第70話

「まあ、所有者が出てくれば話が早い。そっちの頑固爺よりは話しやすいことだろう。オレ様が言いたいことはただ一つ、ミスリルの剣を売れってことだけだ」


「断る。俺も必要だから依頼して作ってもらったんだ」


 B級以上の冒険者に適した武器は、この冒険者の都でも簡単に手に入るものではないはずだ。

 ここで譲ってしまえば次がいつになるかはわかったものではないし、元より俺達にそんなことをする義理はない。


 このヒルデとやらもそれがわかっているため、反りの合わない頑固鍛冶師のベルガに付き纏って脅迫まで行っていたのだろうが。


「そう熱くなるなよ、重騎士。別にキサマがそんな装備を持ってたって、大した意味はねえよ。雑魚が剣だけ整えて、何がしてぇんだか。わかってねぇんだなぁ、この世界ってもんを」


 ヒルデが俺を馬鹿にするように肩を竦め、首を左右に振った。


「レア武器が手に入るって浮かれちまってるんだろうが、ラーナに黄金ってもんだぜそれは。冒険者ってのは、案外狭くってな? 上の奴に目を付けられちまったら終わりだぜ。一つ勉強させてやるよ。躍起になってオレ様に楯突くのと、素直にミスリルの剣を売り渡すの、どっちがいいか。別に買い叩こうってつもりじゃねぇよ。充分な金は出してやる」


「充分な金……ね」


 〈技能の書スキルブック〉のために金銭を蓄えておきたくはある。

 ただ、ヒルデが相場よりずっと高値で買い取ってくれるとは思えない。

 それに俺からしてみても、多少いい値段で買い取ってもらうより、いい装備をして少しでも高レベルの〈夢の穴ダンジョン〉に潜った方がずっと効率がいい。


「三千万ゴルド出せば充分だろう? ハッ、キサマからしてみれば、想像もできんような大金だろう。アイテムを整理して適当に金を作っておいてや……」


「断るな。三千万ぽっちじゃ話にもならない」


「はぁ?」


 その辺りを提示してくるとは思っていた。

 〈ミスリルのインゴット〉が二千五百万ゴルドが相場なので、鍛冶費用に色を付けてその辺りが相場だという考えだろう。


 ただ、高価な刻印石ルーンを埋め込んでいるし、そうじゃなくても、この装備を失えば挑める〈夢の穴ダンジョン〉のランクが一つ落ちることになる。

 その分の損失を考えると三千万ゴルドで首を縦に振る道理がない。


「お、おい、小僧……。このガキ、見かけと言動こそチンチクリンじゃが、実力の方は本物じゃ。B級冒険者で、〈夢の主マスター〉の単独撃破記録も持っておる。ただ、性根は腐り切っとる。下手に敵に回さん方がいいかもしれんぞ」


 ベルガが恐る恐ると俺にそう言った。


「そういう人間が嫌いだから、信念のために仕事を断っていたんじゃないのか? 俺もこいつは好きにはなれない。交渉も応じる気はない」


「儂は覚悟してやっておるが……小僧らはまだ若い。ギルド内で厄介な敵を作らん方がいいぞ」


「そうなったら、また別の都市に行くだけだ。それに俺は、自分がそいつより弱いとも思っていない」


 冒険者ランクなら、俺もB級になったところだ。

 レベル的にも充分戦える範囲だと思っている。

 あまり格下だと軽んじられるいわれはない。


「キサマ、面白いことを口にするな。無名の重騎士風情が、このオレ様より強いと」


 ヒルデが口許を隠し、笑い声を上げた。

 いや、作り笑いだ。

 狙いがあるとしたら、俺の隙を作るため。


 俺が背後へ跳んだと同時に、ヒルデが動いた。

 剣を抜き、俺の胸部に刃を向ける。

 その際に、机の上にあった鍛冶道具がひっくり返った。


「ほう、反応はいいな。このオレ様に偉そうな口を叩くだけはある。だが、ステータスがお粗末すぎる。重騎士の限界だな。よかったな? もう少し頭に来てたら、このまま殺してたぜ?」


 ヒルデが俺から退き、剣を鞘へと戻す。


 さすがに殺意はなかったのだろうが、あまりに人に刃を向けることに躊躇いがなかった。


「不相応な武器を持っても死ぬだけだぜ? 大人しく売り渡しな」


「だ、大丈夫ですか、エルマさん!」


 ルーチェがあたふたと俺に駆け寄ってくる。


「ととっ、突然、何考えてるんですか! 貴女!」


「騒がしいな。実力不足をわかりやすく教えてやったまでのことだ。オレ様も意外と優しいだろう?」


 俺は体勢を戻しながら、ヒルデを睨んだ。


「不意打ちを受けたからと言って実力差の証明には何一つならない。冒険者同士の戦いはクラスの相性も大きい上に、クラスによって得意とする間合いや条件も大きく異なる。完全に平等な条件の決闘は成立しないといわれているくらいだ」


 わかりやすいところでいえば、〈マジックワールド〉では魔法型クラスと白兵戦型クラスが決闘を行えば、その勝敗は最初の両者の距離で決定されるとされていた。

 当然、遠ければ遠いだけ魔法型クラスが有利となる。


「おいおい、実力差があるのは充分証明できただろう。屁理屈を捏ねて。じゃあなんだ、条件を整えてやって、それでオレ様が勝ったらミスリルの剣を諦めて譲るってことか? それならいくらでも受けてやるがよ。このオレ様が重騎士相手に負けるわけがねぇんだからな」


「一般論を口にしただけだ。それにその決闘で俺が勝っても利益がない以上、受ける理由が……」


「うだうだとしつこい。だから有り得ないって言ってるだろ。だったらオレ様が負けたら、ミスリル剣のことは諦めた上で、剣の市場価値分キサマに払ってやるよ。どうだ、これなら逃げる理由はなくなったはずだよな?」


 ヒルデが舌舐めずりをし、嘲弄するように薄い笑みを浮かべる。


「乗るべきではないぞ、小僧。元々魔剣士のようなクラスは、一対一の戦いを得意とする。小僧の論に乗っかって言えば、実力比べのために決闘を行うのがそもそも不公平というもの……」


 ベルガは心配げな様子であった。

 だが俺は、さっと手を伸ばしてベルガの言葉を止めた。


「本当にその条件でいいんだな? だったら喜んで受けてやる」


 ルーチェとベルガが同時に真っ蒼になった。


「さっ、さすがにまずいですよぅ! 相手はB級冒険者で、魔剣士なんですよ! 速くて攻撃力があって遠近両用のスキルを持ってて……決闘じゃ敵なしのクラスだってことは、アタシだってわかりますよ!」


「俺も適当に往なすつもりだったが、少しばかり腹が立ってな」


 俺は床に散らばっている、散らばった鍛冶道具へと目を向けた。


「楽に数千万ゴルドが手に入るなら逃す手はないしな。小銭稼ぎついでに軽くお灸を据えてやろう、ヒルデ」


「舐め腐った態度は気に喰わんが、キサマが馬鹿で助かった。言い逃れできんよう、ギルドの職員を立会人として呼んでやる。後悔するなよ」

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