果たしてラーメン屋の意味はどこにあったのか

「残り一分きったぞ、頑張れねーちゃん!」


「もう噛んで味わう暇なんてないんだからドンブリごとずずーっといっちまえ!」


 スペシャルラーメンとのどごし聖女が、タイマン勝負を始めて14分経過。

 なぜかラーメン屋にいたほかの客がギャラリーと化してた。もはや見世物だ。これで金をとれれば、ラーメン完食しなくても赤字にはならないんだけどなあ。


「からーい! 口の中がいたーい! でも気持ちいい!」


「辛味が好きな人間ってマゾが多いんかな……」


「固有スキル! 『汝、聖女の神威を見よ』発動です! どどーん!」


「無駄口叩いてないで食べればいいのに……」


 ある意味、マリアさんって根っからのエンターテイナーなのかもしれない。見てて飽きないわ。


 そして14分57秒経過して。

 たん! と、空になったどんぶりがテーブルに勢いよく置かれた音が、店内に響き渡った。一瞬でしん、と静まる店内。


「……見事だ、嬢ちゃん。久しぶりにスペシャルラーメン完食者が誕生したな。おめでとう」


 だが、タイマンに負けたオヤジさんがそう言うやいなや、静寂に包まれた店内がどっと沸きあがり、今日最大の熱気に包まれた。


 ……なんの茶番だこれ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そして表彰式が始まり。


「じゃあ、完食者として店内に名前を貼っておくから、嬢ちゃんの名前をここに書いてくれ」


 オヤジさんに渡された紙に名前を書くようお願いされ、マリアさんがペンをとる。


「あ、はい。えーと、『マジェスタ・リアージュ』、っと……」


「偽名使うなっての」


「ええ、でも今まで語ったのも便宜上の名前ですし……それに、次は違う名前でチャレンジしたら、もう一度無料でスペシャルラーメンを食べられるという特典が」


「ねえよ」


 今まで語った名前じゃなくて、今までかたった名前の間違いだよなあ、どう考えても。マリアさんの謎にまた1ページ。


 しかしまあ、よく完食できたもんだ。たとえ辛いのが平気だとしても、あれだけの量を15分で食べるのは俺でも無理だと思う。

 魔力だけじゃなく胃袋も万能です、ってか。


 …………


 あ。

 自分のラーメン食べるのをそっちのけでマリアさんのタイマンを見てたせいで、俺のラーメンがだだのびしちゃった。


 ま、いっか。見てるだけでお腹いっぱいになったし。



 ………………


 …………


 ……



 というわけで、ラーメン屋を出て大学へ戻る道中。

 三人並んで歩いているのがなんか妙だ。俺を挟んで左にマリアさん、右にまりか。

 古来より日本では左のほうが右より上の位なので、この並びは当然だろう。俺たちが歩いているのはもちろん道路左側の歩道なので、車が突っ込んできたら一番危険なのはまりかだ。


 ま、それはそれとして。かたや金髪のハーフアップ美女、かたや茶髪のツインテール……まあ一応見た目は美女。まわりから妬み嫉みの視線が飛んできてる気がする。

 確かに両手に花ではあるが、まりかのほうは枯れた花だぞ。枯れた花のくせに信也のこと枯らしやがったできそこないサキュバスだけどな。


「で、まりか。さっきの話の続きだけどな」


「うん……メスブタとんこつらーめん、おいしかった……」


「誰もその話なんてしてねえよ!!」


 まりかのラーメン代は当然ながら自腹を切らせた。

 というか、信也も含めて三人であのラーメン屋に行ってた頃は、まりかの分はいつも俺が払ってたんだよな。

 自分で稼いだ金ではないにせよ、遺産やらなにやらで金にはさほど困ってなかったし、彼氏なら甲斐性見せなきゃ、って強迫観念みたいなのもあったりしてさ。


 トータルすればかなりの額を、まりかにおごってやった気がするぜ。今考えるとただのお財布係だな。まあ今はみじんもそんな気ないけど。


 …………


 おい待てよ、大事なことを失念してたわ。一応聞いとこ。


「まりか。おまえさ、俺と付き合ってた頃、ひょっとして俺に魅了をかけていたか?」


「ぎくっ」


「……」


「だらだらだら」


 オノマトペですぐに察せられる反応ありがとう。こいつポーカーフェイス苦手なんだよな。それとも蔑んだ目で俺に見られて、ただ嘘がつけなかっただけなのか。

 うむ、確かにまりかは突かれる専門だからな、突くのは経験不足確定。


 しかし。

 マリアさんが以前、確か魅了の魔法って効力がすごく弱い、って説明してたはず。

 心のスキマがある人間にしか効果がないとかなんだとか。


 ……ということは、俺はまりかと出会ったときに、心に隙間があったということか?


 えーと、改めて振り返ってみよう。たしかまりかと知り合ったのは、大学に入ってすぐだったはず。たしかその時の俺は……


 ……うん、スキマだらけだったかもしれない。なんせ、まだ両親と妹を突然亡くしたショックから抜け出せてなかったもんな。そんな状態で大学受かったのが奇跡とも言える。


「……なるほど。まりか、おまえはひょっとして、心のスキマが大きい俺に魅了をかけて、自分に貢がせるように仕向けたんじゃないのか?」


「!?」


「だとしたら、かなり悪質だよな。やってること詐欺師と一緒じゃん。やっぱ許せねえわ、もういい」


「ちがう! ちがう、本当に違う! まりかは、最初に義徳に助けられたとき、ひとめで好きになったの! 本当なの!」


「……信じられん」


 助けた、ってもあの程度じゃな。


「義徳様は、まりか様を窮地から救い出したことがあるんですか?」


 そこで左の聖女様がそう訊いてくる。


「ああ、初対面の時、日中から酔っぱらいに絡まれてたところを救い出しただけ。その相手が、同じ大学の同じ学部だとは思わなかったけどさ」


「そうですか……どこかのNTR小説によくあるような話ですね」


「それ以上いけない」


「でも、まりか様の言っていること、おそらく真実なんだと思います」


「……へふぅ?」


 のどごし聖女、いや今はスペシャル完食聖女が、まさかまりかをかばうとは思わなかった。おかげでまた間抜けな声を上げる羽目になったっての。


「まりか様、あなた、サキュバスハーフとして生きてきたんですよね。しかも母親が亡くなっています。お父様はどうしてます?」


「……父親なんて、誰だかわからないし……」


 あ、なんか5%のシリアスがやってきそうな予感が100%。うん、日本語がおかしいのはわかってる。

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