無駄な心配

「でも、魔力はあるんだから……えいっ!」


 マリアさんが再度確認するかのように、のびているまりかに手をかざして気合を入れる。


 が、現実は無情で。


「えいっ!!」


 手のひらから、怪しい光は一切出てこない。


「えいっ……」


 あのさマリアさん、旧式プリンターのトナーじゃないんだから、手を目いっぱい振ってからかざしても無意味だと思うよ?


「やっぱり……だめですね」


「まじか」


「……」


「……」


 しばしの間をおいて、マリアさんの顔色が蒼く変化する。倒れているまりかより具合悪そうな感じ。


「どどどどうしましょう!? わたしのアイデンティティが! レゾンデートルが!!」


「突然取り乱すという高等テクを披露してくれますな、さすが。まあ落ち着こうか」


「聖女の力が使えなくなってしまったら、わたしはただの無力なこの上なく美しいだけのパツキンのどごしンデレラ嬢じゃないですか!! 意地悪な継母や義理の兄にいじめられて、ぼろ雑巾のような扱いを受けてしまいますわ!!」


 ひとりでうろたえているマリアさんだが、聞き捨てならない言葉が出てきたせいで。


「おい、誰が意地悪な継母だ」


 香奈子さんが口をはさんできた。

 ついでに言うと、俺が意地悪な義兄ですか? もとはと言えば俺のせいでマリアさんに無理させたんだから、そんなことするわけないじゃんか。


「俺の責任がかなりのものだなあと、今更ながら罪悪感わいてきたわ……」


「あ、それは良いんです。義徳様の生命より重いものなんてありませんし」


「……」


 即座に返してくるマリアさんの言葉を聞いて思わず黙り込んでしまった俺。ちょっとだけ顔が赤くなる。

 その横で、香奈子さんが何やら考え込み始めた。


 はあ、こうなってしまってはすべて伝えるしかあるまい。一応今までの経緯を説明しとこう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「アシッドアタック……また強烈なもの食らったな、義徳。あとで被害届提出しとけよ」


「いやまあ俺は結果無事だったからいいけど、むしろ被害者のほうが今後ヤバいんじゃ……」


「理解した。つまり、のどごし嬢が過度な力を行使したために反動で不思議な力が使えなくなってしまったらしい、ということか」


「そゆこと。あくまで推測だけど」


「おおっと。不思議な力が使えないのどごし嬢なんて、ただののどごし嬢じゃないか」


 眉間にしわすら寄せずに、棒読みで香奈子さんがそうぼやいた。

 しかし、それを耳にして、マリアさんの顔色がさらに悪化する。


「ああああああどうしましょうどうしましょう!! やはりそうなりますよね、なりますよね!? このままでは役立たずなわたしはこの家を追い出されてのたれ死ぬのを待つばかりに……」


「まあそれはともかく、とりあえずなんか食べたいからピザでも頼まないか? のどごし嬢も力をそれだけ使ったんだ、腹減っただろ」


「そだね。ここにあるデスバーガーは俺には食えねえし、異議なし」


「……え?」


 錯乱しかけるマリアさんを気にも留めず、しれっと言い切る香奈子さんと同意する俺。

 それを見て、マリアさんはちょっとだけあっけにとられた様子。


「あ、あの、あのあの香奈子様。わたし、力を失ったんですけど?」


「ああ、それがどうした?」


「このままじゃ、ただの役立たずですし……」


「だからそれがどうした?」


「だ、だってもうわたしは香奈子様の肩こりを癒すことすら……」


「はぁ……そんな無駄なことを考えるくらいに腹減ってるんだな、のどごし嬢は。わかった、ピザはちょっと多めに四枚ほど頼もう」


「あ、あのちょっと!!」


 香奈子さんはリビングの引き出しにしまってあるピザのメニューを二枚ほど取り出し、そのうち一枚をマリアさんの方へ渡してきた。


 おずおずと受け取るマリアさんに向かって、俺は言う。


「俺のために力を失ったマリアさんを追い出すなんて、そんな鬼畜な人間この家にいないよ? 感謝こそすれどね」


「……え?」


「それともなに、ここにもういたくないの?」


「あ、ああそんな、そんなことないですぅぅぅぅ!! 願いが叶うならばここで永久就職したいくらいですよぉぉぉぉ!!」


 言葉の意味がいろいろと違う。

 そうツッコミたくなったが、思いとどまって。


「ならいいじゃん。で、マリアさんはどんなピザがいい?」


「……えっ?」


 マリアさんは、しばらくメニューを見たあと、目線を俺に向けておどおどと答える。


「……じゃ、じゃあ、エコノミーピザのピザ抜きで」


「ピザ抜いてどうすんだ。だいいちエコノミーピザってチーズとトマトソースしかないやつじゃん。もっと高いの頼んでいいよ」


「い、いいえ、ただ飯食らいのわたしがそんな……」


遠慮なんかいらんってばさ」


 その力に助けられておいていうのもなんだけど。


 大事なのはマリアさんの力ではなく、マリアさんの存在自体なんだから。

 不思議な力のあるなしなんて、どうでもいいさね。


「……」


「決まった?」


「……はい。じゃあ、スーパーデラックスチチョリーナピザをお願いしましゅ……」


 噛んでる。かわいい。


「だってさ、香奈子さん」


「おお、わかった。まあ……なんだ、義徳のためにありがとうな、のどごし嬢」


「あ、い、いえ、そ、そんな」


「それと、その礼というわけでもなく……のどごし嬢がどんな窮地に陥ろうが、アタシたちは見捨てたりしないから。それだけは信じてくれよ」


「……!」


 香奈子さんらしい言い回し。

 脇で頷く俺も、後先考えず俺を助けてくれたマリアさんに対する恩を忘れることは、絶対にないだろう。


「……本当に……皇帝陛下と、護衛の騎士さん、みたいな……」


「ん?」


「あ、い、いいえ、何でもないですよ。あ、あはは、ピザが待ち遠しいです!

 !」


「そだね。いろいろ安心したら腹減ったし」


「……感謝します、香奈子様、義徳様」


 感極まったような表情でマリアさんがその時見せたカーテシーは。

 俺の目には今までで一番、きれいに見えた。


 …………


 家族……かあ。


 まあいい。さて、あとは。

 ここでのびてるサキュバスハーフへの対処が残された課題だが……ま、デスバーガー食べさせるのもかわいそうな気もするから、新メニューのメスブタピザでも頼んでやろう。


 うん、人にやさしくできるって、素晴らしいことだな。

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