第13話 王女様の噂

「そう言えば、この森に入る前に、こんな噂を聞いたのだが」


 ひとまず魔物が出てこなくなったところで、おっさんが言った。その口調は魔物が現れる前と同様ゆったりしてて、それまでの勇猛さが嘘みてえだ。


「今この森には、フォレストラ王国の王族が来ておるそうだな」

「なんだって?」


 フォレストラ王国。このあたり一帯を含む、フェルナース大陸の北西部を領土とする大国だ。その王族が、こんなへんぴな森に来てるのか。


「そいつは初耳だぜ。本当かよ?」


 おっさんは、歩きながら顎鬚をなでて、うなずいた。やたらと鬚をなでるのが、この人の癖らしい。


「なんでも、王族自ら〈樹海宮〉を調べるそうではないか」

「その王族って、ウルフェイナ王女じゃないかしら?」


 そう言ったのは、サーラだ。


「ウルセイナ王女? なんか口うるさそうな名前だな」

「ウルセイナじゃなくてウルフェイナ。フォレストラ王ベアトリウスの愛娘で、〈狼姫〉って異名で恐れられてる弓の名手よ。国内の遺跡に興味を持ってて、時々そういう場所へお忍びで出かけていくって、噂で聞いたことがあるわ」

「へえ? お姫様が遺跡なんかに興味を持つなんてな」


 物好きな王女様がいたもんだぜ。まあ、もっとも……俺も他人ひとのことは言えねえか。


「単に興味があるというだけではあるまい。此度の場合、本当の狙いはやはり〈樹海宮〉の宝だろう」


 と、おっさん。


「フォレストラ王国は今、数々の災難に見舞われておる。ここ数年は、隣のサンドレオ帝国をはじめ、ファルコス、ウォラウテ、クランシア、それにイグニッサなどとの小競り合いに負け続け、領土を削られる一方。さらに国内では、魔物の群れが度々出没して、村や町、果ては都まで襲っておると聞く。痛ましいことだ……」


 イグニッサって国の名が出たとき、俺は胸の奥底にさざ波が立つのを感じたが、そんなことはおくびにも出さず、ただ相槌を打ってみせた。


「――確かにな」


 実際俺たちも、この国に来て以来、いろいろと不吉なもんを見てるし、不穏な話を聞いたりもしてる。戦火に焼かれた村や、魔物に荒らされた町。都の大通りを行き交う旅人や商人あきんどの、何かにおびえてるような表情。妖精エルフ吟遊詩人トルバドゥールが広場で竪琴爪弾いて語り、小人ドワーフの鍛冶屋たちが居酒屋で泡立つ麦酒ビールを酌みながら噂する、周辺諸国の不審な動き。都から戦場へ向かう軍勢を見たことも、一度ならずある。

 魔物退治だって、道中何度も頼み込まれて、その都度引き受けてきた。賞金首の魔物を退治すりゃ、路銀が稼げるし……それに、困ってる人たちを放っておくわけにもいかねえからな。


「――そのようなことばかりが続いては、藁にでもなんでも、すがりたくなるのが人情というものだろう。〈樹海宮〉の宝が手に入れば、その力を使って国を守り、民を救えるかもしれん――おそらくウルフェイナ王女は、そう考えておるのだろうな」

「それならこの先、彼女と出会うかもしれないわね」

「ああ。できればそういう事態は避けてえところなんだがな……」


 王族ってのは、税も納めず、国から国へと気ままに渡り歩く冒険者を快く思ってねえことが多い。だから、両者が出会えば大抵一悶着起きる。いざこざを避けるためにも、王族とは顔を合わせたくねえ。

 ……王族と会えば、昔を思い出しちまうだろうしな。冒険者になって以来、魔物退治やお宝探しに打ち込むことで思い出さねえようにしてる、あの日のことを。

 三年前の記憶が脳裏をよぎり、胸がずきんと痛んだ。

 …………親父。

 だあっ、辛気臭いのは嫌いだぜ!

 頭をぶんぶん振って、過去の記憶を振り払う。ったく、俺って奴は……やたらと忘れっぽいのが欠点だってのに、あの夜のことはいつまでも覚えてるんだよな。

 そんなことを考えながら歩いてると、右手に妙なもんが見えた。あれは……壁だ! 巨石を隙間なく積み上げてつくった壁。右手だけじゃなくて、左手にもあるな。こいつは、ひょっとしたらひょっとして……?

 期待に胸が高鳴った、次の瞬間。行く手にすごいもんが見えてきた。


「どうやら、着いたようだな」


 先頭を歩いてたデュラムが、手の甲で額の汗をぬぐいながら言う。


「今回の旅の目的地――〈樹海宮〉にな」


 シルヴァルトの森に入ってから三日目の夕方。俺たち四人が見たのは、四方を森に囲まれた宮殿の廃墟だった。

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