第6話

 後日、宿でゆっくりと休んだ俺は、都市ロンダルムの冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者ギルドは、冒険者向けに出された依頼の受注から、魔物情勢の確認、魔石の換金、パーティーメンバーの募集なんかまで行うことができる。


「冒険者の登録を頼む。その後、魔石の換金を行いたい」


「では登録のために、お名前とレベル……それからクラスをお願いいたします」


「エルマ、【Lv:12】……クラスは重騎士だ」


「……ああ、やはり防御型のクラスの方でしたか」


 受付嬢は同情するようにぽつりと零しつつ、ギルドの印を付いた冒険者証を作成してくれた。

 俺は手数料と引き換えに冒険者証を受け取る。


【称号〈F級冒険者〉を得ました。】


 よし……これで俺も晴れて冒険者の仲間入りだ。

 この称号自体に付属の効果はないが、冒険者の称号を持っていることで使えるようになるスキルも存在する。

 〈マジックワールド〉で強くなるためには、この冒険者の称号もかなり重要になってくるのだ。


「ああ、あと、一応、仲間を募集している人の名簿を見せてもらいたいんだが」


 急いで仲間を作るつもりもなかったが、一応この世界の冒険者ギルドの様子を知っておきたかった。


「ええっと……新人さんの防御クラスを欲しがるパーティーは稀ですから、その、諦めた方がよろしいかと。あの、失礼な言い方になっていなければよろしいのですが……」


 受付嬢は、歯切れが悪そうにそう口にした。

 別にパーティーに加入したかったわけではないのだが……まぁ、いいか。

 その辺りの事情は、冒険者を続けていればいずれはわかることだ。


「おいおい、見ろよ! 低レベルの重騎士が、パーティー募集してるぜ!」


 頭の禿げ上がった大男が、俺を指差して大声で言った。

 続いてその取り巻き達が声を上げて笑う。


「誰がお前みたいなすっとろいゴミと組むんだよ、バーカ」

「〈加護の儀〉の時期は、よくああやって連日受付に縋ってるゴミクラス持ちがいるんだよなぁ。ハズレは邪魔だからわざわざギルドに来るんじゃねえよ」


 ……嫌な連中だな。

 まあ、あの手合いは〈マジックワールド〉でもよく見かけた。

 俺がサブキャラで重騎士の性能検証をしていると、よく『このご時世に前評判を調べない馬鹿』だの、散々言われたものだ。


「そうか、パーティーはまた後日考えてみる。それより、魔石の換金を頼みたい」


 俺は〈魔法袋〉から魔石を取り出した。

 ラーナの魔石が十個、そしてアランダエイプの魔石が一個である。

 ラーナの魔石はともかく、アランダエイプの魔石はそれなりの値がつくだろう。


「ご、ご自分で狩られたんですか? この大きさの魔石……【Lv:15】前後の個体のものだと思いますが……」


 受付嬢は驚いているようだった。


「ああ、そうだ。【Lv:16】の魔物だった」


「あなたは【Lv:12】……それに、攻撃型のクラスならともかく、重騎士ですし……。あの、討伐経験は冒険者ランクの昇級の考慮にも関わります。調べることは困難ですが、万が一虚偽の申請だったとわかった場合は、厳しい罰則を加えることになっています。今なら取り消せば……」


「いや、この魔物を狩ったときは、俺はまだ【Lv:8】だった」


 受付嬢は余計に怪訝な顔をした。


「その、相手は手負いだったんですか? 他にお仲間が……」


「俺一人でやった。そう記録してくれ」


「そう言われたら、そう記録するしかありませんが……」


 受付嬢は渋々と魔石を受け取り、金銭を渡してくれた。

 ラーナの魔石は十個で二万ゴルド、アランダエイプの魔石は一個で六万ゴルドで引き取ってくれた。


 百ゴルドは一食分のパンが手に入るくらいの価値だ。

 だいたい一ゴルドで一円だと思って大きな間違いはない。

 初日から八万ゴルドが手に入ったと思えば、幸先は明るい。


 今後はアランダエイプくらいの魔物なら安定して狩れるだろうし、ソロ活動であるから山分けする必要もない。

 生活の心配をしなければならないラインは既に超えたと考えて問題ない。


 俺が功績に拘っているのには理由がある。

 冒険者はF級、E級、D級、C級、B級、A級、そしてS級の七段階に分かれている。

 登録した時点でF級冒険者にはなれている。


 受注できる依頼に関わってくるのはそうだが、〈夢の穴ダンジョン〉へ入るにはパーティー内にE級以上の冒険者がいることが必須なのだ。

 〈夢の穴ダンジョン〉外の魔物を狩っているのは効率が悪い。


 おまけにもっと切実な理由として、冒険者ランクによって〈重鎧の誓い〉へ振れるスキルポイントに制限があるのだ。

 E級冒険者にならなければ、【16】以上の数値を割り振ることができない。

 先程、俺がスキルポイントを割り振りできなくなった理由である。


 正確には冒険者ランクではなく名誉点という隠しパラメーターなのだが、現状条件を満たすには冒険者ギルドでの昇級が間違いなく一番早い。

 〈マジックワールド〉としては『バランスよく色々なスキルツリーを試してほしい』という理由で上限を設けているのだろうが、効率よく強くなるためには邪魔でしかない。

 スキルポイントだとかいう実質取り返しのつかない要素でこんなことをしないでほしい。


 そういうわけで、俺は何としてでもとっととE級冒険者にならなければならないのだ。


「おや、空気が悪いな」

「……なんだ、あの重騎士」

「ズルでもやってんじゃねえの?」


 陰口が聞こえてくる。

 注目を集めた後に言うのはあまりよくなかったが、まあ、周りの目を気にしていても仕方がない。


 俺はとっとと強くなりたいのだ。

 伯爵家を追い出された腹癒せといえばそうなのかもしれないが、それ以上に俺の前世の、〈マジックワールド〉ユーザーとしての血が騒ぐ。


「さて、俺でも受けられる昇級依頼はないか?」


 俺は続けて、受付嬢へと問う。


 昇級依頼とは、ギルドから審査員の許可を得ている冒険者が同行し、結果次第では冒険者の昇級を認める、という依頼である。

 昇級にはいくつか方法があり、その内の一つである。


「ううん……明日に一応、【Lv:15】以上の魔物の討伐実績のある方ならば参加できる、大規模依頼レイドクエストがあります。E級審査権を持つ冒険者の方も参加するので、そこで活躍を残せば昇級できるでしょうが……」


 受付嬢は気が進まなさそうに、そう言った。


 内容を聞くに、森奥に集まったアンデッド系統の魔物の駆除、ということだった。

 アンデッドは森や墓地の死体を用いて同胞を造り、その数を増やす性質を持った者も多い。

 収拾のつかない規模になる前に、F級、E級の冒険者を十人近く集めて叩こう、ということになったらしい。


「参加できるんだな、それならぜひ受注しよう」


 俺が間髪入れずに答えると、受付嬢は眉を寄せて困り顔を浮かべた。


「……とても危険ですよ。警告はしましたからね、エルマさん」


 こうして俺は、大規模依頼レイドクエスト……〈アンデッドの群れの討伐〉を受注することに成功した。


 今回の敵は質より量だ。

 おまけにアンデッド系統の魔物は、HPが高く、他のステータスはその分やや控えめの傾向にある。


 相手の攻撃を完封するという、〈城壁返し〉の発動条件を満たしやすい。

 俺に持って来いの依頼であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る