初夏色ブルーノート【現代ドラマ編】
暗黒星雲
第1話 城下町と夏みかんの花と1100カタナ
私はいつも、GW明けには帰省する事にしている。サービス業に従事しているせいで、連休中は目がグルグル回るほど忙しい。だから、GW明けの暇な時期に故郷に帰ってゆっくり寛ぐのだ。
城下町のいたるところで夏みかんの花が咲き誇っている。周囲には独特の甘い香りが漂う。この香りは少しきついので、人によって好き嫌いがあるようだが、私は大好きだ。
五月中旬の晴天のお昼前、私はこの城下町を散策している。GW中は観光客で賑わっているこの界隈だが、今は人通りも少なく閑散としてるところも気に入っている。
そして、長屋門の奥にあるカフェに入る。
今日は少し暑かったので、アイスコーヒーを注文した。初老のマスターは笑顔で頷いてくれた。
このカフェの特徴は音楽。日替わりで、何かテーマに沿った曲を流している。例えば80年代のJPOPアイドルとか、2010年代の洋楽とか、ビートルズ特集とか。
今日はジャズのようだ。
出されたアイスコーヒーにシロップとミルクを入れてストローでかき混ぜる。そしてチューッと一口ほど飲む。コーヒーの香りが鼻をくすぐり、冷たい感触が喉を通っていく。気持ちいい。
ふと気づく。
今流れているこの曲は、ジャズにアレンジしてあるけどアニソンだ。あのマジンガーZの挿入歌「Zのテーマ」だった。あんな威勢の良い曲を何か物悲しい印象のピアノ曲に仕上げていた。
次の曲はゲッターロボのオープニング曲だ。この曲もピアノ演奏だったが、非常に激しい曲調へとアレンジされていた。そういえば、ゲッターロボとその続編のゲッターロボGは同じオープニングだったと聞いた。あの
「なあ、
まあ私も、あのゲッターの合体シーンには胸が躍った。スピード感があって思いもよらぬ形状へと変形するからだ。
そして段々と腹が立ってきた。私を捨てた男、
曲は一転し、静かで情緒的なものへと変わった。これは宇宙戦艦ヤマトのエンディングテーマ「真っ赤なスカーフ」だった。地球を救うためにイスカンダルへと旅立つヤマト。その乗組員を見送る女性がテーマになっている曲だ。こんなジャズもいいと思う。以前はこの曲を聞くたびに胸が熱くなったものだが、今は頭に血が上っている。アイスコーヒーを飲み干したのだが腹の虫は収まらない。
私は勘定を済ませカフェを出る。
『必ず帰るから……真っ赤な……』
いやいや、全然そんなロマンスを感じる気分になんてなれない。
あの馬鹿野郎は、
自分で言うのも恥ずかしいが、私はかなりグラマーだと思う。体は大柄だが、出ている所はしっかり出ている。ただ、性格的には男勝りな部分がある。そして、智昭が選んだ男はかなりの美人だ。美丈夫というよりは美少女だった。そして性格は女性的で非常におとなしい。
近年、LGBTには寛容な社会となっている事は理解している。しかし、しかしだ。私と比較してあの和希……智昭が惚れた男の娘だ……の方に女を感じるとか……女としての自分を全否定されたようで死ぬほど悔しかった。96Fがツルペタ男の娘に負けるなんて、私のプライドはズタボロだ。そして、あろうことか、智昭は私とあの男の娘を堂々と二股にかけていたのだ。その話を聞いた時、あいつの頬をグーでぶん殴ってやった。一緒にいた和希が必死に介抱していたが知った事か。
これは半年前の話なのだが、今思い出しても腹が立つ。
あんまり腹が立つので、オヤジのバイクを借りて走ることにした。
自宅に戻ってガレージを覗く。
あった。赤と銀のツートンカラーの
ちょっと暑いが革ジャンを引っ張り出して着る。ヘルメットを被ってカタナに跨る。しかし、ハンドルは遠いし低い。昔のバイクって、どうしてこんなに極端なんだろうか。いや、今時のバイクにはないこの大雑把で荒々しい乗り味がいいんだよな。
セル一発でエンジンが始動した。チョークは使わなかった。あのオヤジ、整備だけは欠かさずにきちんとしている。
私は城下町から国道に出て、海岸線を東へと走る。青い空と白い雲のコントラストが美しい。そしてほのかに漂う潮の香。周囲に響く排気音を聞きながら私はとあるアニソンを口ずさんでいた。
「リトルグッバイ」……伝説のロボットアニメ、ゼーガペインのエンディングテーマだ。バイクに乗ってこの曲を歌うと何故か心が落ち着く。このアニメはいわゆるロボットアニメなのに、オープニングもエンディングも、心に染み入る静かな曲だ。
私はいつしか半年前の事を忘れ、初夏の陽光の中をひたすら走っていた。潮風の中、アニソンと一緒に。
[おしまい]
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