第50話 越山ドーム修復戦・後
「いいいいやああああああああ! 無理! 無理! 死ぬぅぅぅぅ!」
ウォーちゃんが悲鳴をあげる。
「喋ると舌を噛むぞ」
「無理ぃぃぃ!」
俺はウォーちゃんをお姫様だっこしたまま、ドームの亀裂に向かって一直線にヴェノムの群れを突っ切っていた。
道中のヴェノムの相手をすると余計な攻撃にさらされてしまうので、彼らを可能な限り無視して突き進む。
ヴェノムや攻撃を避けるために跳んだり回転したりているため、ウォーちゃんの視界は上下左右に動き回って揺さぶられている。
「あと少しの我慢だ」
「無理ぃぃぃ!」
ウォーちゃんの悲鳴をBGMにしながら前進し、ドームのすぐ傍までたどり着く。
亀裂の周りに集うヴェノムたちを魔法で一掃した。
「すごっ……」
放心状態のウォーちゃんの頬を叩き、我に返ったことを確認して立たせる。
「亀裂の修復を頼む」
彼女は頷き、ドームの亀裂の傍に手をつく。
そして魔法を発動した。
亀裂の縁部分が淡く光りを放って点滅する。
少しずつではあるが空いた穴が小さくなっている。
巨大な亀裂だ。塞ぎきるにはまだしばらくの時間を要するだろう。
であれば俺の役目はそれまでの間、彼女を守りきることだ。
「嫌な気配がする。少し離れる」
「傍にいてよ。一人とか無理」
「結界で守るから大丈夫だ」
「無理ぃ……」
泣き顔のウォーちゃんから離れるのは心が痛む。
彼女のケアをしてあげたいところだが今はそんな余裕がない。
少し離れた位置で気配を探る。
『どうしたの?』
『厄介な敵に狙われている気がする』
グリーングラスのテレパシーに応える。
数が多すぎてヴェノムの気配をよむことができないが、虎視眈々と俺を狙っているヴェノムがいるはずだ。
どこにいる?
周囲を見渡してもそれらしい存在はいない。
となると――
『上!』
俺が上を向いたのとテレパシーが届いたのはほぼ同時だった。
巨大な大猿だ。
その大猿は真っ白な体毛に覆われていた。雪山が似合いそうだ。
上空から俺に向かって迫りながら、両手を組んで叩きつけてくる。
後ろに跳躍して避ける。
俺がいた場所に化け物の拳が落とされた。
地響きが発生して地面が割れる。
その化け物は悠然と手をあげて上体を起こした。
ゆっくりと余裕をもって動く姿は、己こそが強者であるという強烈な自負が感じられる。
その巨体は全長で7メートルはいくだろうか。自然界の生物ではまずあり得ない大きさだ。
胸に拳をうちつけて、天を仰ぐようにして叫んだ。
「グォォォッ!」
その声で周囲の空気が振動した。
無数にいるヴェノムの群れも、魔法少女たちも動きを止める。
雪猿が吠え終わったとき、大乱戦の最中に場違いな静寂が訪れた。
「気合十分ってか」
場を支配する。それは強者の特権だ。
化け物からは上級ヴェノムだったスライムよりもずっと濃い気配を感じる。
もしかしてこいつが特異級ヴェノムなのか?
「受けて立つ」
力を誇示してきた相手に対応する方法は2パターンだ。
相手が誇示する力を受け流す。もう一つは真っ向から力で押し返す。
今まで戦ってきたヴェノムという化け物は、この世界の法則とは異なる存在ではあったが、だがその本質はこの世界に生きる獣と変わらないように思う。
獣相手に前者の手段、剛よく柔を制そうとした場合、相手はこちらを弱いと思って活気づく恐れがある。
故にとるべきは後者だ。力をもってねじ伏せる。
ヴェノムの大群や魔法少女たちが争いを再開し、雪猿もこちらに襲い掛かろうと動き始めたそのときに、俺は大きく息を吸った。
そして――
「カァァァァァッ!」
腹の底から声を出して叫び返す。
ヴェノムの大群も、魔法少女たちも、そして雪猿も、再び動きを止める。
「ウォーちゃんは手を止めるな」
「無理ぃ……心臓止まって死ぬぅ」
雪猿はたじろぐ。
声の大きさは生物としての格に直結する。
故に雪猿はその遠吠えで場を支配した。
だがそれ以上の『声』を返されて、獣は驚いたはずだ。
小さな人間ごときに格が上なのだと主張され、場を支配されたのだから。
『そのヴェノムはかなりの大物よ』
『特異級か?』
『いえ、上級よ。このドームの特異級は別にいるわ』
『なんだ特異級じゃないのか』
こいつがもしも特異級ならドームを攻略するのは難しくなかっただろうに。
残念だ。
『侮らないで。上級の中でも最上位よ。亀裂の原因も恐らくそいつね。一人だけでは危険。アイスシールドとイエローファントムを向かわせるわ』
『その2人が抜けたら周りの被害は抑えられるのか?』
『多少の犠牲は覚悟の上よ。今は亀裂の修復が最優先なの。そのためにはそのヴェノムを倒す必要がある』
『応援はいらない』
『でも!』
『まぁ見てなって。特異級を倒すと宣言したんだ。ただの上級ごときにやられはしないさ』
雪猿が巨体に見合わぬ速さで襲い掛かってくる。
人の身体ほどある拳が目の前に迫ってきた。
まずは様子見だ。
シールド魔法を張って、雪猿のパンチを受け止める。
「おぉ」
透明だったシールドが青白く染まる。
シールドが凍っているのだ。薄い氷が割れるかのように、シールドは砕けた。
