第5話 デュラムは高慢ちきなすまし屋だけど

「今度はなんだよ?」


 体を起こして上空を見上げると、気味の悪い鳥が四羽、羽ばたいてるのが見えた。

 赤、白、青、黄、緑など、色とりどりの羽根で飾られた派手な翼。人間の顔面を鷲づかみにできそうなでっかい足。その指先にゃ、鎌みてえに湾曲した爪が生えてる。顔はなんと、人間の美少女だ。妖艶な笑みを浮かべて、こっちを見てやがる。

 奴らは人間の顔を持つ怪鳥、人面鳥ハルピュイア双頭犬オルトロスと並んで、この国じゃ最もよく見かける魔物だ。

 四羽の怪鳥のうち、二羽が俺を狙って舞い降りてきた。デュラムにゃ一羽、サーラにも一羽が襲いかかる……って、えぇっ?


「ちょ、ちょっと待て! なんで俺だけ二羽なんだよ!」


 不公平だろ、不公平。なんだか俺、貧乏くじ引いてねえか?


「……仕方ねえ、やるっきゃねえか!」


 はなはだ不本意ながら、二羽の人面鳥ハルピュイアに立ち向かう。しばらく一対二で、互角に斬り結んだ。

 俺は剣で、怪鳥は鉤爪で。

 俺の剣が人面鳥ハルピュイアの翼をかすり、怪鳥の鉤爪が俺の革鎧をかすめる。こいつら、結構やるじゃねえか。こっちの太刀筋が読まれてるような気がするぜ……。

 そのとき、一羽がずいっと目前に迫り、バッサバッサと羽ばたいた。


「うっ……!」


 赤、青、緑。白、黄、紫。目の前で鮮やかな色彩の嵐が荒れ狂い、そのめまぐるしさに幻惑されそうになる。

 俺がひるんだのを見て調子づいたのか、怪鳥はさらに激しく、執拗に羽ばたきを繰り返した。色彩豊かカラフルな羽根がまき散らされ、花吹雪みてえに宙を舞う。

 目くらましかよ、姑息な奴だぜ!

 剣を振るって払いのけようとしたが、これがなかなか難しい。そうこうしてるうちに、もう一羽がずずいっと眼前に詰め寄り、緑がかった息を吐く。

 むせ返るような悪臭! 鼻が――鼻がひん曲がる!

 たまらず剣を取り落とし、片膝ついて咳き込んだ。腹の底から、猛烈な吐き気が込み上げてくる。腹から胸へ、胸からのどへ……うぷっ!

 どうにか吐き気をこらえて怪鳥の方を見ると、二羽の人面鳥ハルピュイアは顔を見合わせ、極彩色の翼をばたつかせて笑ってやがる。鴉みてえに甲高くて、耳障りな笑い声だ。

 さんざん笑ってから、二羽の怪鳥は同時にこっちを向いて、にやりと唇の端をつり上げた。二羽の顔は瓜二つ、しかも笑い方までそっくりときてやがる。

 き、気持ち悪い……寒気がする。それに……うわっ、鳥肌まで立ってきたじゃねえか!


「――メリック!」


 ちょうどそのとき、デュラムが自分に襲いかかってきた一羽を薙ぎ倒し、俺のところへ加勢にきた。サーラは――まだ一羽と戦ってるようだ。

 妖精エルフが一声上げて槍を振るい、人面鳥ハルピュイアを追い払う。そのまま槍を、頭上で風車みてえに回転させて、上空へ逃げた怪鳥を威嚇した。

 肩にかかる銀髪が、風になびく。旋回する槍の穂が空気を切り裂き、怒れる雀蜂の羽音にも似た獰猛なうなりを上げる。


「大丈夫か?」


 槍をたくみに操りながら、デュラムがこっちを見た。


「ああ、なんとかな」


 妖精エルフの問いかけに、短く答える俺。デュラムが守ってくれてる間に一応吐き気は治まったし、寒気も消えた。こういうときは、素直に感謝するのが礼儀ってもんだろう。


「ありがとよ、助かったぜ」


 妖精エルフの美青年は、一瞬表情を緩めたが、すぐにいつものすまし顔に戻って、そっぽを向いた。翠玉エメラルドの瞳だけをこっちに向けて、そっけなく言う。


「ふん……さっさと剣を拾え。言っておくが、次も助けるとは限らんぞ」

「へいへい。ったく……その素直じゃねえ言い方、なんとかならねえのかよ?」

「何か言ったか?」

「な、何も言ってねえって!」


 二羽の怪鳥が、再びこっちに向かってくる。俺は剣を拾い上げると、そのままデュラムと肩を並べて戦った。デュラムが一羽を相手にしてる間に、もう一羽と激しく斬り結ぶ。

 人面鳥ハルピュイアの奴、ふざけてる場合じゃねえって悟ったみてえだ。もう顔は笑ってねえ。目をむき、ほっぺたを引きつらせ、唇をゆがめてこっちをにらむ。けばけばしい翼を羽ばたかせ、鉤爪でがむしゃらに斬りつけてくる。時折、こっちをひるませようと羽根をまき、例の臭い息を吐く。

 俺は縦横に剣を振るい、怪鳥の鉤爪を何度も弾き返した。鬱陶しい羽根や臭い息は、後ろに飛びのけば簡単にかわせる。

 俺だって、同じ手に引っかかるほど間抜けじゃねえ。今度は一対一サシだし、さっきのようにはいかねえぞ!

 戦いながら、隣で槍を振るってるデュラムを、ちらりと見た。

 妖精エルフってのは、遠い昔――神々と英雄たちの時代から、人間や小人ドワーフと共存してきた種族だ。美しい容姿と数百年もの寿命を持つうえに、視力や聴力も他の種族とは比較にならねえくらい優れてる。ただ、一つけちをつけるとすれば――それだけに気位が高くて、他の種族を見下す言動が目立つってことだろう。

 デュラムもその例に漏れず、普段は高慢ちきなすまし屋だ。けど……あいつは俺やサーラが危機ピンチに陥ると、必ず助けてくれる。どんなときでも絶対仲間を見捨てたりしねえ。偉ぶってるだけの、単なる気障キザ野郎ってわけじゃねえんだ。


「……あいてっ!」


 ちくしょう、この鳥女、俺のほっぺたを引っかきやがった! もうかんべんならねえ、謝っても許さねえからな!

 しつこく斬りかかってくる怪鳥相手に、俺はしゃにむに剣を振るった。

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