インテリゴリラによる異世界転移記

村上 ユウ

プロローグ

 さて、突然ではあるが、モテるために必要な資質として何を思い浮かべるだろうか?


 性格の良さ? 頭の良さ? 運動神経? 背の高さ? 顔? コミュ力?

 どれも重要な要素だろう。


 では、頭脳明晰、運動神経抜群、高身長、そこそこ整った顔、謙虚で前向きな性格、コミュ力も決して低くない人間はモテるのだろうか?

 多くの人はこう思うだろう。モテるに違いない、と。


 しかし、現実はそこまで甘くないのであった……。

 




「なんでじゃ……」


 矢島やじま堅也けんやはスマホで送られたメッセージを見て不服そうに呟いた。

 

 彼はたった今、フラれたのである。


 マッチングアプリでデートした、通算七人目となる女性にフラれたのであった。   

 送られたメッセージは『彼氏できたの、メンゴ!』と軽い調子のもの。キープ君としか思われていなかったようである。


「くそぅ……」


 矢島堅也、大学三年、二十一歳の夏。彼に初めての彼女が出来るのはまだまだ先のことであった……。


 断っておくと、彼のスペックは全く低くない。

 

 地方の最難関国立大学に通い、高校時代はラグビーで全国一歩手前まで行き、中学時代は生徒会長を務め、人前で話すことに抵抗は感じない。

 初対面の人ともすぐに仲良くなり、謙虚で優しく周りに好かれる性格、そこそこ整った顔であり、ツーブロックの短髪で清潔感もバッチリ、服装も決してダサくない。

 

 では、なぜ彼はモテないのだろうか?


「ラノベでも読むかぁ」


 一つ、彼は重度のヲタクである。

 最近はアニメ・漫画文化が迎合されつつあるが、彼はディープ過ぎるのである。グッズ集めこそしないものの、百合からBLまで幅広いジャンルを読むないし見る。

 一般人パンピーとオタク会話をすると噛み合わず、オタク女子とはスポーツマンな外見からか敬遠される。可愛くて、超オタクな女の子はなかなか現われない。


 二つ、彼は優しすぎる。

 女性には優しくしろという父の教えを頑なに守った結果、彼は女性にめちゃくちゃ気を遣う。高校が男子校であったために女子との適切な距離が分からないのである。

 同じサークルの女子に告白したときは「良い人だけど、友だちとしか見れない」と断られて枕を涙で濡らし、その後も「なんか違う」「強引さが無くて男として見れない」などの評価を受け続けている毎日である。


 三つ、隙がなさ過ぎる。

 彼は基本的に超スペックの持ち主である。学習速度は人並みであるが、努力を欠かさないために何事も高水準に達する。勉強、運動は勿論、家事スキル、ゲーム、オタク知識も並の人間の比では無い。

 特に料理の腕前は、一人暮らしを始めてからメキメキと伸びている。故に距離を置かれる。

 過去、友人たちを家に招いて料理を振る舞ったことがある。その中、とある女子は彼に、堅也に好意を抱いていた。しかし、堅也の料理が美味すぎたことに女子としての自信を無くし、彼女は堅也に告白することもなく諦めてしまった。堅也にとってはあずかり知らぬことである。


 四つ、彼は筋肉ムキムキである。

 身長百七十八センチ、体重八十五キロであり、全身は高校ラグビー部時代に鍛え上げられた筋肉で覆われている。

 大学ではモテたいがためにテニスサークルに入ったものの、その筋肉から打ち出されるパワーショットに周りの女子はドン引きである。

 女子とのラリーでは流石に自重するが、生来手を抜けない性格のため、男子との打ち合いは本気である。相手がテニス経験者であれば、力こそパワーとも言える脳筋スタイルで相手を粉砕する。実際ラリー中に雄叫びを上げているゴリラである。

 そんなこんなで男子からは非常に好かれるが、女子からはむさ苦しいの一点評価である。


 五つ、彼は理系である。

 大学の専攻は建築・土木系であり、数学的に、物理的に、化学的に物事を考えるのが大好きである。そして常に論理的に、理知的にと自分に言い聞かせている。

 それ故に女子の心情を機敏に察することが出来ない。例えば、女性が愚痴をこぼすとき、彼は常に『こうしてみたらどう?』といった最適解を述べる。女性はただ話を聞いて欲しいだけであって、解決法を求めていないにも関わらず。

 加えて、日常会話でもついつい小難しい単語、数式を用いてしまうのである。文系からしたらサッパリの話である。不幸なことに彼が出会った女性の多くは文系であった。


 あとはもう……、うん、察してあげて欲しい。


 

 以上、インテリゴリラに希望は無いのであった。



「んー……」


 ラノベを読み始めて数分、堅也はスマホのアプリを閉じて退屈そうに伸びをした。

 どうやらお気に召さなかったらしい。


「異世界転生したら人生イージーモードってまじかよ……」


 彼が先程まで読んでいたラノベのタイトルは『異世界転生したらチート能力もらって、ハーレム出来て最高です!』といったもの。

 現実で怠惰な主人公が、都合良く能力をもらい、努力もせずに女の子にモテまくるのが不服らしい。努力を欠かしたことのない堅也からすれば、尚更である。


 いつもなら、そんなことに不満を感じたりはしない。『頭空っぽにして読めるし、割と面白いんだよなぁ』ぐらいの調子で読むものだ。しかし、フラれたばかりの堅也にとっては読むのがつらいものであった。