パンチはシールドを貫通して迫ってくる。
俺は後ろに跳んで避けた。
「地味にショックだな」
先のスライムは俺のシールドに傷一つつけられなかった。
だがこの雪猿の破壊力はスライムを遥かに上回るらしい。
シールド魔法は得意じゃないとはいえ、それを破ってくるとなると相手の力量を上方修正する必要がある。
雪猿は手に氷の塊を創り出し、それを投げてくる。
その剛力によって放たれた塊は猛スピードで飛来する。
避ける……とヴェノムと戦っている魔法少女たちに被害が出そうだ。
俺はその塊を正面から殴り返した。
拳と氷塊がぶつかり合う。
氷塊は拳があたった部分を起点にヒビが入って砕けた。
「いってぇ!」
身体を強化しているから怪我こそしていないが、拳に伝わる衝撃はかなりのものだった。
手がヒリヒリする。
大して効果はないが手を振って痛みを和らげた。
ここで戦うのは面倒だ。
戦いの余波が魔法少女たちに及んでしまう。
雪猿の懐に移動する。
雪猿にとっては一瞬で目の前に現れたように思えただろう。
ヴェノムが俺に対応するよりも先に、俺は力を込めて殴りつけた。
「パンチってのはこうやるんだ!」
巨大なヴェノムが地面と水平に吹き飛ぶ。
そのまま勢いよくドームの亀裂へと向かった。
「ぎゃぁぁぁ!?」
悲鳴をあげるウォーちゃんのすぐ傍、つまりはドームの亀裂の中へと吸い込まれるようにして入っていった。
というか俺が狙って入れた。
「中に入ってあいつを倒すから修復を続けてくれ」
「無理ぃぃぃ!」
泣き言を叫ぶウォーちゃんの横を素通りしてドームの中へと侵入する。
「これは……」
――そこは、銀世界だった。
あたり一帯が雪で覆われている。ドームで囲われているにもかかわらず、雪が上空から降り注いでいる。
夏が近いこの時期に一面の雪景色という違和感。
まるで中と外が隔絶されて、違う季節になっているようだ。
「今はまずあの猿だ」
吹き飛ばされたヴェノムは怒り心頭のようだ。
興奮した様子で何度か地面を叩いた後、再び俺に殴りかかってきた。
さっきも見たばかりの攻撃だ。
「ヴェノムってのは芸がない――ッ!?」
嫌な気配がして上に跳んだ。
雪猿の攻撃はパンチだけではなかった。
上空から降ってくる雪。大猿の巨大な右腕に触れた雪が収束され、それが刃となって襲い掛かる。
まさかの遠隔攻撃だ。リーチを見誤っていた。
あのままパンチを後ろに避けていたら負傷していたかもしれない。
「ここはあいつの土俵という訳か」
雪猿は跳んで宙にいる俺を狙って左腕で殴りかかってくる。
シールド魔法を応用して頭上に一時的な足場を作り出す。
くるっと上下に半回転して足場を下から蹴りつけ、斜め下に向かって跳躍した。
猿の後ろに着地する。
巨大な化け物は俺の姿を見失ってキョロキョロしていた。
ここはドームの中だ。ウォーちゃんや魔法少女たちのことを気にする必要はない。
右手に魔力を集めて凝縮した。
集めた魔力が光となって右手が発光する。
「刃には刃をってか」
右手を振り下ろし、雷の斬撃を放つ。
魔力を凝縮した雷刃は巨大な大猿を斜めに真っ二つに切り裂く。
上半分が切断面に沿って斜めに滑り落ちた。
雪猿は何が起きたのかも分からぬまま、その命を失ったことだろう。
ドーム亀裂の原因だったと思われるヴェノムは倒した。
後は引き返すだけだが――。
ドームの中心側に目を向ける。
ドーム全体にその気配が満ちていて具体的な場所は分からないが、奥に何かがいる。
雪一面の景色を作り出しているのはきっとその存在、特異級ヴェノムだろう。
「いずれこの手で倒す」
中心地に向かって宣戦布告をして、ドームの外に出た。
「まだ終わらないのかいウォーちゃん」
「ぎゃっ!? あ、あのヴェノム倒したの……?」
亀裂の外に出ればウォーちゃんが熱心に修復作業に勤しんでいた。
「あぁ。だから安心して修復に専念してくれ」
「うわぁ……化け物すぎて無理ぃ」
ざっと見る限り、亀裂は半分くらい修復されたように見える。
まだしばらくの時間がかかりそうだ。
本音を言えば魔法少女たちを助けに行きたいところだが、今はウォーちゃんが優先だ。
可能な範囲でこちらから遠距離攻撃で援助するに留めるしかない。
チラっと亀裂を眺める。
なるべく早く頼むぞウォーちゃん。
俺の心の中での催促を感じ取ったのか、ウォーちゃんが言う。
「これ以上の早さは無理ぃ」
◆
「お疲れウォーちゃん」
「もう無理ぃ」
亀裂を修復し終えた彼女はぐったりとしている。
「ところでウォーちゃんよ。俺にはまだやるべきことが残っている」
「なに?」
「ドームの外にいるヴェノムの殲滅に手を貸すことだ」
「なるほど……ん?」
「だがウォーちゃんを一人ここに放置する訳にもいかない」
「う、うん」
「そうすると俺と一緒に行動してもらう必要がある。ということは……だ。後は分かるな?」
「もしかして、また? ……無理ぃ」
「ウォーちゃんの意志は関係ない」
「無理ぃ……」
俺はウォーちゃんをお姫様だっこして、魔法少女たちの支援に回った。
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