第57話

「ジジジジジジジジジジジジ!」


 岩蜈蚣は岩塊の合間を抜け、凄まじい速度でこちらへと向かってくる。


「やっぱり気持ち悪い……あの足の数……うう」


 ルーチェが岩蜈蚣の足を見つめながら、小さくそう零した。


「手筈通りに頼むぞ、ルーチェ」


「はっ、はい!」


 俺は盾を構え、その場に屈んだ。

 ルーチェが地面を蹴り、俺の盾の上へと跳ぶ。


「〈シールドバッシュ〉!」


 俺は盾で、ルーチェを弾き飛ばした。

 ルーチェは正面から向かってくる岩蜈蚣の頭を跳び越え、奴の身体の上へと着地した。


 そう、岩蜈蚣の最大の弱点。

 上に乗った敵に対する有効打が少ないことである。

 あの巨体の、無駄に長い身体が大きく足を引っ張っている。


「さて、俺は俺で時間を稼がないとな」


 俺は岩蜈蚣に背を向けて走り始めつつ、ルーチェの様子を尻目に確認していた。


 ルーチェは走りながら地面と並行に跳び、素早く身体を回転させる。


「〈曲芸連撃〉!」


 岩蜈蚣の身体を、ナイフが素早く刻んでいく。

 見事に三連撃が入り、岩蜈蚣の身体から体液が舞った。


「ジッ、ジジジジジジィッ!」


 岩蜈蚣が悲鳴のような声を上げる。


 普通であれば、〈曲芸連撃〉を三発全てまともに身体で受けて大ダメージを負い、かつ反撃もできないような〈夢の主〉はいない。

 だが、岩蜈蚣はその巨体故に、背に乗った敵の攻撃を全て直撃でもらってしまう。

 おまけに攻撃手段の乏しさから、まともに反撃に出ることも難しい。


「もう一発! 〈曲芸連撃〉!」


「ジジジジジジジジジジィッ!」


 続けて岩蜈蚣の体液が舞った。


――――――――――――――――――――

魔物:ロックセンチピード

Lv :60

HP :69/156

MP :71/71

――――――――――――――――――――


 六発全て直撃で入った。

 既に岩蜈蚣のHPは半分を切っている。

 ここまで既に、事前で思い描いていた予定通りである。


「よし、ルーチェ! 予定通り一度離脱しろ!」


「はいっ!」


 ルーチェは岩蜈蚣の背中を蹴って、近くの岩塊の上へと逃れた。

 不安定な足場だったが、ルーチェには天井だってスムーズに走れる〈曲芸歩術〉がある。

 速度を落とさず、岩塊の上を経由し、岩蜈蚣からさっと逃れていった。


「ジジジジジジジジジジィッ!」


 それに一瞬遅れて、岩蜈蚣が足を止め、その場で身体を横に倒し、激しく暴れ始めた。

 数秒暴れた後に、岩蜈蚣は起き上がり、周囲へ目を走らせる。


「ジイイイイイイイイイイッ!」


 頭部の周囲に、魔法陣が浮かび上がる。

 ルーチェの背を狙い、無数の岩の弾丸が発射された。


 岩蜈蚣の魔法スキル、〈ロックブラスト〉。

 素早く、手数もあり、威力も高い。

 岩蜈蚣の凶悪な攻撃スキルである。


 ……もっともそれも、この遮蔽物の多い、〈百足坑道〉の最奥部でなければ、という話なのだが。


 ルーチェは壁を走って逃げた後、岩塊の陰へとさっと入り込んだ。

 岩蜈蚣はルーチェの隠れた岩塊をしばし撃った後、結局すぐに〈ロックブラスト〉を止めることになった。


 岩蜈蚣は少しの間、ルーチェの隠れた岩塊を睨んでいたが、すぐに目を離し、俺の方へと走ってきた。


 岩蜈蚣は、逃げに徹したルーチェにはまず追い付けない。

 岩蜈蚣も、今のルーチェの軽やかな動きを見て、それを察したようであった。


 素のステータスであれば、岩蜈蚣はルーチェよりも速い。

 だが、遮蔽物だらけのこの場所では、〈曲芸歩術〉で好き勝手に動き回れるルーチェには、岩蜈蚣の巨体では絶対に追いつけない。


 岩蜈蚣は、致命的なまでにここの地形と適していないのだ。

 もしも岩塊だらけのこんな場所でさえなければ、凶悪な〈夢の主〉の一体として恐れられていただろう。

 いや、上に乗って連撃系スキルをぶっぱされるだけで大ダメージを稼がれる方の対策が先か。


 ゲーム中でもよく『手応えがないので〈夢の主〉としてもうちょっと頑張って欲しい』と、敵であるプレイヤーからよく応援されていた。


「ジジジジジジジジジジジッ!」


 岩蜈蚣が俺の方を追ってくる。

 俺はルーチェとは違い壁を走れないし、速度のパラメーターも低い。

 さすがに普通に走っているだけでは、岩蜈蚣を撒くことはできない。

 一瞬で捕まって、大きな牙で噛み砕かれてしまう。


 無論、普通に走っていれば、の話だが。


 この場所は障害物の岩塊が多い。

 岩塊の配置を頭に入れ、岩蜈蚣の長い身体が絡まるように、なるべく細長い岩塊を巻き込む入り組んだルートを走っていく。


「ジッ!?」


 俺を追っていた岩蜈蚣の動きが、途中で止まった。

 身体の節が引っ掛かったのだ。

 すぐにまた速度を上げて俺を追い掛けるが、また途中ですぐに大きく身体を揺らす。


 この方法を使えば、重騎士の速さでも充分岩蜈蚣を振り切ることができる。

 上手く岩塊を巻き込ませるのに失敗したらすぐ追い付かれるので、その辺りは慣れが重要になって来るが。

 何度も何度も身体の節が引っ掛かって減速する情けなさも、岩蜈蚣が半ばネタキャラ扱いされている理由の一つである。


 そして俺が同じ場所を何度も行き来させている間に、ルーチェと合流することに成功した。


「エルマさん、いつでも飛べますようっ!」


「よし、ここで仕留めるぞ」


 俺は先程同様、〈シールドバッシュ〉で岩蜈蚣へとルーチェを飛ばした。

 ルーチェは岩蜈蚣の頭部を飛び越えて身体に乗り、疾走しながらナイフを振り乱す。


「〈曲芸連撃〉! 〈曲芸連撃〉!」


 先程同様、三連打を二回連続で放つ。

 岩蜈蚣の背から毒々しい色の体液が舞った。


 帯びたたしい数の脚が動きを止め、腹を地面に付ける。

 慣性に引き摺られて地面を削りながら僅かに移動した後、完全に動かなくなった。


【経験値を2379取得しました。】

【レベルが49から54へと上がりました。】

【スキルポイントを5取得しました。】


 無事に〈夢の主〉……岩蜈蚣を討伐することに成功した。

 予定通りの、順当な結果であった。

 弱点がわかりやすい魔物であったし、きっちりそこを突けるスキルも持っていたことが大きい。


「倒し方のお陰だとは思いますけれど……ミスリルゴーレムの方が強かったですね」


 ルーチェが苦笑しながらそう零した。

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