第61話

 デスアームの亡骸が気化し、ゆっくりとスカスカになって消滅していく。

 

 俺は安堵の息を吐き、剣を顔の前に掲げる。


「〈不惜身命〉……解除」


 俺の身体を纏っていた青白い光が消えた。

 身体に防御力が戻ってくるのがわかる。


「ほ、本当に倒せましたね、エルマさん! あんなにアタシ達よりレベル上だったのに……! け、経験値、凄いことになってましたよ!」


 ルーチェが駆け寄ってきた。


「できれば、こんな博打みたいな戦い方はあまりしたくはないんだがな」


 俺は苦笑いしながら返す。


「えへへ……あの蜈蚣が起き上がって、おまけにごっつい甲殻までつけてたときには、本当にどうなっちゃうのかと思いました。でも、結局勝っちゃうのがさすがエルマさんです!」


「……いや、本当に悪いな。ここで存在進化なんか、起きるはずがなかったんだが」


 俺はバツの悪さを感じながら額を掻いた。

 そもそも今回勝てたのもルーチェの活躍が大きい。

 彼女にかなり無茶をしてもらった。

 エンブリオ戦での実績があったからこそ、彼女に任せてみようと思えたのだが。


「い、いえ、そんな、責めようとして言ったわけじゃありませんから、えっと! 元より冒険者って、そんな安全ばっかり求めてやるものじゃありませんし!」


 ルーチェがぱたぱたと手を動かしてフォローする。


「そっ、そういえばさっきの一撃、凄い威力でしたねぇ! あの大柄なデスアームドがあっという間に!」


 俺に気を遣ってか、すかさずさっと話題を切り替えてくれた。


「〈不惜身命〉は強力なんだが、隙が大きくてな……」


 重騎士の〈不惜身命〉は強力だが、防御力の低下が痛い。

 MPの継続消耗に発動と解除に大きな隙ができるのも、発動条件と防御力低下が合わさってかなり致命的な点となっている。


 元々HPは二割未満だったのでちょっとしたダメージでも致命傷になっていたことには変わりないのだが、流れ弾のような攻撃で簡単に死ぬのは心臓に悪い。

 頼みの〈ライフシールド〉も剥がされていたので、何か一つ手違いがあれば命を落とすところだった。


「ルーチェがスタンを取ってくれたから攻撃できたようなものだ。あまり今のステータスで積極的に使っていきたいスキルではないな。ただ、馬鹿げた威力は出せるから、ハッタリにはなると思うが」


 〈死線の暴竜〉と〈不惜身命〉が合わされば、攻撃力は六倍近くまで膨れ上がる。

 一発芸や脅しにはなるだろう。


【称号〈悪夢殺し〉を得ました。】


 称号が手に入った。


「〈悪夢殺し〉……? この称号って……」


 ルーチェも手に入ったようだ。

 〈ステータス〉を開いて確認していた。


――――――――――――――――――――

〈悪夢殺し〉【称号】

 【Lv:70】以上の存在進化した〈夢の主〉を討伐した証。

 〈夢の主〉への攻撃時、攻撃力が+7%される。

――――――――――――――――――――


 ボス特攻称号だ。

 厄介なことに巻き込まれはしたが、存在進化が絡むためあまり狙って取れる称号ではないので、ここで獲得できたのはありがたい。


 〈マジックワールド〉では、強くなるためには地道に経験値の獲得を行いつつも、どこかのタイミングでレベル上の敵を倒す必要がある。

 この手の強敵に作用する称号は、そういう面でありがたい。


「と……無事を喜ぶのもいいが、しっかり魔石も回収しないとな」


 主を失った〈夢の穴ダンジョン〉はすぐに崩壊を始める。

 その前にもらえるのもはもらっておかなければならない。


「なにせ【Lv:75】の魔石だ。四百万ゴルドにはなる」


「よっ、四百万ゴルドですか!? 魔石一つで!?」


 驚いたルーチェが声を荒げる。

 なにせ、今のレベル帯では本来絶対相手取らないような魔物だったのだ。


 背伸びして挑んだミスリルゴーレムが【Lv:55】、攻略法が見えていたからこそ挑んだ〈百足坑道〉の主が【Lv:60】。

 そして奴……デスアームドは驚異の【Lv:75】だ。

 経験値と同様に、報酬も膨大である。


 俺とルーチェは、デスアームドの亡骸へと近づいて魔石を探した。

 何せこの巨体である。

 急速に気化していっているとはいえ、なかなか見つかるものではない。


「お……あったな」


 俺はデスアームドの、土属性の魔石を拾い上げる。

 目的のものは無事に回収した。

 これでぽんと四百万ゴルド手に入るのだから、不思議なものだ。


 丁度そのとき、〈夢の穴ダンジョン〉内が大きく揺れ、床や壁に亀裂が走り始めた。

 〈夢の穴ダンジョン〉が消失する前触れだ。


「エ、エルマさんっ! これ……あの、これっ! あ、ありましたっ! あのっ! とんでもないのが!」


 ルーチェが俺の方へと一直線に走って来る。


「どうしたルーチェ? 魔石なら俺が見つけ……」


 ルーチェが、ばっと手にしたものを掲げる。

 ナイフだ。紫色の刃が、怪し気な輝きを帯びている。


「デ、デスアームドの、ドロップアイテムですっ!」


 ま、またドロップしたのか……。

 本当にルーチェは、当たり前のようにさして高くないドロップ率のアイテムを回収してくれる。


――――――――――――――――――――

〈毒蜈蚣の小刀〉《推奨装備Lv:70》

【攻撃力:+28】

【市場価値:二千八百万ゴルド】

 蜈蚣の猛毒を帯びた小刀。

 高い攻撃力に加え、稀に敵に毒を付与する。

――――――――――――――――――――


 〈毒蜈蚣の小刀〉……これまでドロップしたアイテムの中でも、頭一つ抜けて高額なアイテムであった。

 性能の方もかなり凶悪だといえる。

 存在進化で強化された〈夢の主〉をドロップ品をきっちり回収するのは、さすがルーチェだ。


 この手の確率効果の発生率は、幸運力が関与する。

 相性次第だが、安定して毒の付与ができれば、魔物相手の勝ち筋が一気に広がる。

 〈曲芸連撃〉で手数を増やして強引に毒の付与を狙うこともでき、かなりルーチェと相性がいいといえる。


「推奨レベルはちょっと高いが……こんなのが手に入るんだったら、集めた鉱石いらなかったな……」


 俺は苦笑しながらそう零す。

 俺の装備も造らなければならないのだが、この分だとかなり余りそうだ。

 大部分は売ることになるかもしれない。


「ど、どうしましょう、エルマさんっ! こっ、これ、二千八百万ゴルドで! あの〈輝くラーナの飾剣〉より遥かに高くて……! さ、さすがに、こんなの持って帰ったら、罰が当たったりしませんか!? よくないです、こ、こんな高額なアイテム手にするの……! お、置いていった方がよかったりしませんか!?」


「落ち着けルーチェ! 冷静になれ! 錯乱しているぞ!」


 俺は慌ててルーチェを説得する。


 そうこう騒いでいる間に、〈夢の穴ダンジョン〉の崩壊が進んでいく。

 崩れた岩塊が薄れて消え、天井や壁も白い光に包まれていった。

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