「異世界に行けば、一人でも俺を好きになってくれる子がいるんかな?」


 現実ではモテないなら、異世界ではモテるのだろうか? という純粋な疑問。ただの現実逃避である。

 

「いっそ異世界に行ってみたいな……」


 誰に言ってるわけでも無く、自然に漏れ出ていた言葉。

 現代とは全く違う場所に行き、魔法を使い、可愛い女の子と旅に出る。考えただけでも胸が高鳴る。全男のロマン。

 堅也はチートを求めているわけでも、ハーレムを求めているわけでも無い。ただ自分を好きになってくれる一人の女性が欲しいのである。そしてあわよくば、魔法を使っていつもと違う世界を見てみたいと思っている。


「調べてみるか……」


 握っていたスマホを起動して、『異世界 行き方』と検索をかけた。何とも安直な検索の仕方である。

 そうして待つこと数秒、無数のウェブサイトが表示される。試しに一番上のウェブサイトをタップしてみると、『保存版! エレベーターで異世界に行くには⁉』なんてタイトルが表れる。いかにもなタイトルだ。

 そうして、いくつかのページを開いていくとどれも似たり寄ったりのものであった。堅也は小さくため息をついた。まあ、当然のことだろう。


 しかし、この男は諦めが悪い。今度はちえぶくろを開いて同じように検索を始めた。

 ちえぶくろは、入学試験の問題を即行で答えてくれるような知識人がわんさかといるようなサイトだ。もしかしたら何か方法があるのかも、と思って検索したのだろう。

 そうして堅也は目についたページを片っ端から開いていった。


xxx********さん『どうしても異世界に行きたいです。行く方法を教えて下さい』


yyy********さん『他人をかばってトラックに轢かれると行けるらしいですよ』


xxx********さん『そんな勇気は無いので現実世界で頑張ります』


「解決してないやんけ。いや、してるのか……?」


 後は同じような回答ばっかりであった。『屋上からジャンプしてみては?』だの、『エレベーターを試してみろ』だの。

 実際に異世界に行ったことがあると主張し、訳の分からない設定を書き綴っている知識人()も見受けられた。『異世界の定義は?』などと質問を質問で返している阿呆あほうもチラホラ。


 結論。異世界への行き方は分からなかったらしい。


 はなっから分かりきっていたことだからか、堅也は大してショックも受けていない様子。異世界への行き方は分からない、ということが分かった。それだけで十分らしい。


「やっぱりそうだよなぁ」


 誰に言っているわけでも無く、堅也はひとりごちた。しかし、スマホを触る手は止まらない。

 そう、この男は諦めの悪い男である。一度フラれても再度アタックを仕掛ける男である。迷惑だからやめろ。

 何を思ったのか、堅也は検索条件を次々に変えて検索し始めた。『ドメイン』『ファイル形式』『対象言語』『最終更新日』などの項目だ。


 そうして一時間以上、堅也は一心不乱にスマホを触っていた。

 既に時刻は午前十一時前。大学三年生の貴重な夏休みに、朝っぱらから何とバカなことをやっているのだろう。完全に危ない人である。

 ただ、その甲斐あってか堅也はとあるサイトにたどり着いたようだ。


 表示されたウェブサイトは『異世界への行き方』というサイト名、ページは作られてから一日も経っていない。サイトは非常にシンプルで、簡素に異世界に行く方法がかかれ、魔法陣がページ中央にデカデカと載っている。

 そのシンプルさが堅也を引きつけたのだろうか。


『魔法陣を印刷して下さい。紙に手を触れて大きく深呼吸すれば、術式が発動します。あなたが魔力マナを持っていれば、異世界に転移します』


 堅也はスマホとプリンターを通信させ、魔法陣を印刷した。

 この男やる気満々である。


「あっと、異世界に行くなら、現代文明の機器は必須だよな……」


 もう一度言おう。この男やる気満々である。

 堅也は趣味の山登りで使っている大きいリュックサックを用意し、中に水、携帯食料、サバイバルナイフなどのサバイバル道具を入れる。加えて、スマホのモバイルバッテリー、イヤホン、はさみ、のりなどの文房具、メジャー、ルーズリーフ、手回し発電機、関数電卓などなど入れていく。流石にゲーム機の類いは入れなかったらしい。


「すげ……」


 改めて魔法陣を見た堅也は、そう呟いた。

 いくつかの図形を組み合わせただけのチープなモノを思い浮かべていたが、次元が違った。

 円や三角形などの多角形を組み合わせたものでは無く、漫画やアニメで見るような緻密で精巧に描かれたそれだった。読めないが文字のようなものもある。


 堅也はやたらとデカい登山リュックを背負って、床に片膝をついた。そして床に置いた魔法陣の紙に右手をつけて、すぅーと息を吐ききる。本当にやる気のようだ。


 言うまでも無いが、堅也はバカである。それはもう生粋のバカである。

 チャレンジ精神旺盛と言えば聞こえは良いが、時に無謀なことにも挑戦してしまう。他人が出来っこないとバカにしていることでさえ、とりあえずやってみようと始めるのである。

 試した結果、多くは失敗である。しかし、稀に成功もあるのだ。


 そう、のように。






 


 

 








 

 

 


 

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