第29話 6月8日(火)0時

 ライブから2日経っても真実(まみ)のあずみん熱は止まらなかった。

 もしあかりんが武道館ライブをやってくれたら自分も同じ姿になるのは容易に想像できるのであえて止めたりはしない。


 その時が来たら存分に僕の熱弁に付き合ってもらうだけだ。その頃には僕とあかりんは秘密の交際をしているに違いない。


 世界一の声優が彼女で、同じ趣味の幼馴染がいる。たしかにこの人生はSSRだ。


―みなさん、こんにちは。こんばんは。『魔法少女役の新人声優がラジオをやるフラグ』パーソナリティの春町あかりです。これ配信されている頃にはもう終わっていると思うんですけど実は絶賛中間テストの真っ最中なんですよ。でもでも、テストを乗り切ったらすごく楽しみなことが待っているのでそれを支えに頑張ります。


「収録は先週のはずだから僕と同じ時期にテストだったんだ。なんだか同じ学校に通ってるみたいで嬉しいな」


 どこの学校でも同じような時期にテストを実施していて、それがたまたま被っただけでテンションが上がる。ガチ恋声優ファンは人生の中にたくさんの喜びが転がっているのだ。


―前回の放送で公開録音について発表したらたくさんの反響をいただきました。ありがとうございます。内田先輩と一緒なので不安はないんですけど、これだけ反響が大きければ誰もいない会場で先輩と二人きりで収録することはなさそうです。


―あ、今のは先輩と二人きりがイヤって意味じゃなくて、広い会場にお客さんが誰もいなかったらイヤだって意味ですからね。内探にチクりメールとか絶対送らないでくださいね。振りじゃないですからね!


「真実(まみ)は振りだと思って送りそうだから釘を刺しておくか」


 スマホのロックを解除して深夜にメッセージを送る。たぶんラジフラを僕と同じように配信と同時に再生してるだろうし、もし寝ていたとしてもあまり気にすることはない。


 変に気を遣わなくていいのはSSR幼馴染だからこそだ。


―ひとまず一通。あ、ここでメールが読まれたからって公開録音に当選するわけではありません。あとで落選通知を受け取っても気を落とさないでくださいね。あれ? もしかして読まない方がいい? え、読んで。わかりました。恨むなら作家さんを恨んでください。


「ははは。もしあかりんに選んでもらえてなかったら作家さんを恨んでたかも」


 すでに公開録音に当選していて気持ちに余裕があるからこそ笑えるジョークだ。それくらい僕らにとってメールが採用されるというのは何かの縁や運命を感じさせるものだから。


―ラジオネームうなぎのカバディさんです。ありがとうございます。ラジフラ初の公開録音おめでとうございます! 絶対に参加すべく、僕は今日から徳を積んでチケットの当選率を上げています。さっきも落ちていたペットボトルをごみ箱に捨てておきました。


「ほお、おもしろい発想だ」


 チケットが当たるように良い行いをしておく。僕はあかりんとの運命があるから大丈夫だろうけど、もし抽選にもつれ込んだら参考にさせてもらおう。


―わあ! ラジフラの公開録音がきっかけでリスナーさんが徳を積んでくれてますよ。もしかして何回も公開録音をしたら世界が平和になるんじゃないですか? すでに好評っぽいから毎月やりましょうよ。


「それは良い考えだ。毎月あかりんに会えて、そのうちプライベートでも会うようになって、友達を経て恋人になる。すごい、着々とあかりんとの関係が深まっていく!」


 意味もなく椅子から立ち上がりガッツポーズをしてしまった。

 これはガチ恋オタクの妄想ではない。世界が僕とあかりんを結び付けるように動いているとしか考えられない。

 

 それでも真実(まみ)はバカにしてくるだろうけど、これが運命なのだ。


―続いてはラジオネーム三度目の掃除機さんからです。ありがとうございます。幼馴染が声優さんに運命を感じるとか言い出しました。もう末期だと思うのですがまともな人生に戻すにはどうすればいいですか?


「うんうん。僕くらいの運命でもない限り一般男性にはなれないからな。あかりんの口から諦めるように言ってあげてほしい」


 なぜなら僕はあかりんに選ばれた運命の男だからだ。諦めるなら早めの方が傷口が浅くて済む。収録日やメール送信の関係で三度目の掃除機さんの幼馴染くんはまだ事実を知らないのかもしれない。


 僕が公開録音に当選した段階でもうガチ恋から卒業して一人の声優ファンに戻っていることを切に願おう。


―そっかあ。運命感じてるのかあ。きっとそう言うだけの理由があると思うんだよね。でもでも、その声優さんよりも幼馴染の運命が強ければ三度目の掃除機さんに軍配が上がると思うんだ。あかりにも幼馴染がいればなぁ……って、そんな話じゃないですよね。


 もしかしたらラジフラを聴いているかもしれない幼馴染くんの夢を壊さず、それでいて三度目の掃除機さんを応援するバランス感覚が素晴らしい。

 

あずみんくらい大胆な発言をして同じような勘違い男を排除してもらっても僕は構わないんだけど、あまり過激な言葉はファンを失いかねない。

 デビューして間もない新人は土台作りが大切だからね。


―あかりも声優さんが好きでオーディションを受けたんですけど、同じ土俵……うーん、同じところに立ててるかはわからないんですけど、同じ業界に入っちゃうと憧れの存在から尊敬する先輩に変わっちゃって見方が変わるんですよね。幼馴染くんみたいに運命を感じられるのも羨ましいなって思います。


「そういうもんかあ。そうだよな。同じ声優になったらもうファンではいられないもんな」


 アフレコ中にサインを求めるなんて絶対に無理だろうし、あくまでそこは仕事場だ。ファンとの交流会ではない。


「こういう話を聴くとやっぱり一般男性だな」


 僕は特別声がカッコいいわけでも演技の経験があるわけでもない。

 声優になってあかりんと同じ立場になるより、ただのファンからあかりん自身に選んでもらう方が確率が高いし、実際そういう運命を手繰り寄せた。


―って、あかりの話になっちゃいましたね。声優さんにガチ恋できるのって意外と貴重な時間かもしれないので幼馴染くんも尊重してあげてねってことです。でもあかりは三度目の掃除機さんを応援してるよ。もしリスナーさんの中に幼馴染に心当たりのある人がいたらじっくり考え直してね。


「そうだぞ。幼馴染がいて大好きな声優さんがいて幸せな人生じゃないか」


 自分と似た境遇でもちょっと違うどこかの幼馴染くんに想いを馳せながらスマホを確認する。

 残念ながら我が幼馴染に送ったメッセージには既読が付いていない。


 寝ていてスルーされているのか、時すでに遅しでチクりメールを送ってしまったのか、その答えは明日にでも確かめよう。

 幼馴染とはいつでも会えるんだから。


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