第44話 魔法おっさんVSくるみ・瑞樹・ネシー・つる

 小里つるは小柄な女性だ。可愛らしい小学生の女の子にしか見えない。だがその実、彼女はくるみや瑞樹より一つ年上の高校3年生だ。

 その見た目から子どもとして侮られることが多い彼女だが、その小さい身体の内に秘めた心はギラついている。


 つるが魔法少女としての活動をする理由は単純明解だ。

 金目的である。

 ヴェノムとの戦いは命がけだ。油断すればすぐ死に繋がる。だが、その分報酬は弾む。

 ただの女子高校生が稼ぐことのできる金額としては破格のものだ。どれだけアルバイトに勤しんでも同じ額を稼ぐことは難しい。


「もっと金を稼ぐためにもっと強くなるのです」


 つるが戦う相手は下級や中級のヴェノムばかりだ。ヴェノムを倒したときの報酬はその級によって変わってくる。上級ヴェノムを倒したとなればその報酬もとてつもない額になる。

 世の中金だ。金があればなんでもできる。

 つるはお金が大好きで、趣味は通帳の貯蓄額を見て悦にひたることだ。そんな彼女だからこそ、より強くなって、より報酬の高いヴェノムを倒すことを望んでいた。


 強くなるためには強い相手と戦うことが重要だ。

 そして、魔法おっさんは間違いなく強い相手に分類される。彼との模擬戦、それは値千金のものだ。

 裸を見られたことは腹立たしいが、しかし、裸一つで強者と戦えるのであれば、安いものだとつるは思う。


「やる気だね」


 準備運動のストレッチをしていると、傍にネシーがやってきて、彼女もストレッチを始めた。


「当然なのです。あの魔法おっさんと戦えるチャンスを逃すなどあり得ないのです」

「ウラシマくんは上級ヴェノムを軽々と倒したらしいからね。上級ヴェノムを倒せるようになることを目標としている僕らにとっては大事なチャンスだ」


 つると会話しながら、ネシーがストレッチのために上体を後ろにそらす。

 大きな胸を強調するようなその姿に複雑な心境になった。

 2人で準備をしていると、くるみと瑞樹が近づいてくる。


「頑張ろうねつるちゃん」

「ウラシマを殺る」


 瑞樹の視線はウラシマに向いている。視線で殺そうとでもしているのか、ウラシマを睨みつけていた。

 こっそりとくるみを呼びつけて、ヒソヒソ声で尋ねる。


「妙に殺気だっていますが、どうしたのです?」

「んー、瑞樹ちゃんはお年頃……ってところかな」


 くるみの視線の先にはウラシマがいる。


「瑞樹は年上好きなのですか。意外……でもないのです」


 よくよく考えれば、瑞樹の恋人には包容力のある年上の男性が似合うような気がする。というより同年代の若い男であれば、面倒くさい彼女の行動に呆れて逃げ出してしまうだろう。


「私も意外と年上好きなんだよ」

「意外性ゼロなのです」

「えぇ!?」


 くるみには甘えたがりな一面がある。そんな彼女の相手にも、包容力のある年上の男が相応しいだろう。

 つるはウラシマという男のことをまだほとんど知らない。戦闘動画を見たことがある程度だ。だが、くるみや瑞樹の懐き具合を見る限り、少なくとも悪い男ではないのだろうと思った。

 改めてウラシマを見ると、彼はグラウンドの真ん中でゆったりと立っている。その姿はいつでも準備万端だと語っているようで、余裕が感じられた。


「その余裕、崩してやるのです」


 勝負は1vs4だ。

 つるたちが大きなハンデをもらった形になる。

 ネシーとはいつもタッグを組んでいて息ぴったりだ。くるみや瑞樹も知らない仲ではなく、互いの戦闘方法を把握している。

 即席の4人チームではあるが十分な連携は可能だ。


 タイマンでは勝ち目はなかっただろうが、4人で一斉に挑めるのなら十分な勝ち目はある。

 これだけ好条件を与えられた以上、勝たなければならないとつるは思った。


「絶好のアピールの場なのです」


 魔法おっさんの動向は『魔女』に見張られているはずだ。当然、この模擬戦を行うことも把握しているだろう。

 現に観客席には、つるたちの戦いを撮影しようとしている者もいる。撮影者が直接『魔女』の指示を受けているかどうかは不明だが、その動画が『魔女』の幹部に流れることは間違いない。


