落ちた薔薇の棘を愛でる鐘

藤泉都理

一匙





 今日私は市役所に婚姻届けを提出した。

 お相手は五十上のおじいさん。

 ぶっちゃけ、偽装結婚である。






 小さな文房具店の事務兼店員をしている私の母は常々言っていた。

 恋は良い。

 人生に一度は恋をするべきだ。

 そんな母の陶酔した表情に影響されたのか。

 私は常々恋をしていた。


 日本語に。


 物語や記事、論文などを紡ぎ出せる日本語に恋をした。し続けている。

 

 母はそれはもう大いに喜ぶ。

 わけはなく。

 人間と恋をしなさいと優しく諭し続けた。

 それはもう優しく自主性を貴んでいた。

 けれど三十歳になった途端、母は豹変した。

 人間に恋をしないと予測(完璧だ)した母は、どこからどう伝手を手繰り寄せたのか、大富豪のおじいさんとの見合いをセッティングしたのだ。


 後ろ髪を引かれたのは、ただ一点。

 大富豪、の経歴である。

 金にはさほど困ってないと言いたい処だが、読みたい日本語が地球ほどあったので、金があるに越したことはなかった。

 なければないで、無料で読める範囲で満足できると思うのだが。


 まあ、見合いぐらいなら、一度くらいなら。

 軽い気持ちで、見合いに向かった。






 一.双方飽きるまでは一緒に過ごしてもらう

 二.一年間は飽きたとしても離婚はしない

 三.肉体的接触はない

 四.一日に一回でも話したらいい

 五.仕事は続けてもいい

 六.金銭面は全部援助する

 七.世話役ロボットがいるので家事や世話は一切しなくていい

 八.何をするのも自由

 九.天涯孤独の身




 恐らく、全国民こんな物件なんてない怪しい断固拒絶と思うだろう。

 けれど、私はこの話を受けた。





 

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