第38話
俺とルーチェは冒険者ギルドにて、〈
「前回でかなりレベルが上がったわけだし……まず、装備を整えてみてもいいかもしれないな」
俺のスキルツリー〈燻り狂う牙〉に五千万ゴルド分ほど突っ込んでもらう形になったとはいえ、エンブリオの討伐報酬が一千万ゴルド、魔物の魔石の総額が四百六十万ゴルド、ほぼまるまる残っているのだ。
まずは武器を整えておくのも悪くはない。
「う~ん……アタシ、エルマさんに買ってもらった〈鉄石通し〉気に入ってるんですけど……買い換えた方がいいんですかぁ?」
「ルーチェも【Lv:40】前後だろう? 極端に硬い相手ならいざ知らず、普通の戦闘には元々〈鉄石通し〉は不向きだからな……」
せっかくお金があるのだし、もう少し強めの装備を買っておいても悪くないはずだ。
――――――――――――――――――――
〈鉄石通し〉《推奨装備Lv:18》
【攻撃力:+3】
【市場価値:五十五万ゴルド】
このナイフは堅い相手にも攻撃を通しやすい。
攻撃成功時、相手の防御力の値を【15%】軽減してダメージ計算を行う。
――――――――――――――――――――
さすがに今のレベルで〈鉄石通し〉の能力はちょっと心許ない。
この能力では魔物相手に安定してダメージを稼ぐことができない。
【Lv:40】相応の武器と考えると、【攻撃力:+10】前後に、欲を言えば何かしらのおまけが欲しいところだ。
そしてそれについては、初期に買い揃えた装備をそのまま使っている俺も同じところではある。
道化師も重騎士も、素のステータスの攻撃力不足がかなり痛手になるクラスだ。
だから俺も最低限ダメージを稼げるように、防御力貫通効果のある〈当て身斬り〉を早々に取得しておいたのだ。
ちょっとでもいい武器を用意して、弱点は誤魔化しておくべきだろう。
格上のエンブリオを倒せたのは、相性がよかったから、としか言いようがない。
もしもテクニカルタイプではなく純粋にフィジカルで押してくるタイプの〈夢の主〉であったら、こちらの火力が低すぎて真っ当な勝負にはなりようがなかった。
「ううん……でも、いい武器ってすっごく高いですよねぇ……。表のお店だと品薄ですし……そもそも【Lv:40】相応の武器って、置いてましたっけ?」
そこはネックではある。
都市ロンダルムでは、【Lv:40】の冒険者はかなり高い水準に入る。
つまり、この都市でそのレベル帯に相応しいアイテムドロップを狙える冒険者自体が限られてくるのだ。
特に攻略情報なんて便利なものが簡単には共有されないこの世界。
欲しい武器が手頃な値段で手に入る望みは薄い。
かといって妥協した武器を購入すれば、自分のレベルが上がった際にすぐ使い物にならなくなってしまうだろう。
冒険者業で金銭の出し惜しみをするべきではないのは確かだが、すぐ使わなくなるだろう妥協した装備に大金を払うのは正直惜しい。
「あっ! アタシ、思いつきましたよ! エルマさん、武器……〈
「あのな、ルーチェ、欲しい種類の武器ドロップなんて、狙ってやるものじゃあない……」
俺の脳裏に、特に狙ってもいなかった〈ベアシールド〉と〈ブリキソード〉がどっちもダブっていたのが浮かんだ。
あれだけで剣士系統クラスの装備が二セット完成している。
「……こともないか、うん」
ルーチェの幸運力ならさして苦労しないだろう。
確かにすぐ使わなくなる妥協装備を高額で購入するくらいならば、自分で魔物を狩って武器ドロップを待った方が早そうだ。
「やったぁ! 提案通った! じゃあじゃあ、そうしましょう! なんだかアタシ、わくわくしてきました!」
ルーチェが燥いだ声を上げたとき……冒険者ギルドの扉が、勢いよく粗暴に開かれた。
騒がしかったギルド内が一気に静かになる。
入ってきた二人組を見て、俺は酷く驚かされた。
心臓の鼓動が速まる。だが、頭は妙に冷静だった。
豪奢な貴族服を身に纏う、恰幅のいい壮年の男。
軽鎧を纏う、生白い肌の黒髪の少女。
父親……エドヴァン伯爵家当主のアイザスと、次期当主マリスである。
「これはこれは、アイザス伯爵様……! し、しかし、何故このような冒険者ギルドへ突然お越しに……?」
すぐにギルド長が現れ、アイザスへとぺこぺこと頭を下げる。
「大事な話がある。そうだな……人払いせよ」
アイザスは周囲へ目を向けた後、ギルド長へとそう命じた。
「はい? しかしそれなら、人払いをせずとも、奥で話されれば……」
「聞こえんかったか? 俺は、人払いをしろと言ったのだ」
アイザスは声に怒気を込めて繰り返す。
ギルド長は「申し訳ございません!」と頭を下げ、俺達の方へと顔を向ける。
「伯爵様が急用でお出でになられた! 申し訳ないが、本日はギルドを閉館とする。冒険者は、すぐにここから出るように!」
不満げな様子の冒険者もいたが、アイザスに睨まれると引き攣った笑みを浮かべ、すごすごと引き下がっていた。
魔物から領地を守る義務を負っている貴族家の当主は、並の冒険者とは比べ物にならない高いレベルと戦闘技術を有する。
一般人が刃向かえば、次の瞬間には首を斬られていてもおかしくはない。
「……俺達もとっとと行こうか、ルーチェ。目を付けられては事だ」
何が目的なのかは知らないが、アイザスとはもう関わりたくはない。
向こうも同じ気持ちだろう。
元より俺はもうエドヴァン伯爵家の人間ではないので無関係なのだが。
「は、はい……。しかし、あの御方が、アイザス伯爵様なんですねぇ……。アタシ、初めて見ましたよう。元々エドヴァン伯爵家にはあまりいい印象は持っていませんでしたけれど……ちょっと高圧的で、嫌な感じですね」
ルーチェが苦笑いしながらそう零し、指で目を押さえてきゅっと吊り上げ、アイザスの不機嫌そうな顔を真似た。
「そこの冒険者、貴様はギルドに残れ」
アイザスの言葉に、ルーチェがびくりと身体を震わせた。
「ひ、ひゃいっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! エ、エルマさんの顔が暗かったので、ちょっとお道化て和ませようとしただけで、あのあの、本当に他意はなくって……!」
「安心しろ、ルーチェ。用があるのは、どうにも俺の方らしい」
アイザスとマリスが、俺の前に並んだ。
関わりたくはなかったが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。
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