第2話 遭遇
悲鳴は前方から聞こえた。タロウは悲鳴がした方に走る。そこに若い男たちがいて、そのうちの一人が、地面をのたうち回っていた。確認すると、男の顔が半透明の液体で覆われている。スライムだ。液体の中に浮かぶ赤い球体が目玉のように動いていた。
他の男たちは、剣を構えたまま、戸惑っていた。どうやって助けるべきかわかっていない様子だ。このままではスライムに襲われた男は窒息してしまうだろう。
「……赤い球体を攻撃するんだ」
振り返るとおっさんが立っていた。スライムの赤い球体はコアだ。あれを壊せば、スライムを倒すことができる。
「そんなことわかってるわ!」と男の一人が怒鳴った。「でも、失敗したら、タケちゃんを殺しちまうだろ!」
確かに、斬るのに失敗したら、タケちゃんの顔にクリティカルなダメージを与えることになる。それだけは避けたい。
「なら、俺がやろう」とおっさんが剣を抜いて構える。
「はぁ? おっさんに何ができるんだよ」
「安心しろ。俺は勇者だ」
勇者なのか? タロウは改めておっさんを観察する。佇まいからは想像できない。しかし、おっさんの顔には自信があった。若い男たちも判断に迷っている。その間に、おっさんは若い男のそばに立って、剣を構えた。
「食らえぇ!」
おっさんが剣を振り下ろした。剣先が球体にあたるところで、スライムの球体が剣をかわす。剣はその勢いのまま、タケちゃんの顔に刺さった。
「あっ……」というおっさんの声が、洞窟内に響いた。スライムの体が赤く染まり、タケちゃんの体が痙攣して動かなくなった。
「おい、てめぇ、何してくれてんだぁ!」
若い男たちが鬼の如き形相で迫る。おっさんは剣を振って、若い男たちをけん制した。
「冒険には犠牲がつきものだ」
「んだと、ごらぁ!」
若い男の一人が剣で襲い掛かる。おっさんは、その剣をいなし、男の腹を斬った。腹を抑えてうずくまる男。血だまりができる。
「お前」と残った男が畏怖の念を露わにした。「頭、いかれてるんじゃねぇか?」
「俺は、勇者だからな」
タロウは、自分の予想が正しかったことを理解した。このおっさんに関わってはいけない。そのとき、ぬめりとした液体が頬を濡らした。見上げると、天井にスライムが張り付いていて、襲い掛かってきた。タロウは、とっさに体をそらし、スライムの攻撃をかわした。
「うわあああああ」と若い男の慌てる声が聞こえた。男の体に、別のスライムがくっついていた。
「慌てるな!」とおっさんが叫ぶ。「俺が、倒してやる!」
「止めろぉ! 来るな!」
男が洞窟の奥へと逃げる。
「待て!」
おっさんが男を追いかけた。
タロウはその場から動けなかった。
「これがダンジョンか……」
やはり、一筋縄ではいかない場所のようだ。なんて達観している場合ではない。足元にうごめく影。スライムが2体、タロウを狙っていた。
「驚いてばかりもいられないな」
剣を抜いて構える。冒険大学校に入るため、スポーツチャンバラで剣の技術は磨いていた。しかし、実践は初めてだった。ちゃんとできるだろうか。いや、ちゃんとやるしかない。
スライムが襲い掛かってきた。タロウは、バッターよろしく、スライムのコアを狙って、剣を振った。剣から伝わる重い感触。刃がコアに触れ、コアを裂いた。
「よしっ!」
地面に転がった真っ二つのコアを見て、タロウは自分の剣が、この場所で通じることを確信した。しかし、その一瞬の喜びが油断につながる。もう一体の攻撃を許してしまった。気づいたときには、タロウの顔はスライムの体に包まれていた。
(くそっ!)
水中にいるような感覚。息をしたくてもできない。このままでは窒息してしまう。必死に振りほどこうにも、スライムの体はとらえどころがないから、はがすことができない。
(――死ぬッ)
と思った瞬間、強烈な光がタロウの目を襲った。見知らぬ男が立っていた。40代くらいのたれ目の男。男はジェスチャーで落ち着くように促していた。タロウは頷き、抵抗するのを止めた。男は座るように合図したので、タロウはその場に座った。男がタロウのそばに立つ。
タロウは息が限界だった。視界が白くなり始めた瞬間、顔を覆っていた液体が弾け、液体地獄から解放された。男が、スライムのコアを握りつぶしたのだ。
タロウの体は空気を求めた。大きく息を吸って、肺に空気を送る。が、血の臭いにせき込んでしまう。
「大丈夫か」と男がタロウの背中をさすった。
「ありがとうございます。大丈夫です」
タロウは呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けた。そこで、もう一人男がいることに気づいた。40代くらいで厳めしい顔つきの男。男は死んでいる兄ちゃんたちのそばに立ち、状況把握に努めているように見えた。
落ち着いてきたので、タロウは彼らに話しかけた。
「あなた方は?」
「俺たちは冒険者だ。と言っても、『闇』の冒険者だが」
「なるほど。それじゃあ、あなた方が先輩ってわけですか?」
「ああ」男は辺りを見回す。「血の臭いで、スライムが集まってくる。ここはいったん、離れよう」
「はい」
男たちとともに、足早にそこから離れる。
「お前、名前は?」とたれ目の男が言った。
「タロウです」
「そうか。俺はアキトだ。で、こいつがジン」
「あいつらは斬られたみたいだけど、何があった?」とジン。
「はい。全員で、5人いたんですけど、そのうちの1人がスライムに襲われていて、勇者を名乗るおっさんが剣で倒そうとして、そのままざくりといっちゃいまして。それで、喧嘩が始まって、もう1人、おっさんが殺しました。そして、俺ともう1人がスライムに襲われて、おっさんが逃げるもう1人を追いかけていきました」
「『勇者病』か……」とジンが神妙な顔で言った。
「勇者病、ですか?」
「ああ。神の声が聞こえたとかで、自分を勇者だと思い込む、ある種の病さ」
「それなら、聞いたことがあります。ダンジョンが出現し始めた頃から、発症する人が増えたとか」
「そうだ」
「それで、他の奴らはどこに行ったんだ?」
「多分、こっちの方に逃げたと思うんですけど」
おっさんたちが逃げた方向と同じ方向に向かって歩いていた。
「俺たちもこっちから来たぞ。ってことは、あそこで左の方に進んだな」
前方に分かれ道があった。アキトたちが、小走りで左の道に進む。そして、見つけた。道の途中に倒れている二人を。若い男の方は胸を斬られ、おっさんの頭をスライムが覆っていた。スライムの体は赤い。
「剣で倒そうとしたんだな」とジン。「そんなことしなくとも、冷静にスライムの中に手を突っ込んで、コアを潰せばいいのに。この階層のスライムなら、それで倒せる」
「そう、なんですね……」
タロウは、対処法を知らなかった自分を恥じた。もう少し、勉強してからダンジョンに挑むべきだった。
ジンが剣を抜く。見上げる天井に、スライムがいた。
「ここにもスライムが集まってくる。戻ろう」
三人は分かれ道まで戻ってきた。
「タロウと言ったか」とアキト。
「はい」
「お前は、これからどうするんだ?」
「……どうすればいいんですかね?」
正直、知識と経験が無いので、何をすべきかわからなかった。
「なら、俺たちと一緒に行動するか?」
「はい。お願いします」
こうしてタロウは、アキトさんたちと行動することにした。
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