元勇者はリセットしない~異世界で魔王を倒したおっさんは魔法少女の世界に帰還する~
ほえ太郎
第1話 はじまりはラッキースケベ
俺は17年前に魔王を倒す勇者として異世界に召喚された。
勇者としての特殊能力もあったとはいえ、ただの平凡な男子高校生だ。そう簡単に魔王を倒せるはずもなく、こうして魔王を討ち果たすまでに長い年月がかかってしまった。
「ようやく、終わった」
異世界に召喚されたときは17歳だったが、日本で生きた時間と同じだけの時間が異世界で過ぎている。
3年と、更に14年。異世界ではたくさんの出会いがあった。そして、たくさんのものを失った。
「ここから、ゼロからやり直しだ」
全ての元凶の魔王は倒したが、手下たちはまだ生きている。
人類が受けた甚大な被害の傷痕も根深い。元勇者としてできることは多くあるはずだ。
「俺なりに頑張るよ」
今は亡き王都で眠るレティシアに向かって宣言する。
レティシアは俺を異世界に召喚した聖女だ。突然召喚されて困惑する俺に対して、彼女は真摯に向き合ってくれた。彼女の人類に対する想いを知り、その在り様に惹かれて、勇者としての覚悟を決めた。俺の原点となった人であり、そして、最愛の女性だった人だ。
彼女と過ごした時間に想いを馳せていたところ、突如として視界が切り替わった。
「――ッ!?」
◆
魔王の城の最奥にいたはずなのに、いつの間にか俺はどこかの部屋にいた。
どこか懐かしさを感じる部屋だ。17年前、こっちの世界に召喚される前の日本でよく見たような――。
「えっ?」
背後から可愛らしい少女の声がした。魔王との戦いには縁のないはずのものだ。決死の戦いに挑み高揚した心は、振り向くと同時に固まった。
そこには全裸の美少女がいた。
なにがどうなっている?
突然の光景に頭が追いつかない。最終決戦の場で魔王を討ち果たしたと思ったら、俺の目の前には裸の美少女がいる。
意味が分からない。
ここは恐らく彼女の部屋なのだろう。部屋を見回せば、日本語の文字がいくつも目に入る。なぜそうなったのかは分からないが、どうやら俺は現代日本に還ってきたらしい。
――魔王を倒せば褒美があります。
レティシアとの会話を思い出した。彼女は昔、褒美があると言っていた。ずいぶんと昔のことなのですっかり忘れていたが、この状況が褒美なのかもしれない。
全くもって、酷い女だ。
俺はあっちの世界――異世界に骨を埋める覚悟だった。魔王を倒した後も、人類の復興に全力を尽くしたいと思っていた。こっちの世界――日本は既に、俺にとっては単なる思い出に過ぎない場所だった。それなのに、魔王を倒せば、もう用済みと言わんばかりに日本に戻されてしまったらしい。
「はぁ……」
「人の裸を見てため息つくなんて失礼じゃない?」
「ん? いや、そんなつもりはなかったが……」
裸の少女が怒っている。意識を彼女へと向けた。
可愛らしい少女だと思った。
白髪赤目という日本人らしからぬ容姿をしているが、不思議と浮いた感じはしない。
ちょうど少女から大人になった頃合いだろうか。顔はまだ幼いが、その身体はしっかりと女性のものになっている。身体つきや本棚の教科書から判断するに高校生だろう。
あっちではもう存在しない極上の少女だと思う。
異世界にはレティシアを初めとした美しい女性がたくさんいた。しかし、14年前に、そのほとんどが失われてしまう。人類が――勇者が一度魔王に敗北したから。
目の前の少女は人類の敗北とは無縁だ。美しく、そして瑞々しい。生命力に満ち溢れている身体だ。
「安心していい。君の身体にはそそられるぞ」
「そういうことじゃないから!」
少女は顔を赤くしながら腕で身体の大事な場所を隠そうとしている。右腕で胸を隠し、左腕で股を隠し、もじもじと足をすり合わせている。隠そうとして隠しきれていないその姿は実に煽情的だ。
「……誘っているのか?」
少女は声にならない声をあげながら、器用にも胸を隠したまま右手でベッドの傍にあった猫型の目覚まし時計を拾い、俺に向かって投げた。
デフォルメされた猫の顔が猛スピードで迫る。華奢な腕で、しかもほとんど手首だけを使って投げたにもかかわらず、かなりの速度で飛来した。普通に成人男性が思いっきり投げたときよりも速い。
どういう腕力をしているんだ?
少し面食らいながらも、壊さないように衝撃を吸収して時計をキャッチする。
「ずいぶんと物騒じゃないか。下手すりゃ死んでるぞ?」
あわや大惨事の投擲の威力を自覚したのか、少女の顔から血の気が引いていく。
「ごめんなさい」
悪いことをしたら謝罪する。人として当然の行いだ。
でもそれは状況による。
裸のときに突然目の前に男が現れて、そいつに対して過剰な反撃をしたからといって謝罪する必要はないだろう。にもかかわらず少女は深々と謝罪して反省している。
きっと、いい子なのだろう。
「謝るのは俺の方だ。着替え中にすまない」
彼女の足元にはピンクの下着が落ちているし、ベッドには出したばかりだと思われる水色の下着がある。タイミングの悪いことだが着替え真っ最中ですっぽんぽんなときに俺が、あっちの世界からこっちにやってきたって訳だ。
不憫な少女に同情はする。
とはいえこのまま大人しくしているつもりはない。こんな理不尽な不可抗力で変質者として捕まることは遠慮したい。
「どうしてこんなことしたの?」
俺が聞きたい。
どんな言い訳をしたところで通用しないだろう。
「運命だから」
「運命……?」
適当に言い訳をすると少女が首をかしげた。
運命という単語に何か思い入れがあるのだろうか。何か感じ入っているようだ。怒気が薄れている。
今こそ好機!
「それじゃぁ、そういうことで」
窓を開けてベランダに出て身を乗り出す。
どうやらここはマンションのようだ。10階以上はあるだろう。ベランダの手すりの上に立って振り返る。
「自棄になっちゃ駄目!」
少女が必死に制止しようとしている。変質者の命を案じてくれるらしい。本当にいい子だと思う。
心配ないよと微笑みながら、俺はベランダから飛び降りた。
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