 この戦いで活躍できれば、『魔女』の――正確に言えばホーリーガールの評価に繋がるかもしれない。彼女に見出されたならば、あの古井財閥の本社の社員になることができる。


「本気でやるですよ!」

「当然! 殺す気でいく!」


 気合を入れて構える。

 そして審判――観客にいた魔法少女が請け負った――が開始の合図をした。




    ◆




 先手必勝とばかりに最初に動いたのはつるだ。

 今回使っている試合場は、シンプルなグラウンド。遮蔽物はなにもなく、単純な実力差で勝敗が決まりやすい場所だ。


 小里つる――魔法少女ギガントハンマーはウラシマに向かって大きくジャンプした。

 彼女はその名の通り、巨大なハンマーを武器にして戦う。その名前の由来となったハンマーを空中で召喚した。ハンマーのサイズは小柄な彼女の全身よりも大きく。傍から見ればハンマーがメインで小さい少女がおまけでくっついているようだった。


 巨槌の質量を利用しながら全身をバネのように使ってたたきつけるが、ウラシマには余裕をもって避けられる。

 だがここで避けられるのは彼女の目論見通りだった。彼女の狙いはグラウンドそのものだ。

 ハンマーで地面をたたき割る。周囲に瓦礫が飛び散った。


「今なのです!」


 魔法少女たちは一斉に動き始める。

 ギガントハンマーは地面を叩いたときの反動を利用し、身体を回転させるようにしてハンマーを持ち上げ、そのまま自分の足を軸としてコマのようにハンマーを横に振り回す。

 スノーラビットは魔法で9つの球を作り出して、その球を高速で飛ばす。遠隔で操ってウラシマを狙う。

 アイスソードは2人の攻撃の隙間をつくように背後から氷の剣で斬りかかる。


「やるじゃないか」


 ウラシマは連携のとれた動きに感心しながら、つるたちの攻撃を避ける。


(その余裕もここまでなのです!)


「なッ!?」


 ウラシマが避けた先に風の銃弾が襲い掛かる。

 避けたところに銃弾がとんできたというより、銃弾に当たりに行ってしまったような感覚に陥ったはずだ。


(さすがネシーなのです)


