第43話

「何かスキルを発動したみたいだけど、それでボクに対抗できると……」


 俺は地面を蹴り、一気にマリスへと迫って剣を振るった。

 マリスが慌てて刀で防ぐ。

 刃が競り合う。


「う、嘘……今の速度も……力も、剣聖であるこのボクに迫っている……! どうして、こんなことが……!」


 剣聖は特別、攻撃力と素早さが高い。

 そして重騎士はその二つが低い。

 結果、近接戦において重要なこのステータスに、通常時において倍程度の差が開いている。


 だが、〈死線の暴竜〉と〈番狂わせ〉の効果で、俺の攻撃力・素早さは【115%】上昇している。

 ステータスの不利はもう覆った。


「フ、フフ、本当にキミは面白いねぇ、エルマ。どこまでもボクを楽しませてくれる。でも……不相応な力は、結局どこかで欠点を背負っていて、それが元で崩れるものなんだよ。キミはもう、限界が近いんじゃないのかい? すぐに順当に沈めてあげるよ」


 剣と刀がぶつかり、幾度と金属音を鳴らす。


「〈蝋翼の天使〉の話は知っているかい? ボクは昔から、あのお話が気に入っていてね」


 〈蝋翼の天使〉はこの世界の寓話である。

 生まれつき翼がなく地上に落とされた天使が、故郷を夢見て蝋で翼を作って空へと羽ばたくが、太陽の熱で翼が溶けて落ちて死んでしまった……という話だ。


「不相応に足掻いた人間が、それ故に順当に潰れるのを見るのが、ボクは大好きなんだよ。特にそれが、憧れだったキミであったら格別だ。キミがここまで強くなってくれていたこと……本当にうれしく思うよ。ありがとう、エルマ。キミが何かを得る度に、ボクにそれを摘む悦びが生まれるんだ。キミがエドヴァン伯爵家に頼らず、苦労して手に入れたその力……失ったときには、どんな顔を見せてくれるんだろうねぇ」


