第16話 神授の武器

 サーラがいきなり服を脱ぎ始めたせいで始まった騒動も、あいつが水浴び済ませて服を着たことで、ひとまず落着。デュラムはその後もおっさんへの怒りが冷めねえようだったが、俺がなだめになだめて、どうにか矛を収めさせた。

 やれやれ。これでようやく、晩飯の支度に取りかかれるってもんだ。

 ここまで来る途中、デュラムの奴が兎を二匹仕留めたんで、今晩も俺の好物、肉料理が食べられる。あんな騒ぎがあった後だが、気を取り直して支度するぜ。

 俺がせっせと薪を集めて火を起こし、デュラムが泉の水を汲んできた。おっさんが焚き火に息を吹きかけ、火を大きくしようと奮闘してる間に、サーラが兎の肉を切り分け、持参の野菜を刻む。俺とデュラムも、自分の仕事が終わった後は、魔女っ子の作業を手伝った。


「悪いなおっさん、あんたにまで手伝わせちまって」

「ふうぅーっ! なに、私とて冒険者の端くれだ。こういったことには慣れておるよ、ふうぅうぅーっ!」


 そう言いながら、おっさんは必死になって息を吸い、髭面を丸々とふくらませる。その様は、体に千本の針を生やした怪魚みてえで、そこはかとなくおかしい。


「ははっ、そう言ってもらえると助かるぜ……」


 支度ができると、早速四人で焚き火を囲み、晩飯に舌鼓を打った。今晩の献立メニュー麺麭パン乾酪チーズ、それに兎肉の煮込みシチューだ。肉と野菜がとろ火でじっくり煮込まれてて、見るからに美味そうだが……。


「お、おいサーラ! この煮込みシチュー、玉葱入ってるじゃねえか。俺が玉葱嫌いだってこと、お前も知ってるだろ?」

「ええ、もちろん♪」

「じゃあ、なんで入れたんだよ!」

「決まってるじゃない。煮込みシチューの具はお肉に玉葱、馬鈴薯じゃがいも人参にんじんが定番。それに、弟分の好き嫌いをなくすのは、姉代わりとして当然の務めだもの♪」

「ちぇっ、また姉貴面しやがって。玉葱残すけど、いいよな?」

「だーめ! 冒険者のくせに好き嫌いなんかしてちゃ、いざってときに力が出ないんだから。残さずきちんと食べなさい」

「やなこったぜ……もが!」

「一人で食べられないなら、あたしが食べさせてあげる。はい、もう一口。あーんしなさい、あーん♪」

「サ、サーラ、てめえ何しやがる、もぐもご……」

「ふふーん、よくできました♪ それじゃ、もう一口♪」

「だあぁっ、やーめーろー!」


 もぐもぐもぐ。結局、俺は大っ嫌いな玉葱を、残さず食べさせられる羽目になっちまった。おまけにおっさんにも、


「はっはっは……! やはり姉と弟にしか見えんよ、君たちは」


 なんて言われて、朗らかに笑われちまう始末。

 ちっくしょう。サーラの奴、覚えてやがれ。もぐもぐ……。


「――ところでさ、おっさん」


 熱々の煮込みシチューを冷まし冷まし味わった後で、俺はおっさんに声をかけた。


「何かね、メリッ君?」

「あんたがここへ来た目的ってのは、なんなんだ? 俺たちは〈樹海宮〉のお宝を探しにきたんだが……やっぱり、おっさんもそうなのか?」


 だとしたら、これからのことが心配だ。場合によっちゃ、俺たちとおっさんの間でお宝争奪戦が勃発することになっちまう。命の恩人と剣を交えるなんて、そんなことは絶対したくねえんだが……。


「――安心したまえ」


 俺の考えを読んだかのように、おっさんが笑った。


「私の目当ては、血湧き肉踊る冒険そのものでな。君たちと宝を取り合うつもりなど毛頭ない。宝が見つかれば、喜んで君たちに譲ろう」

「貴公、本気で言っているのか?」


 デュラムがおっさんに、あからさまな疑いの眼差しを向ける。こいつはおっさんと出会ったときから、ずっとこの調子だ。いや、おっさんにサーラの裸身を見られてから、さらにひどくなった気がする。どうやら、よっぽどおっさんのことが信用できねえらしい。

 ここまで露骨に不信の目を向けられちゃ、怒るのが普通だろう。だが、おっさんは青筋一つ立てず、それどころか笑みさえ浮かべて、こう答えた。


「ソランスカイアの神々にかけて、おとこに二言はないよ。加えて言うなら、二心もな」


 嘘を言ってるようにゃ見えねえ。この人、筋金入りの冒険野郎だな。


「だが君たち、〈樹海宮〉の宝がどのようなものか、知っておるのかね?」

「いや……知らねえな」


〈樹海宮〉にお宝が眠ってるって噂は、この国に来てからいろんなところで聞いてきた。だが、そのお宝がどんなもんなのかってことは、誰も知らねえようだった。


「そう言うあなたは知ってるの、マーソルさん?」


 と、サーラがたずねる。


「さっきウルフェイナ王女の話が出たとき、『〈樹海宮〉の宝が手に入れば、その力を使って国を守り、民を救える』なんて言ってたじゃない。まるで、この遺跡に隠されてる宝物がなんなのか、よく知ってるような口振りだったけど?」