 大郷ネシー――銃使いの魔法少女ウエスタン。

 つるは初めて彼女と会ったとき、そのバカっぽい身体と言動のせいで第一印象は悪かった。だがしかし、すぐにウエスタンの頭の良さに気がつく。

 ウエスタンは魔法少女としてのランクはCだ。アイスソードはBに近いCだがウエスタンはDに近いCで、4人の中では一番ランクが低い。

 だがしかし、敵になったときに最も厄介なのは彼女だとつるは思っている。


 ウエスタンは先読み能力が高い。

 ギガントハンマーたち3人とウラシマ。その動きを全て計算し、ウラシマが身動きできないタイミングと場所に、風の銃弾を発射したのだ。

 かつて、つるは彼女にそのコツを聞いたことがある。「そこに銃弾を置いてくる感じ」と言っていた。意味が分からなかったが、ウエスタンに才能があることだけは分かった。


 そして銃弾は見事ウラシマの腹部に命中する――寸前で見えない壁に阻まれた。


「……俺の負けだな」


 ウラシマが負けを宣言する。

 どういうつもりなのか。

 いまだその身には傷一つ負っていない。魔法少女たちとは違い、消耗している様子もない。


「どこが負けなのですか!?」

「経験豊富なおじさんとしてアドバイスでもしてやるかと思っていたんだが、一本とられてしまったからな。魔力を使うつもりはなかったのに、まさか使わされるとは……」

「ま、待ってほしいのです。少なくとも身体能力の強化に魔力を使っていたですよ!」


 得意不得意はあるが、魔法少女たちはみな魔力を使って身体を強化している。そんな彼女たちの攻撃を避けていたのだ。ウラシマも身体を強化に魔力を使っていたはずだ。


「ウラシマさんはあれが素の身体能力なんだよー」

「そんなはずないのです」

「むかつくことに本当よ。私たちが目で追えるように身体能力は強化しないつもりね。ウラシマは上から目線の腹立たしい男だから」


(あり得ないのです……)


 1対4なら勝ち目があるかもしれない。そんな風に思っていた自分がバカではないか。

 ギガントハンマーは笑うしかなかった。


「一段階あげるぞ」


 その宣言通り、ウラシマの動きが一段階上がる。身体能力も大きく向上し、魔法による攻撃も織り交ぜてきた。

 ウラシマの圧倒的な動きになすすべもなく、スノーラビットとアイスソード、そしてウエスタンは呆気なくやられてしまう。

 残すはギガントハンマーただ一人。


 1対4でも勝ち目がなかったのに1対1で勝てるはずもない。

 だが諦めてやるつもりはない。

 せめて一矢報いてるやる。その心意気でウラシマという強者に挑む。


 遠距離攻撃用の魔法で牽制しながらウラシマに近づく。

 ウラシマが魔法を撃ってくる。

 雷撃だ。当たればひとたまりもないだろう。現にネシーは一発でやられている。


(でも相性は悪くないのです)


 走りながら目の前にハンマーを召喚する。

 アイスソードのように武器をその場で作成している訳ではなく、あくまで召喚しているだけだ。

 アイスソードの氷剣ほどの自由度はないが、召喚するのは特注のハンマーだ。労力をかけて創り出したハンマーを呼び寄せている。

 そのハンマーには彼女の得意魔法と同じく地の属性が宿っている。だから電気は効かない。

 故にハンマーを盾がわりに使って雷撃を防いだ。

 だがその衝撃を殺しきれず、雷撃が重量のあるハンマーもろとも迫ってくる。

 バカげた威力だ。ちょっとした遠距離攻撃一つにどれだけの魔力を使っているのか。しかも疲弊してる様子はない。


(化け物なのです)


 悪態をつきながらも、走りながら斜め横に転がってハンマーを回避した。

 雷撃を放った隙をついてみせる。

 ウラシマに肉薄しながらハンマーを手元に再召喚した。

 ハンマーの柄を握るその瞬間――彼女の全身に電撃が走った。


「きゃぁ!?」


 身体が痺れて、その場に崩れ落ちた。

 一体何があったのか。理解が追い付かない。


「……な、なにをしたのですか?」

「ハンマーを盾がわりにすること。俺の攻撃で一度ハンマーを避けること。そして、次の攻撃の際にハンマーを呼び寄せること。それは分かりきっていたからな。柄に電気属性の膜をはらせてもらった」

「でもあのハンマーに電気は纏えないはずなのです」

「無属性の膜を先にはって、その上に電気属性の膜を重ねたんだ」

「で、でたらめ……なのです」


 そんな手間のかかることをしている様子は一切なかった。

 彼女の視点から見た場合、ウラシマがやったことは電撃の魔法を放ったことだけだ。

 だがその裏で、ギガントハンマーの動きを読んでハンマーに細工をしていた。


 ウラシマにとってはこどもと遊んだだけなのだろう。

 その実力の片鱗すらのぞくことはできなかった。

 圧倒的な敗北感に、ギガントハンマーは俯く。


「次は私の番だぜ?」


 この場いる誰のものでもない声がして顔をあげる。

 その先には赤い女がいた。

 衣装も、髪も、燃えるような赤を宿している。

 ――魔法少女レッドソード。

 ホーリーガールやザ・ファーストと並び、最強の一角とされている魔法少女がそこに立っていた。

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