第7話 日雇い工事現場
俺は魔王を倒した。
はかり知れぬほどの困難だったが、それでも成し遂げた。
そんな俺が本気になればできないことはないと思っていた。
だが――どうやら就職はできないらしい。
「駄目だった?」
段ボールハウスに戻った俺は源さんに聞かれて頷いた。
アルバイトも含め、この世界では働いたことがない。だから、甘く見ていたのかもしれない。あっちの世界で冒険者や傭兵をやるような気分で、何らかの仕事にはありつけるだろうと思っていた。
「戸籍も職歴も金もない。そんな状態で雇ってくれるところは全くないらしい」
未成年の子どもであれば、自営業の店主が訳アリな子どもに同情して雇ってくれたりするかもしれない。
でも俺は34歳のおっさんだ。スーツはおろか、清潔感のある服すら持っていない。誰がこんな不審人物を雇ってくれるというのか。
「肉体労働系は駄目なのかい?」
「あたってみたけど無理だった。戸籍もないやつを雇えないってさ……」
ドラマで苦学生が工事現場で働くシーンを観たことがある。俺もそういう例にあやかって工事現場のアルバイトを探した。しかし今は現場の仕事もかなりコンプライアンスが厳しくなっているらしい。身元不明の俺を雇ってくれるところはなかった。
「工事現場で良ければ紹介できるけど」
「本当か!?」
「よく動ける人ならどんな訳がある人でも大歓迎な現場だよ。ウラシマくんならきっと活躍できる」
藁にも縋る思いだった俺は、源さんの提案にのることにした。
◆
紹介された工事現場に行くとプレハブ小屋の詰所で待つように言われる。
そこには若いチャラい20歳ぐらいの青年が椅子で座っていた。
「パチンコにはまって借金しちゃってさぁ、無理やりここに連れてこられたって訳。おっさんも訳ありのクチ?」
「そんなところだ」
彼も別の人からこの仕事を紹介されたらしい。若い身でありながら既にギャンブル狂いの借金まみれとは目も当てられない。
「たくよぉ、なんでこの俺が工事現場なんだよ。もっとホストとか色々あるだろ。なぁ?」
金髪に染めたチャラ男は自分がホストとして通用すると思っているようだが、そこまでモテるようには見えない。良くて雰囲気イケメン程度だろう。仮にホストになったところで大した売上も出せないままクビになるだけだ。
適当にチャラ男の話を聞き流していると、詰所に強面の男が入ってきた。
「ひぃっ」
隣にいたチャラ男が悲鳴をあげた。
やってきた男はあきらかにそっちの筋の人だ。頬にある切り傷の跡によって、いかつさが倍増されている。
源さんの話を聞いたときからもしかして、と思ってはいたけれど、やはりここは真っ当な職場ではないようだ。
でもまぁ、真っ当なところでは働けないから仕方がないと思っておこう。
「ビビりとおっさんじゃねえか。若くて動けるやつが欲しいんだがなぁ」
強面の男が悪態をつく。
「確かに若くはないが誰よりも動けるぞ」
言い返すとヤクザな男が凄んできた。
傍にいたチャラ男が怯えてしゃがみこんで頭を抱えている。
無理もない。ヤクザなだけあって中々の威圧感が醸し出されていた。普通の人にとってはとてつもない恐怖を感じることだろう。
でも今の俺にとってはただの人だ。魔王たちと命のやり取りを経験している以上、ただのヤクザごときに怯えることはない。
じっと男を見据えていると、反対を向いて歩きだした。
「……ついてこい」
おっさんの俺にも仕事をくれるらしい。大人しくついていこう。
彼の後ろについた俺と違い、チャラ男はその場でしゃがみ込んだままだ。
「やる気がないならとっと出て行け」
ヤクザがそう言い放つと、チャラ男はすぐさま走り去った。
その後ろ姿を見てヤクザは呟く。
「あいつはもう終わりだな」
「どうなるんだ?」
「捕まえて売る」
臓器を売られるとか、そういう悲惨な目に合うのだろう。
名前も知らない青年を助ける義理もない。ご愁傷様だ。
「あんたはおっさんだが度胸だけはありそうだな」
「これでも修羅場をくぐってるからな」
◆
俺を採用したのはヤクザだ。
現場にいるのも同じようないかつい顔の男ばかり……ではなかった。普通の工事現場と同じように、昔はヤンチャしていたおっさんや元ヤンキーの青年たちがほとんどだ。
「資材置き場から足場板を持ってこい」
「分かった」
新人にいきなり重要な作業をやらせるはずもなく、俺の役目は荷物運びといった雑用をこなすことだ。
足場を組み立てるための鋼板を運ぶように言われたので、カラーコーンとバーで区画された資材置き場の中に入る。30枚の鋼板がまとめて積んであった。
あー、枚数を確認するのを忘れた……。
まぁ全部持っていけばいいか。
「おい、あれ……」
「まじか」
「そんなに筋力があるようにも見えないのにどうなってるんだ?」
「ゴリラか?」
周囲がざわついている。
何かあったのだろうか。周りを見回してもおかしなところはない。
というかむしろ俺が注目されているような……。
「あんたそれ、重くないのか?」
現場の指揮をとっている職長とマッチョの若者がこっちに来た。
「いや別にこれくらい余裕だろ?」
「……おい、お前なら何枚いける?」
「10枚ぐらいっすかね。それも肩とか使ってやっとって感じです。こんな風に腕だけで持ち上げるのは無理っすよ」
彼らの会話を聞いて、周りがざわついている意味がようやく分かった。
俺にとっては重くない足場板でも、こっちの世界の基準で考えれば重いんだ。
やってしまった。
「こんなところで働いてないで、重量揚げの選手にでもなった方がいいんじゃないか?」
職長のおっさんに言われて笑って誤魔化す。
俺の身体能力を活かしてスポーツ選手になれば大活躍することは間違いないけれど、それはなんというか、ズルだろう。
「使えなさそうなおっさんを入れやがってと思ったが、中々どうして掘り出しものじゃねえか。よし、ついてこい」
職長に気に入られてしまったらしい。
雑用だけをさせておくのはもったいないと思ったようで、色々やらされることになった。
夕方まで働き、5時を過ぎると現場は終了する。
程度が分かっておらず色々と驚かれてしまったが、肉体労働は良い気晴らしになった。
「評判良いみたいじゃないか」
雇い主のヤクザが上機嫌に言う。職長を始めとした、現場の人間に俺の評判を聞いたら非常に良い評価ばかりで驚いたらしい。
「ほら、これが今日の分の給料だ。少し色をつけておいたぞ」
礼を言いながら給料袋を受け取った。
怪しい会社だ。この金が綺麗な金なのかどうかも疑わしい。
現金で手渡しをしているから、もしかしたら税金も誤魔化しているかもしれない。
「またやりたいときはいつでも連絡をくれ」
◆
「ふふーん」
源さんが好きだと言っていた日本酒とおつまみを買って、すっかり暗くなった道を歩く。
喜んでくれるだろうか。
一緒に酒を交わして夜を過ごすことは恩返しであり、俺自身がやりたいことでもあった。
楽しみだなぁ。
自然と足取りも軽くなる。
「ん?」
川に近づくと、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
悲鳴だ。複数人が悲鳴がをあげている。
その声が聞こえてくるのは源さんの段ボールハウスがある方向だ。
もしかして――。
嫌な予感が抑えきれず、俺は源さんがいる場所へと向かって走った。
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