第32話

 エンブリオが床へと落ちた。

 ルーチェがその傍らへと着地する。


「た、倒せた……アタシが、本当に……」


 ルーチェはまだ、自分がエンブリオを倒せたことに実感が持てていないようだった。


【経験値を2170取得しました。】

【レベルが33から41へと上がりました。】

【スキルポイントを8取得しました。】


 経験値取得のメッセージが頭に響く。

 予想を遥かに上回る勢いでのレベリングになった。

 この域まで来てしまったら、都市ロンダルムではそれなりに上位の冒険者になるはずだ。


 一つ、大きな思い違いをしていたことがあった。

 俺はルーチェが〈ダイススラスト〉をエンブリオへと放った際、ただ彼女の天運に祈っていた。

 だが、ルーチェは天運に見放されても、自力でその先の勝利をもぎ取ったのだ。


「ルーチェを仲間に勧誘して、本当によかった。クラインの奴はとんでもなく惜しいことをしたな」


「え、えへへ……そうですかぁ? アタシもなんだか……今回の〈夢の穴ダンジョン〉探索で、凄く自信が付いた気がします! 使い物にならないクラスだってずっと言われてきましたけれど、アイテムだってすっごくいっぱい手に入りましたし、〈ダイススラスト〉だって……」


「いや、そうじゃない。ルーチェだからだ」


 俺もこの世界では、レベルやクラスでばかり人を見ていた。

 そういう意味では父親やクラインと変わらない。

 ただ、彼らと評価基準が違っただけだ。


 ルーチェは命懸けのこの状態で、意地を張って残った俺を助けるために戻ってきてくれ……その上、極限状態の中の咄嗟の機転で状況を覆し、エンブリオを討伐してくれたのだ。

 恩と義理に厚く、命懸けの場面で実力以上の力を発揮できる。

 それ以上に頼れる仲間がいるだろうか。


「そ、そんな……エルマさん。それはさすがに褒め過ぎですよぉ」


 ルーチェが照れたように顔を赤くし、自身の毛先をいじくった。


【称号〈番狂わせ〉を得ました。】


 称号が手に入った。

 〈夢の主〉を低レベルで討伐した際に入手できるものだ。

 いつかは絶対に取らなければならない称号で、もっと安全に条件を満たせるときに入手しようと考えていたのだが、今手に入れることができてよかった。


――――――――――――――――――――

〈番狂わせ〉【称号】

 パーティーメンバー二名以下、推奨レベルの七割以下で〈夢の主〉を討伐した証。

 レベル上の相手との戦闘時、攻撃力・素早さが+15%される。

――――――――――――――――――――


 〈マジックワールド〉において高みを目指すのであれば、常にレベル上の相手を狩っていく必要がある。

 それを大幅に補助してくれる〈番狂わせ〉は、かなり強力な称号である。

 この段階で手に入れられたのは大きい。


 エンブリオの亡骸がスカスカになっていき、大きな緑色の魔石が残っていた。

 風属性の魔石だ。


「……あれ一つで百万ゴルドにはなるな」


「そ、そんなにですか!? アタシ、金銭感覚が壊れてきました……」


 何せ【Lv:50】の〈夢の主〉の魔石である。

 エンブリオだけでなく、ブリキナイトの魔石も一つ五十万ゴルド以上の値が付くはずだ。

 思わぬ報酬品が舞い込んできた。


 俺はブリキナイトの残骸を漁って魔石を拾い、〈魔法袋〉へと入れた。

 ブリキナイトの剣がマナへ分解されずに残っていたため、拾い上げて手に取った。


――――――――――――――――――――

〈ブリキソード〉《推奨装備Lv:35》

【攻撃力:+9】

【市場価値:二百四十万ゴルド】

 ブリキナイトの剣。

 上昇値はやや低めだが、頑丈で修理費が安く済む。

――――――――――――――――――――


 ……あっさりと高価なアイテムがドロップしてくれる。

 やはり〈マジックワールド〉の必須クラスとまでされた、幸運ピエロの力はこの世界でも健在らしい、としかいえない。


 もう少し安定したクラスの〈豪運〉スキルツリー持ちを採用することも多いのだが、やはり道化師の幸運力の初期値の高さの違いは大きい。

 〈豪運〉の効果で幸運力が倍増されるごとに、初期値分の差もどんどん開いていくのだから。


「アイテムありましたよぉ! 〈ブリキソード〉!」


 ルーチェがブンブンと、玩具染みた外観の剣を振り乱す。


「マジかよ……」


 三体のブリキナイトの内、二体から〈ブリキソード〉がドロップした。

 〈燻り狂う牙〉を手に入れられる時は、そう遠くないかもしれない。


 ……しかし、〈ブリキソード〉と〈ベアシールド〉か。

 今のレベル帯ではそこそこ強い装備ではあるのだが、〈マジックワールド〉でならいざ知らず、この世界で装備して歩くにはちょっと勇気がいりそうだ。


 こうなると本命のエンブリオにも期待したくなる。

 さすがに〈輝くラーナの飾剣〉の市場価値には及ばないものの、エンブリオからも強力な武器がドロップする。


