第83話

「チッ、ギルドめ! 雑な仕事しやがって! 一旦本来のルートに引き返すぞ!」


 ケルトが怒鳴って、足早に引き返していく。


 ここまで地図がぐだぐだだった以上、本来のルートも少し怪しくなってくるのだが……。

 いや、少なくとも担当のルートを離れるまでは、どこを歩いているのかもわからなくなるようなことはなかった。

 そちらであれば合流地点までは辿り着けるはずだ……と信じたい。


「お前が先頭に立つのか? 身軽な狩人が先へ進んでくれるのはありたがいが……」


「重騎士のお前の足が遅いんだよ! ぼさっとしてないで、とっとと俺の前に出ろ!」


 ケルトは主導権をどうにか掴んだと思ったら綺麗に出鼻を挫かれた形になったので、大分頭に血が昇っているようだ。

 

「……ケルトさんって最初は怖く見えてましたけれど、ちょっとドジなのかもしれませんね。親近感が湧いてきました」


 ルーチェがこそこそと俺にそう口にする。

 聞こえていたらしく、ケルトが険しい顔でルーチェを振り返って睨んでいた。

 ルーチェは慌ててぎこちない動きで前を向き、必死に誤魔化そうと作り笑いを浮かべていた。


 そのとき、ケルトの顔がさっと蒼くなった。


「魔物が来てやがる! どっかの分帰路から、こっちに合流して来やがったんだな」


 ケルトが弓を構えるとほぼ同時に、曲がり角の先から異形の剣士が現れた。


 頭部はないが、その状態で俺よりも背が高い。

 身体中継ぎ接ぎ糸だらけで、雑に取り付けられたような腕が三本生えていた。

 そのどれもが剣を握っている。


 その歪で不気味な外見は、この魔物が危険であることを饒舌に語っていた。


――――――――――――――――――――

魔物:パッチワーク

Lv :67

HP :228/228

MP :66/66

――――――――――――――――――――


 パッチワーク……。

 〈百足坑道〉の主、ロックセンチピードの【Lv:60】を上回る強敵であった。


 あの頃より俺のレベルも上がっているとはいえ、この魔物はロックセンチピードのような残念仕様を抱えているわけでもない。

 それにこの魔物は、ステータスとスキル構成のために、レベル以上に凶悪な強さを誇っている。


「ひっ! な、なんなんですかぁ、あの魔物!」


 ルーチェが悲鳴を上げる。


「……これは、厄介なときに、嫌な魔物が出てきたな。〈嘆きの墓所〉の番人だ。必ず〈夢の穴ダンジョン〉に一体だけ現れ、広範囲の感知能力で冒険者を探して彷徨う」


 〈夢の穴ダンジョン〉内はかなり広大だ。

 加えて今回でいえば、二十人の冒険者が同時に突入している。

 そんな中でこいつに目を付けられ、おまけにそれがよりによって行き止まりだというのは、本当に不運だとしかいいようがない。


 本来であればパッチワークは足が極端に遅いので、振り切って逃げることは難しくないのだ。

 元々パッチワークは討伐は推奨されておらず、遭遇した場合は基本的に逃げ切ることが想定されている。

 パッチワークの稀少性と、遭遇した際には追われる立場になる構造自体が、〈嘆きの墓所〉の恐怖を煽るためのギミックだともいえる。


 ただ、残念ながらここは行き止まりだ。

 逃げるにしても奴の横を抜ける必要があるし、重騎士と僧侶は足が遅い。

 パッチワークよりは速いが、距離を離すのに時間が掛かる。

 あんな奴を背にくっ付けて動き回っていれば、いずれ何かしらの魔物から挟み撃ちに遭うだろう。


「倒すしかないな……」


 パッチワークは素早さがない分、それ以外のステータスが高く、スキルにも恵まれている。

 気を抜けば一瞬でHPを全て持っていかれかねない相手だ。

 厳しい戦いにはなるが、こっちには四人いる。


「ケルト、急いで戻ってこい!」


 俺は叫びながらケルトの許へと走る。


「……わ、悪く思うんじゃねえぞ。戦わなきゃならねぇのは、素早さのないお前らの理屈だ。分の悪い戦いを避けるのは、ギルドに入って真っ先に教わる常識だ」


 ケルトが引き攣った表情で俺達を振り返る。

 まさかと思った瞬間、ケルトは背を屈めて身体を丸め、地面を蹴って素早くジグザグに跳んだ。


「〈脱兎〉!」


 狩人のスキルだ。

 無防備になる分、瞬間速度を引き上げる。

 主に敵から強引に距離を取ったり、そのまま逃げたりするために用いられる。


 ケルトの動きに反応したパッチワークが刃を振るうが、それは微かに届かない。

 綺麗にパッチワークの背後へ着地した。


「ケルト、お前っ……!」


「お、俺は悪くねぇ……異常事態に陥ったら、一人でも多く助かるように動くのは当たり前のことだ! 〈三腕の死神〉と、わざわざ戦ってられるか! テメェらも適当にどうにか逃げるんだな!」


 ケルトが離脱した。

 パッチワークの脅威は事前に知っていたのだろう。


 パッチワークはレベルが高いが、それ以上に恐ろしい点がある。

 攻撃力が高く、甘い行動をすれば、一撃で大ダメージを叩き込んでくることだ。


 特に奴のスキルの〈デスソード〉は馬鹿みたいに威力が高い上に、避けきるのが難しい。

 パッチワークの象徴のようなスキルである。

 ステータスでいえば四人で囲めば充分倒せるはずの相手ではあるのだが、ゲーム時代でも冒険者の死亡率の高い魔物であった。


 そのとき、ケルトの前方に、二体目のパッチワークがぬっと姿を現した。


「あ、ああ……?」


 パッチワークの刃が、容赦なくケルトの身体を吹っ飛ばす。

 ケルトは背を壁に叩きつけ、呻き声を上げながら床に倒れる。

 腰の辺りを斬られたらしく、そこを中心に血塗れになっている。


「う、うぐぁあああ! 痛ぇ、痛ぇええっ!」


「エッ、エルマさん! パッチワークって、一体しか出ないんじゃなかったんですかぁ!」


「……本来はそうなんだが、魔物溜まりモンスタープールの影響だろうな」


 元々、〈嘆きの墓所〉の大規模依頼レイドクエストは、魔物溜まりモンスタープールが発生したためにカロスが一人で手に負えなかったことが原因だ。

 魔物溜まりモンスタープールは〈夢の穴ダンジョン〉内で魔物が大量発生する現象なのだが、この際に本来ならば群れないはずの魔物が群れたり、特定条件でしか発生しないような魔物が出現することがある。

 二体目のパッチワークが出現してしまったのだ。

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