第43話 6月27日(日)ガチ恋

「とりあえず次のお便りいきましょう。こっちは初めから選んであるやつだから安心です」


「ふーん? つまりどんな内容でも絶対に言い逃れできないってことね?」


「作家さんが細工をしていなければ安心できるメールをご紹介します。あ、でもこの人なら大丈夫です。ラジオネーム日本に渡米さん。来てますよね?」


 日本に渡米? どこかで聞いたことがあるラジオネームだ。

 とても馴染みがある気がする。なんでだっけ?


「ちょっと音弥おとや。あかりんに呼ばれてるわよ?」


「え? いや、だって今読まれてるの日本に渡米……」


「あんたのラジオネームじゃないの!」


 隣の幼馴染に脇を何度か小突かれて正気を取り戻した。

 そうだよ。日本に渡米って僕じゃないか。


 今日という日に向けていつもよりたくさんメールを送ってはいた。

 だけど、無料招待された上に公開録音で採用までされるなんて考えてもいなくて、送ってるのに採用されるってのは矛盾してるのはわかってる。


 でも、それはあまりにも運が良すぎる展開だから作家さんが意図的に日本に渡米のメールを外すと思っていた。


「ほら、早く返事しないと欠席だと思われるよ」


「学校じゃないんだから」


「いいから早く返事する!」


「は、はいっ!」


 普段は僕が保護者的なポジションなのにこの時だけは真実まみに背中を押された。

 もし隣にいるのが知らない人だったら、僕は何もできずに貴重なチャンスを無駄にしていたと思う。


 やっぱり真実まみはSSRの幼馴染だ。


「え……」


「ん? どうしたあかりん?」


「あ、いえ。なんでもないです。えーっと、隣にいるのはまみまみさん? まみまみさんの幼馴染って日本に渡米さん?」


 お互いにメールの内容で特に言及してこなかった事実が公開録音で明らかになってしまった

 別に隠していたわけではない。


 ただ、リスナー同士のリアルの繋がりをメールに書いても仕方がないと二人の間で結論が出て。真実まみは日本に渡米の名前を出さずにネタにしてきた。


「へー。そうなんだあ。一緒に公開録音に来るなんて仲良いんだ? 付き合ってはないんだよね?」


「ちょっと先輩。インタビューはやめてあげてくださいよ。日本に渡米さんも困ってるし」


「ごめんごめん。若い二人の仲人気分になっちゃった」


「もう! お便りにいきますよ。僕もあずみんのライブでウインクを見ました。近くの席だったんですね。運命を感じました。なるほどなるほど。日本に渡米さんも関係者席に近くだったんですね」


「やっぱり一般席でも見えた人はいたんだ。恥ずかしいから関係者だけのサービスにしたつもりだったんだけど」


「関係者にウインクも恥ずかしくないですか? お互いに知ってる人だし」


「あはは。あとでネタにしてもらえるかなって」


「ネタになんてしませんよ。あれは人生の宝物です。本当にありがとうございましたあっ!!」


 突然立ち上がったかと思うと机の奥で土下座をした。

 机には装飾が施されていて、それがちょうどあかりんの姿を隠している。


 それでもあかりんが土下座をしているとわかる程度には床に頭を擦り付けている様子は見えていた。


「土下座するほど!?」


「するほどです。関係者席で良かったって心の底から思いました」


「いやいや、それよりも。それよりもよ。日本に渡米さんがあかりんに運命を感じてるって。隣に可愛い幼馴染がいるのに」


 客席の視線が自分に向けられているのがわかる。

 身近に親しい女の子がいるのに声優にガチ恋している。


 もし僕に真実まみみたいな幼馴染がいなかったら、きっと同じように嫉妬していた。


 でも信じてほしい。僕とあかりんの運命は本物なんだ。

 だから耐えろ米倉音弥おとや


「えーっと、まずは日本に渡米さんいつもメールありがとうございます。まさかよくメールをくれる二人が幼馴染なんてあかりビックリです。これからはまみまみさんの幼馴染エピソードを読むときに日本に渡米さんの顔を思い浮かべますね」


「にひひ。アタシのメールが読まれる度に思い出してくれるって。感謝しなさい」


「あ、ああ……マジか」


 真実まみのメールが読まれても自分の顔を思い浮かべてもらえる。

 それって本当に距離が縮まってないか?

 少なくとも友達のような存在になっていると言える。


「まみまみちゃんを泣かせたら私も日本に渡米さんの顔を思い出しちゃおう。酷いことされたら内探に送ってきてね?」


「ははははははいっ!」


 突然あずみんに話を振られて声が裏返っていた。

 存在を認知してもらえるのはありがたいけど、あることないこと内探に報告されたら娯楽として素直に番組を聴けなくなっちゃうじゃないか。


 その辺はあとでしっかり釘を刺しておこう。


「それであかりんとしてはどうなの? 幼馴染の恋を応援する? それともガチ恋勢の想いに応える?」


「そうですね。あかりは……」


 あかりんは即答せず、スッとまぶたを閉じた。

 ざわついていた会場に静寂の時間が訪れる。


 アイドル的な存在である新人声優がガチ恋勢にどんな答えを出すのか、僕以外のオタクも固唾を飲んで見守っていた。


「そんなにあかりのことが好きなら今は追いかけてほしいかも」


「おお!? まさかの三角関係か!?」


「三角関係なんて大袈裟なものじゃないですよ。あかりを応援してくれる気持ちが嬉しいなって思っただけです。まだファンが少ないですし」


「ガチ恋ファンの前でむなむな。みんな、あかりんのこと好きだよね?」


 会場中から拍手が沸き起こる。元から春町あかりのファンで素直にエールを送る人、あずみんに乗せられて拍手する人、なんとなく周りに合わせて手を叩く人。


 いろいろな理由があるにしても、今この場で起きた拍手は全てあかりんのものだ。


 武道館に比べれば人数だって敵わない。内田杏美あずみの人気だって借りている。

 

 でもいつか、全員が春町あかりのファンで埋め尽くされた武道館を見たい。

 

 あかりんに僕の存在をちゃんと知ってもらえたんだ。何があっても春町あかりを支える男になる。

 今日の公開録音で男として一皮剥けた……ような気がした。

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