第75話

 数日後、俺とルーチェはカロスの指揮の許、都市ラコリナを離れて〈夢の穴ダンジョン〉……〈嘆きの墓所〉へと向かっていた。

 二十人の冒険者が動員している。

 C級冒険者も交ざってはいるが、大半がB級冒険者である。


「これだけの数の上級冒険者を動かせるなんて、やっぱり金のある都市は違うな」


 ギルドがこれだけの戦力を整えてくれたのは、カロスが説得した効果が大きかったのだろうが。


「エルマさん、そう卑屈にならなくても……」


「べ、別に、ロンダルムと比較してどうこうと言っているわけではないんだが……!」


 それにエドヴァン伯爵家も資金にはかなり余裕のある貴族だ。

 ……ただ、都市ラコリナ程、冒険者ギルドとしっかり連携が取れてはいなかったな、という部分はどうしてもあるが。


「師匠、こいつらは本当に必要だったのか? オレは疑問だな。足手纏いが数いたって仕方ない。白魔法役だけ何人かいれば、それでよかったんじゃないのか」


「少々多めに人は集めてもらった。少し離れた地だから、私が目を離している間に事態が悪化していてもおかしくはない」


 俺達のやや前方を、はカロスとヒルデが並んで歩いていた。

 カロスはヒルデをあまり連れて来たくはない様子だったが、どうやらヒルデに頼み込まれて仕方なく大規模依頼レイドクエストに参加させたようだ。


「……なんで〈黒き炎刃〉の弟子は鎌装備なんだ?」


「さぁ……? 鎌系のスキルツリーでも取得したんじゃないのか」


 他の冒険者達が、ヒルデの背を指差し、ぼそぼそと小声で噂していた。

 俺はさっと視線を逸らす。


 ……ヒルデは、未だに〈黒鋼の鎌〉と〈ベアシールド〉装備である。

 ヒルデはカロスに『余っている武器を貸して欲しい』と頭を下げていたが、『決闘の反省を忘れないためにもそのままでいろ』と返されていた。


 さすがに大規模依頼レイドクエストであの装備は酷な気もするが、魔剣士のスキルは反動やコストの大きなものが多い。

 あの装備であれば、その魔剣士のスキルもほとんど生かせない。

 ステータス頼りの戦い方がせいぜいだ。

 今の装備の方が無理はしないだろうという師匠心なのかもしれない。


「どうしてカロスさん……あのヒルデさんをお弟子にしたんでしょうか?」


 ルーチェが苦笑しながら零す。


あの・・ヒルデで悪かったな」


 いつの間にか、ヒルデが目前に立っていた。


「ひゃうっ! ご、ごめんなさいヒルデさん。アタシそのっ、そういう意味じゃなくて……!」


 慌ててルーチェが取り繕う。

 ヒルデはルーチェを黙らせた後、彼女の装備の謎について考察していた冒険者の二人組を睨み付ける。

 彼らもすぐに大人しくなった。


 ……しかし、ヒルデがああして威嚇している様子を見ると、尚更小型犬を連想してしまう。


「私は別に師匠という程大袈裟なことはしていないのだがな」


 カロスも俺達の傍に並んでいた。

 ルーチェがカロスの様子を見て、露骨に安堵したように表情を緩める。

 ひとまずカロスがいればヒルデは大人しくなる。


「私は魔剣士を強いクラスだと思っている。ただ……燃費が悪くてな。その癖、倒せる魔物の幅は、攻撃面の性能が高いから広いんだ。だからパーティーメンバーの方針と自分の方針にズレが生じやすい。放っておけば、成果を出せないままギルドで孤立し、冒険者として腐って……その結果、一人で無茶をして命を落とすのが目に見えていた」


 カロスの口にしていることは、〈マジックワールド〉でも度々あることだった。

 成功している間はお互いに配慮し合えるものなのだが、一度揉め事が起きれば、互いに互いの至らなさを責め立ててパーティーが崩壊することになる。

 ゲームの時分でさえそうだったのだ。

 文字通り人生が懸かっているこの世界では、余裕のない者同士がパーティーを組んで性格の不一致があれば、泥沼の争いは避けられない。


 カロスの言う通り、魔剣士の燃費の悪さと、倒せる魔物の幅広さは方針のズレになりやすい。

 何せ〈マジックワールド〉は数を狩るよりも、少しでもレベルの高い魔物を工夫して倒すのがレベル上げの最適解であったからだ。

 魔剣士にとって一番いいのは、仲間に道中の敵を蹴散らしてもらって強敵相手にだけ出張ることだが、そう都合のいい活動方針になる機会は少ない。

 根本的な利害の不一致は、いずれ不和に繋がる。


 カロスも昔、仲間にあまり恵まれなかったと口にしていた。

 駆け出しの頃にかなり揉めた経験があったようだ。


「焦れば他人から見た世界がわからなくなる。私もかつてはそうだった。無理解に苦しみ、功を焦り……何故皆、身勝手ばかり口にするのかと、そんな身勝手なことばかり騒いでいた。あのときに冷静に助言してくれる者がいればと……今でもそう思う。だから私は、ついヒルデに声を掛けた」


 カロスも今の地位を得るまでに、かなり苦労してきたようだ。

 しかし、カロスは本当に人格者だ。

 初めて会ったA級冒険者が真っ当な人でよかった。


「オレの師匠は器が大きくて強くて優しいお方だからな! どうだ凄いだろう」


「……その弟子がもう少し中身を見習っていればよかったんだがな」


「なんだと!?」


 俺は溜め息を吐いた。

 ルーチェはなぜカロスがヒルデを弟子にしたのかと疑問を口にしていたが、暴走して魔物に殺されるのが目に見えていたから、というのが答えなのだろう。

 同じクラスのよしみで放っておけなかったようだ。


 しかし、まあ、こう聞くとヒルデの性格も納得がいった。

 魔剣士の利益はパーティーの利益にならないことが多い。

 魔剣士の〈夢の穴ダンジョン〉探索は、露払いと尻拭いを他の冒険者に丸投げして、自分はメインターゲットの討伐にだけ尽力するのが、レベル上げでは一番効率がいいのだから。


 かといって他人に利益を譲って大人しくしていれば、大して活躍できない足手纏いの烙印を受けることになる。

 冒険者としてやっていくには、ある程度尖っていないとやっていられない側面もあったのかもしれない。


「カロスさんが荒れていた時期……全く想像できませんねぇ」


 カロスとヒルデが扇動のために俺達の許を離れて先へと進んでいってから、ルーチェがぽつりとそう漏らした。


 確かにあの温厚そうなカロスが、パーティーメンバー相手に口論に出たり、ヒルデのようにギルドや鍛冶屋で難癖をつけて騒いでいるところはちょっと想像できない。


「……まぁ、ヒルデにあまり恥を掻かせないように、大袈裟に言ってフォローしていただけだとは思うがな」

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