「悪いが、そうはならない」


 俺は〈パリィ〉でマリスの刀を弾き、彼女の隙を作って斬り掛かる。

 寸前のところでマリスは刀を戻して受け止める。


「フフフ、危ない危ない……。でもね、キミのその愛用してるスキルも……結局はボクの持っているスキルの下位互換なんだよ」


 再度斬り掛かった俺の剣へと、マリスが刀を合わせようとする。


「〈流れ水〉……!」


 剣聖の専用スキルツリーで習得できる剣技のスキルだ。

 刃を利用してマナの流れを造り出し、水流に乗せるかのように敵を剣を自然に受け流す。

 MPは消費するが、その効果は〈パリィ〉のほぼ上位互換に当たる。


 俺はタイミングをズラし、マリスの〈流れ水〉を避け、彼女の身体を狙う。

 マリスは地面を蹴って飛び退き、寸前のところで躱した。


「どうして……ステータスは互角のはずなのに、ボクが防戦一方に……!」


「ステータス差が開いている状態で、お前は俺を追い詰め切れなかったんだ。条件が整えば、こうなるのは当たり前だろう」


 マリスの表情が強張った。

 だが、すぐに口許を歪め、笑みを作った。


「だったら……これはどうかな! 〈金剛連撃〉!」


 マリスの身体が、金色のマナを纏う。

 マナの肉体活性により速度を引き上げた彼女が、刀を構えて飛び掛かってくる。


 確かに〈金剛連撃〉時の動きは、今の俺よりなお速い。

 先に使われた際も、ダメージを受けながら凌ぐのがせいいっぱいだった。

 今の状態でも安定して対処できるのかは怪しい。


「普通の斬り合いで届かないなら十回でも……いや、百回でも〈金剛連撃〉をお見舞いしてやる! いずれキミは、防ぎ損ねることになる!」


 俺は背後へ跳びながら、ひと振り目、二振り目を剣の刃で弾いて防ぐ。

 大きく振りかぶった三振り目が俺へと放たれる。

 俺はそれを背後へ退いて回避する。


 マリスは空振りで体勢がやや崩れたが、その不格好な体勢のまま、俺目掛けて四振り目を放ってきた。


「マリス、お前の〈金剛連撃〉には大きな隙がある」


 それはマリスが、強引に〈金剛連撃〉の四振り目を放つことである。

 〈金剛連撃〉はほんの一瞬の間、爆発的に身体能力を引き上げるスキルだ。

 その刹那の間に何度の剣撃を放てるかは、本人のステータスと技量次第になる。


 マリスの実力では、せいぜい三振りで留めておくべきだった。

 三振り目と、強引に繰り出す四振り目の間……マリスはこの際、ほんのわずかな時間だけ無防備になる。

 ステータスで追い付いた今では、この時間は致命的な隙になる。


 四振り目を下ろした後では遅い。

 素早く逃げに転じる彼女を追って攻撃を仕掛けても、その際にはもう体勢を立て直されているだろう。


 俺はマリスの刀を、力の限り真横へ弾いた。

 彼女の手から刀が離れる。


 マリスは目を大きく見開く。

 歯を食い縛り、即座に拳を固めて俺へと距離を詰めてきた。


 武器を失って尚、か細い勝ち筋を拾いに来ている。

 その執念は流石という他ない。


「剣聖はHPはまずまずなんだが、防御力がかなり低くてな。手数が多いクラスや魔物……そして、一部の特殊な計算式のスキルが弱点になり得る」


 俺は〈狂鬼の盾〉を突き出し、マリスの身体を弾き飛ばした。


「〈シールドバッシュ〉!」


 〈シールドバッシュ〉は【防御力+攻撃力/2】の値で競い合い、こちらが上回っていれば、その数値だけ勢いよく相手を突き飛ばすことができる。


 剣聖は元々防御力が低い上に、今の俺は攻撃力が倍増している。


「がはっ!」


 ギルドの端から端まで軽々とマリスの身体が弾き跳んだ。

 大きな音を鳴らし、壁に背を打ち付ける。

 その際の衝撃で、ギルド全体が大きく揺れた。

 

 マリスの身体が痙攣し、がくんと首が倒れて動かなくなった。

 死んだわけではない。

 壁までの距離が開いていたため、致死ダメージには至らなかったはずだ。

 ただそれでも、打撃系の大ダメージを受けて一気にHPを失ったため、気を失ったようだ。


 俺は鞘へと剣を戻した。


 身体を力むのを止め、自然体になる。

 〈死線の暴竜〉の赤いマナが止まった。

 同時に俺は〈ライフシールド〉を解除する。


 結局、こっちは使わずに済んだ。

 いわゆる保険なので使わずに済むのが理想なのだが、終わってみれば余力を残す形での決着となった。


「勝った……エルマさんが勝った! 勝ったぁ!」


 感極まったらしいルーチェが、俺へと抱き着いてきた。


「お、おい、どうしたルーチェ?」


「よかったぁ……本当に、よかった……。アタシ、エルマさんが自信ありげだったから……きっと大丈夫なんだ、信じようって思ってたんだですけど……相手の子、すっごい怖くて……エルマさんを殺す勢いで来てて……すっごい不安で……! でも、でも、本当にエルマさんが勝ってよかったです……!」


 ルーチェの瞳には、涙が溜まっていた。


「大丈夫だ。奴と戦えるだけのピースは既に揃っていると、そう言っていただろう」


 事前に想定していた通りの試合運びにできたため、比較的安全な戦いであったといえる。

 〈死線の暴竜〉発動前にマリスの切り札である〈金剛連撃〉を確認し、かつ彼女の決定的な隙を探っておくことができた。

 確かにマリスは俺を殺しかねない勢いで来ていたが、エンブリオ戦の方がずっと危なかったくらいだ。


「そんな、馬鹿な……。マリスが、剣聖が……重騎士に敗れたというのか? 一撃入れただけでも異様であったのに、対等に戦った挙げ句に、打ち倒すなど……こんなこと、起こるはずがない……」


 アイザスが力なくその場に膝を突いた。

 呆然と、気を失ったマリスを見つめている。

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