第9話

 ワイトの数は大分減ってきていた。


 ワイトの群れの三分の一以上は俺が単独で撃破した。

 これならばさすがにゴウタンも、俺のE級冒険者への昇級を認めてくれるだろう。

 俺の活躍を見ていないにしても、同行した冒険者達も俺の奮闘を証言してくれるはずだ。


「エルマさん……ゴウタンさんの加勢に向かいますか?」


 冒険者の一人が、俺へとそう声を掛けてきた。


「グールヘッドは、俺達よりもレベルが遥かに高い。素直にゴウタンに任せておいた方がいいだろう」


 F級冒険者がグールヘッドの攻撃なんて受けたら一撃でお陀仏だ。

 無理に手伝っても足を引っ張るだけになりかねない。


 俺はゴウタン達へと目を向けた。


「ウオオオオオオオオオオ!」


「ちいっ! まだ倒れんか、しつこい魔物め!」


 ゴウタンは斧を振るいながら飛び回るが、なかなかグールヘッドは倒れない。

 三体のワイトに組みつかれて妨害されるが、「かぁっ!」と叫びながら弾き飛ばしていた。


「もっとワイトを引き付けよ、テイル、ポール! なんだその及び腰は! そんな臆病モンは、昇級させてやることはできんぞ!」


「わわ、わかってはいますが、これ以上近づいて、グールヘッドに巻き込まれたら……!」


 テイルがしどろもどろに答える。

 どうやらワイトの露払いとして連れた二人があまり機能しておらず、グールヘッド相手に攻めあぐねているようだった。


 だが、ゴウタンは完全にグールヘッドの動きを見切っている。

 巨大な腕の攻撃を敢えて限界まで引き付けてから避けて間合いへ入り込み、斧での一撃をくらわせてはさっと引いている。

 あれならじきに決着がつくはずだった。


「〈岩塊砕き〉!」


 ゴウタンの全体重を乗せた斧の一撃が、グールヘッドに深々と突き刺さった。

 巨体のグールヘッドが大きく仰け反る。

 真っ赤な血が噴き出て、苦しげにグールヘッドが暴れる。

 それに巻き込まれぬよう、ゴウタンが大きく退いた。


 俺は〈ステータス〉で、グールヘッドのHPの確認に掛かった。


――――――――――――――――――――

魔物:グールヘッド

Lv :33

HP :28/79

MP :14/26

――――――――――――――――――――


 いける……ゴウタンの一撃が一発まともに当たれば、倒せるHPだ。


 体勢を崩したゴウタンへと、また別のワイトが纏わりつく。

 ゴウタンはそれを煩わしげに跳ね除けていた。


 ……ワイトが邪魔だな。

 俺は他の冒険者に目で合図をすると、ゴウタンへと加勢すべく駆けだした。

 テイルとポールでは、邪魔なワイトをまともに処分できていない。


「オオオオ……オオオオオオオ!」


 グールヘッドは大声で喚くと、巨大な手で周囲のワイトを鷲掴みにし、自身の大きな口の中へと放り込んだ。

 苦しげにもがくワイトを容赦なく噛み砕いていく。

 グールヘッドの傷が癒えていった。


「〈屍喰らい〉持ちか……」


 死体、もしくはアンデッドを喰らうと、HPが回復する特性スキルである。

 グールヘッドならば必ず持っているわけではなく、だいたい半々程度だ。


 まあ回復スキル持ちでなければ、露払いが機能していなくてもゴウタン程の実力者であれば、グールヘッド程度とっくに狩っていただろう。

 ワイトの妨害のせいで、〈屍喰らい〉の回復を許してしまっていたようだ。


 ただ、そのワイトも既に総数がかなり減ってきている。

 残っているのはもう、グールヘッドの周囲の五体くらいだ。


「オオオオオオォ……オオオオオオオオオッ!」


 そのとき、残っている周囲五体のワイトを、グールヘッドが自身の大きな口へと強引に押し込み始めた。

 ワイトは苦しげにもがいていたが、グールヘッドに噛まれ、無慈悲に身体が切断される。

 バラバラになったワイトの肉を、グールヘッドはまた一心不乱に口へと押し込んでいく。


 俺はそのとき、嫌なものを感じた。

 ただの〈屍喰らい〉一度の回復で、ここまで大量のアンデッドを使うわけがない。

 魔物が特殊な行動を取ったとき、大抵、それはよくないことの前兆なのだ。


「まさか……」


「回復はされたが、これで邪魔なワイトはいなくなった! すぐにケリをつけてやるわい!」


 ゴウタンがグールヘッドへと飛び掛かっていく。


「ゴウタン、止まれ! 三人共、グールヘッドから逃げろ!」


 俺がそう叫んだとき……グールヘッドは両腕を掲げ、大声で吠え始めた。


「オオオオオオオオオオオオオオッ!」


 グールヘッドの身体が真っ赤に変色していく。

 身体が膨れ上がり、二メートル程度だった全長が、三メートル近くまで膨れ上がる。

 手にしていた棍棒を握り潰し、巨大な爪の生えた手を伸ばす。


【〈グールヘッド〉が〈マッドヘッド〉へと存在進化しました。】

【〈マッドヘッド〉のレベルが33から40へと上がりました。】


 頭にメッセージが流れてくる。


「最悪だ……」


 存在進化は、特定条件下で発生するレアイベントである。

 主に追い詰められた魔物が、窮地を脱するために自身の潜在能力を発揮させ、別の種族へと変異することを指す。


 存在進化する魔物の種類や固有の条件は決まっているが、細かい魔物の行動や戦闘の状況、乱数に依存するところが大きく、〈マジックワールド〉でも正確な全ての魔物の存在進化条件は明らかになっていなかった。


 今回でいえばグールヘッドを長期戦で追い詰め続けたことと、そもそも俺達が交戦する前からグールヘッドが〈屍喰らい〉で存在進化のためのエネルギーを充分に蓄えていたことが大きな要因として挙げられるだろう。

 ただ、突き詰めて言えばその原因は『運が悪かった』としか言いようがない。


「な、なな……何が起きた……?」


 ゴウタンは突然変異したマッドヘッドを前に、理解が追い付かないでいるようだった。

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