第5話 沼地

 冒険者の仕事は思ったよりも地味だった。ほぼ毎日探索して、新たな発見を探す毎日。しかし、すでに探索されつくしているから、新たな発見はほとんどなかった。また、探索中は気を抜くことができないため、うまくいかないストレスだけが溜まっていく。

 それでも、アキトやジンみたいに、冒険者としてやっていくだけの覚悟と夢があったら、頑張れるかもしれないが、そこまでの情熱も無かった。

(俺っていつもこうだよな)

 タロウはテントの中で嘆く。昔から一つのことに打ち込むのが苦手だった。スポーツチャンバラも、最初は真面目にやっていたが、次第に練習が面倒になって、手を抜くようになった。周りに期待されるくらいの才能はあったが、勝ち進むと練習がきつくなるから、いつても適当なところで手を抜いて、負けていた。会社もそうだ。最初は真面目に頑張っていたが、徐々に飽きてきて、手を抜くようになった。その結果が社内ニートだ。

(冒険者の生活も、そのうち嫌になるんだろうな……)

 3ヶ月後には、頑張る意味を見出せなくなって、テントの中でゴロゴロしている自分の姿が、容易に想像できた。

(どうしようかな……。マジで)

 そんな風に悩んでいたある日、ベースキャンプを歩いていたら、カミシマに声をかけられた。

「タロウ。調子はどうだ? 冒険者は楽しいか?」

「はい。楽しいです」

「ふぅん。そうか」

 カミシマはじっとタロウを見た。見透かすような視線に、タロウは口の中が苦くなった。

「タロウ。いいことを教えてやる。冒険者には2種類いる。本気で冒険者になりたいやつと、何となく冒険者になりたいやつだ。もしもお前が後者なら、悪いことは言わない、早めにここを出た方がいい。漠然とした思いで続けられるほど、簡単で安全な仕事ではないからな」

 バレていたか。タロウは顔が強張る。カミシマは、ただの強面ではないようだ。カミシマが踵を返す。話は終わったと言いたげに。その背中に問いかけた。

「あのっ!」

「何だ?」

「何となく生きている人間は、どうすればいいと思いますか?」

「知らん。そんなの自分で考えろ。ただ、一つ確かなのは、そいつが生きる場所は、ここじゃないところだ」

「……わかりました。ありがとうございます」

 カミシマが去り、タロウは大きなため息を吐く。カミシマに言われなくとも、自分がこの場所に合っていないことはわかっている。しかし、地上に戻っても、そこに自分の場所があるとは思えなかった。

「カミシマさんに何か言われたのか?」

 タロウはギョッとする。そばにアキトが立っていた。心配そうな顔つきに、タロウは苦笑で答える。

「何でもないです」

「そうか。それより、明日からのことなんだが、そろそろタロウも慣れてきただろうし、フロア3に行こうと思うんだが、どうだ?」

「フロア3は、『沼地』でしたっけ?」

「そうだ。タロウも行ってみたいだろう?」

 沼地には、毒の沼地や毒を持ったモンスターが存在し、危険度が桁違いに跳ね上がると聞く。正直、そんなところには行きたくない。しかし、自分のことを考えて提案してくれたと思うと、無下にはできない。だからタロウは、笑顔を取り繕って、頷く。

「はい。行きたいです!」

 そして数日後。フロア2にある洞窟を通って、フロア3に移動した。沼地は、曇り空が広がり、フロア全体が薄暗く、ジメジメした雰囲気があった。

「アキトさんたちも、ここにはよく来るんですか?」

「3か月に1回くらいかな」とアキト。「ここは、かなり危険な場所だからな。ほら、早速ポイズンスライムがお出ましだ」

 紫色で粘着性のある液体が現れた。液体の中には、気泡があって、ぷつぷつと弾けている。

「こいつに手を突っ込むわけにはいかない」とジン。「襲われたら、直接コアを斬るんだ」

「はい」

 3人は、スライムとにらみ合ったまま、じりじりと下がる。倒し方がわかっているとはいえ、戦わないことに越したことはない。

 しかし、そんな3人の思惑を嘲笑うように、スライムが襲い掛かってきた! 狙いは、タロウ。

(俺かよっ!)

 タロウは心の中で舌打ちし、剣を振るった。刃がコアを切り裂き、液体が弾ける。一滴も浴びたくないから、タロウは斬ると同時に後方に跳んだ。直接触れることはなかったが、衣服に少しだけ付着した。

「ナイスだ!」とアキトがタロウの背中を叩く。「タロウがいると心強いわ」

「ありがとうございます」と答えるが、モンスターを倒すことが作業になっているタロウにとって、達成感よりも疲労感の方が強かった。

「前回は、アキトがスライムの攻撃を避けれなくて、毒をまともに浴びちまったからな。幸い、解毒剤があったから、1週間寝込むだけで済んだが」

「へへっ、あれは辛かった」とアキトは笑う。

 タロウも笑顔で合わせるが、全然笑えなかった。

「今日は、俺が足を引っ張らないように頑張る」

「おぅ、頼むぞ」とジンは言った。

 しかし数時間後、ジンはドクオオキノコの胞子を吸い込んでしまい、痺れて動けなくなってしまった。

 両脇を、タロウとアキトに支えられ、ジンは申し訳なさそうに「すまねぇ」と言った。

「いいってことよ。困ったときはお互い様だ。今回は、タロウもいるから、運びやすいしな」

「そうですね」

 ジンの麻痺によって、探索が中止になったから、タロウは嬉しかった。しかし、あるものを見つけ、気分は一変する。冒険者の白骨死体だ。アキトとジンもタロウの視線に気づいて、神妙な顔になる。

「俺たちも、ああならないように気を付けないとな」

 アキトの言葉に、タロウは否が応でも気を引き締めざるを得なかった。

 洞窟への入り口が近づいてきたところで、人の声が聞こえた。

「助けてもらえるかもしれねぇ」

 アキトとジンの顔が明るくなる。ダンジョンで、冒険者とは遭遇することはこれまでもあった。皆、仲間意識が強く、協力してもらえることが多かった。

 しかし、目の前に現れた冒険者を見て、3人の顔に衝撃が走る。若い男女のグループだった。自信に満ちてキラキラした顔つき。確かめなくともわかった。『本物』の冒険者だ。

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