「さて、私も詳しくは知らんが……この国に来たばかりの頃、こんな神話を聞いたことがあるな」


 そう言って、おっさんはお椀とスプーンを置いた。


「かつて、神々との戦いに敗れた大悪魔――その屍から魔物たちが生まれたとき、太陽神リュファトは、火の神メラルカに武器をつくらせた。魔物に対抗し得る、強大な力を秘めた魔法の武器をな」

「――神授の武器、か」


 鉤形に曲げた人差し指を口許に当て、妖精エルフの美青年がつぶやく。


「ほう? 知っておるのかね、妖精君」

「当然だ。人間風情が知っている話を、妖精エルフが知らないはずがない」

「そのお話なら、あたしも聞いたことあるわ」


 と、魔女っ子が口を挟んだ。そしていきなり、こんな歌を口ずさむ。



「昔々のその昔、時が刻まれ始めてまもなき頃。

 神々に討たれし大悪魔、己が血肉に魔法かけ、数多の魔物を生み出せり。

 かくて生まれし魔物ども、地上に散らばり跳梁跋扈、我が物顔に悪をなす。

 神々、困りて打ちそろい、額を集めて策を練る。これは世界の一大事、いかにせんかと話し合う。

 そのとき、あまねく神を統べる王、大神リュファト膝を打ち、火の神メラルカにかく命ず。

『汝これより鎚振るい、魔物を屠る力持つ、魔法の武器をつくるべし。

 我ら、それらを地上の種族、死すべき者らに授けん』と――」



 途中からおっさんも歌い出し、サーラとの二重唱デュエットになった。サーラの高く澄んだ声と、おっさんの低く深みのある声が重なって、黄昏の森に木霊する。



「メラルカ、リュファトの命に従いて、鍛冶場にこもり金属かねを打つ。

 鞴はうなり、炉は猛り、鎚は雄々しく鳴り響く。

 打てよ鉄槌、強かに! 響けよ鉄床、高らかに!

 七日と七晩、炎は踊り、かくて出来たる魔法の武器、その数およそ百余り。

斬魔の剣アラスタイン〉に〈破魔の弓ウィルユング〉、

退魔の鏡グラスフィアラ〉に〈断魔の斧ヴェラベルト〉、

操魔の指輪ソロンティロス〉に〈縛魔の鎖シェルヴェール〉、

封魔の壺トロンポルム〉に〈轢魔の戦車ドラティオン〉。

 まだまだあれども、まずこれまで――」



 ……あれ? どっかで聞いたことのある名前が一つ、まじってたような気がするが、どこで聞いたか忘れちまったぜ。


「ふむ。なかなかの歌声ではないか、お嬢さん」

「ふふん、まあね♪」

「へっ、女の子が好き好んで歌うような歌じゃねえと思うけどな……いぃててて!」

「こういうときは、素直にほめなさい!」


 サーラにほっぺたをきゅっとつねられ、たまらず悲鳴を上げちまう俺。


「いぃてえぇ! サーラいてえよ、放せって!」

「ふふーん、ほめるまで放してあげない♪」

「いってえぇ!」

「はっはっは……」


 おっさんがまた、穏やかな笑い声を立てた。


「それはそうと、神話によれば――このときつくられた武器のうち、いくつかは神々の手許に残されて、それ以外は地上の住人たちに授けられたそうね」


 俺のほっぺたから手を放して、サーラが言う。するとおっさんは、真顔になってうなずいた。


「うむ。そして噂によれば、〈樹海宮〉の宝とは他でもない、それら神授の武器の一つなのだそうだ」


 薪が勢いよく爆ぜて、パチンと大きな音を立てる。火の神メラルカが俺たちの話を聞いて、「その通りだ」って答えたのか。いや、まさかな。


「……神授の武器、か」


 フェルナース大陸にゃ神話と伝説の時代、神代の遺跡があちこちに存在する。そして、そこからは時々、魔法の力を秘めた不思議なお宝が見つかることがある。

 たとえば、絶対に錆びつかず、刃こぼれもしねえ魔剣。のぞいた奴の過去や未来を映し出す魔鏡。一度音色を聴けば、たちまち恋の虜になる魔笛。

 どうやら、目の前の遺跡に眠ってるのは、そういう類のお宝らしい。なんだかわくわくしてきたぜ……!

 サーラにつねられ、赤く腫れたほっぺたをさすりさすり、俺は期待に心を躍らせた。

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