 確率はそう高くないが、風属性付与の固有スキル持ちの弓をドロップするのだ。

 市場価値にして六百万ゴルドにはなる。

 稀少かつ有用な武器なので、こちらの世界ではもう少し高値で取引されていてもおかしくはない。

 店売りであれば少々買い叩かれるだろうが、個人に上手く売りつければ、市場価値から五十万ゴルドの上乗せも狙えるはずだ。


「頼むぞ……エンブリオ!」


 俺は気化して崩れていくエンブリオの身体を漁る。

 ……ただ、アイテムは出てこない。

 あれだけ大きい武器なら、ドロップしていればすぐに見つかるはずなのだが……。


「さすがにそこまで上手くはいかないか……うん?」


 エンブリオの残骸の中に、一冊の本が落ちていた。


――――――――――――――――――――

技能の書スキルブック〉《中級風魔法》

【市場価値:二千万ゴルド】

 〈中級風魔法〉のスキルツリーを取得できる。

 風の刃を放つ使い勝手のいい単発攻撃から、雷を落とす広範囲攻撃魔法まで。

 また、追い風で移動速度を引き上げることもできる。

――――――――――――――――――――


 ……〈技能の書スキルブック〉!?

 〈技能の書スキルブック〉は、武器なんかよりも遥かにドロップ率が低い。

 おまけにこの世界では、貴族が流通を牛耳って独占しているため、価値が引き上げられている。


 冒険者ギルドに見つかれば、この市場価値より遥かに安値で引っ張って行かれるだろう。

 正直あまり危険な手段が取れず、〈技能の書スキルブック〉が全然出回っていないこの世界なら、普通に使いやすい〈中級風魔法〉のスキルツリー習得は全然アリである。


 俺はMPも魔法力も低いし、安全牌を取ってキャラビルドを妥協したくはないと考えている。

 だが、それでも視野に入れて考えるのは悪くないくらいだ。

 エンブリオの〈シルフカッター〉が割と低いスキルポイントで手に入る。


「……どうしたんですか、エルマさん? アイテムを隠すように抱えて……」


「い、いや、悪い。ルーチェを騙そうとしたわけじゃないんだが、絶対他パーティーの冒険者や、ギルド職員には見つかってはいけないアイテムが手に入った」


 俺の脳裏には〈破れた魔導書堂〉の店主が、あくどい笑みを浮かべているのが映っていた。

 〈技能の書スキルブック〉を取り扱ってくれる度胸のある店は少ない。

 これはあの婆さんのところで捌くしかない。


 しかし、これはどえらい額になった。


――――――――――――――――――――

技能の書スキルブック〉:2000万ゴルド

〈輝くラーナの飾剣〉:1700万ゴルド×2

〈ブリキソード〉:240万ゴルド×2

〈ベアシールド〉:20万ゴルド×2

〈エンブリオの魔石〉:130万ゴルド

〈ブリキナイトの魔石〉:60万ゴルド×3

〈成金ラーナの魔石〉:60万ゴルド×2

〈ツギハギベアの魔石〉:17万ゴルド×2

――――――――――――――――――――


 今回の報酬はこんなところだろう。

 合計額は6384万ゴルドにもなる。

 エンブリオの〈王の彷徨ワンダリング〉に巻き込まれたせいでとんでもないことになった。

 正直俺もビビっている。


 もっとも市場価値換算であるため、実際にはこれよりもかなり低くはなるはずだが。

 魔石は冒険者支援のために市場価値と同額でギルドが売買してくれるが、アイテムは物によってはかなり買い叩かれる。

 特に通常手段で扱えない〈技能の書スキルブック〉がどうなるかは、あのあくどい婆さん次第になる。


 そのとき〈夢の穴ダンジョン〉全体が大きく揺れ、崩れ始めた。

 柱や壁が、気化するかのように消えていく。

 ルーチェがびくりと身体を震わせ、恐々と周囲へ目を走らせる。


「エ、エルマさんっ! これって……!」


「最初は驚くのは無理もないな。心配はない……〈夢の主〉が討たれたことで、この〈夢の穴ダンジョン〉が消滅しているだけだ」


 このまま周囲が消えて行って、気が付いたら〈夢の穴ダンジョン〉の外に立っているだけだ。


「そうなんですか……びっくりしちゃいました。〈夢の主〉を見るのも、その討伐に立ち会うのも初めてでしたから……」


 ルーチェがぺろりと舌を出す。

 彼女の姿もどんどん薄れていく。


 俺も、自分の手が透けていくのが見えた。

 不思議な感覚だ。

 ちゃんとアイテムは回収したな……と再確認してしまう。


「あ、そういえば今言うことじゃないんだが……」


「はい?」


「今回の成果の市場価値総額が六千万ゴルドを超えたぞ。概算だから、多分としか言えないが」


 ルーチェは立ち眩みでも起こしたように足許が覚束なくなり、そのままふらりと地面へと倒れた。


「お、おい、ルーチェ、大丈夫か! ルーチェ! どうした!」


「本当に、今言うことじゃないですぅ……」


 ルーチェが消え入りそうな掠れ声で、小さくそう口にした。

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