情を浮かべていた。
「冗談なんよ。ケルトさんとも組めてよかった。もしも他の人だったら、きっと今頃スカルロードも倒し切れてなかったんよ」
メアベルがくすりと笑い、そう口にする。
「けっ、心にもねぇことを、腹黒僧侶が」
ケルトは顔を逸らし、頭を掻きながらそう口にした。
和やかな空気だが……大きな懸念点があった。
〈夢の主〉であるスカルロードを討伐し、〈嘆きの墓所〉は無事に消滅している。
〈
だが……この事件を悪意的に仕組んだ人間が、まだ近くにいるはずなのだ。
俺達の身体も薄れていく。
気が付けば……俺達は、〈嘆きの墓所〉の入り口のあった、朽ちた墓場の跡に立っていた。
「どういうことだ……?」
「おいおい、先行して〈夢の主〉を倒しやがった奴がいるのかよ!? ルール違反だろ!」
状況を全く掴めていない冒険者がいるようだ。
「た……助かったのか? とんでもねぇ化け物が出てきて……全滅寸前まで追い込まれていたんだが。ア、アレを倒した奴がいるのか?」
血塗れの大男が、びくびくとした様子で話す。
直接スカルロードとぶつかったらしい。
俺は周囲を見回す。
六人……いなくなっている。
二十人だった冒険者が、十四人しかいない。
〈
遺体も〈
だが、この場に増えた人間はいない。
〈
レイドメンバーの中に紛れ込んでいるのか、スカルロード討伐前に外へ逃げてしまったのか、途中で命を落としたのか……。
「有り得ない……あの進化個体を、倒せた冒険者がいるのか……? そんな、一体誰が……」
カロスは狼狽えるように周囲を見回していた。
「俺のパーティーが倒した」
俺はカロスの背へと近づき、声を掛けた。
周囲の冒険者からどよめきが上がった。
カロスも驚いたらしく、目を見張って俺を見つめていた。
「君達が……! いや、君が、か! エルマ、君には特別なものがあるような気がしていたんだ。でも……まさか、私がどうにもできなかった魔物を、君が倒してしまうとは」
俺一人でやったような言い方はとんでもない買い被りだ。
他の三人が一人でも欠けていれば、手も足も出なかった。
「カロスもスカルロードと対峙していたのか」
「ああ……他の三人ではどうにもならない相手だと踏んで、私一人で向かったんだ。ただ、恥ずかしながら、まるで敵わなくてね。逃げて他の冒険者に状況を伝えるべく動いていたんだが……急に〈嘆きの墓所〉が消えて、本当に驚いていたよ」
俺はちらりとヒルデへ目を向ける。
「師匠……本当に無事でよかった。オレ、師匠が死んだら、どうすればって……!」
「ヒルデは大袈裟だ……と言いたいけれど、今回ばかりは危ないところだった。本当にありがとう、エルマ。私の命は……いや、ここにいる全員の命は、君が救ったも同然だ」
カロスが俺の手を握る。
「今度またゆっくりと礼をさせてもらいたい。それに……君に、とても関心が湧いた」
カロスはそこまで言って、俺に顔を近づけ、声を潜めた。
「……今回の件ではっきりした。〈
カロスはそれだけ伝えると、俺の傍から離れていった。
……これは、都市に戻ってから、またこの件について相談させてほしい、というメッセージだろう。
カロスも俺と同じ結論に到達していたらしい。
俺は改めて残ったメンバーを一瞥する。
……〈
全体に喚起しようかと考えたが、俺は口を閉ざした。
相手のクラス、レベル……HPやMPの状態もわからないのだ。
対して、この場に残っている大半の冒険者は既に疲弊している。
この場で〈哀哭するトラペゾヘドロン〉の話を持ち出し、犯人捜しを行うのは危険すぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます