聖女は教会に住んでいる……教会?

 結局、マリアさんはカツ丼をいっぱい食べた。どっちの意味でいっぱいなのかは、想像に委ねたいと思う。


 なお、ゲロにまみれたマリアさんの服は、今洗濯を終え乾燥中だ。それが終わるまで、三人でおしゃべりタイムである。


「……しかしのどごし嬢、本当に日本語ペラペラだな。転移してきて何年になるんだ?」


「火あぶりにされたときが十九歳の時なので、二年と少しですね」


「二年でそこまで日本語を駆使できるようになるもんなのか……異世界人ってのは本当にチートなんだな」


 呆れなのか簡単なのかわからないため息をつく香奈子さんに対し、マリアさんがドヤるかのように胸を張った。


「わたしは異世界生まれ、まとめサイト育ちですので!」


 悪そうなやつが友達にいっぱいいそうな発言ですな。

 あとまとめサイト利用はおすすめしないぞ、正直に。

 インターネッツの裏の道歩く必要ないだろ、本当に。


 なんて思いつつも、そらされて強調されるマリアさんの胸に視線くぎ付け。うむ、それなりに立派なものをお持ちで。


 というわけで俺の固有スキル、『鑑定』スタート。


 ………… 「鑑定中」 ………… 


 サイズは推定、83-56-84。

 大きすぎず小さすぎず、マリアさんのように上品なプロポーションだ。

 こんな美女がまとめサイトに常駐とか世紀末もいいとこだが、そこでまた新しい疑問が。


「マリアさん、インターネットに接続できる手段持ってるの?」


「スマホがありますので」


「……」


「異世界人は国に保護される、と言いましたけど。その時に支給されるのが少しばかりの補助金とこのスマートフォンなんです」


 なるほど、それは確かにいい支給品だ。現代日本で暮らすうえで役立つことこの上ない。


「昔はまず職場とかを紹介してたらしいんですが、文化の違いとかで長続きしないことが多かったらしくて」


「まあ、知らないところにいきなり放り出されてうまくやれるわけないもんな」


「はい。そこで四年間大学に通うとか、スマホを支給するとかの対策が取られたらしいです」


「でもさ、そうすると金を稼ぐのも自力でやれってこと?」


「そうですね、基本それ以外は放置されてます。お金に困ってるならばスマホで仕事も探せるだろうと。調べてみたら確かに、今日すぐ稼げる仕事とか、旅行のついでの仕事とか、即日体験入店即日高収入な仕事がたくさんヒットしました」


「それやっちゃだめなやつぅぅぅぅ!!」


 精力絶倫、R・E・B・A・N・I・R・A、レバニラッ! のピンクのバスなアレじゃん。

 そっか、あーいう仕事って異世界からの転移者には需要あるんだな。どーりで男向けバージョンもあるはずだわ。異世界からの転移者なら容姿完璧っぽいの多そうだし。


 ……ある意味、何も知らない異世界人をだますような感じにも思うけど。エルフのねーちゃんとかだったら超人気出そう。もしいるのなら俺も指名したいわ、そんなん。


「のどごし嬢……いやマリアちゃん。スマホで仕事探すのはやめとけよ。もしバイトしたいなら、アタシが紹介してやるから」


 香奈子さんが保護者の顔になった。そりゃそうか。


「本当ですか!?」


「ああ、いくつかツテもあるし。さおだけ屋のゲンさんとかな」


「なんでいきなりそんな仕事紹介するのさ香奈子さんは」


 アナウンスでもさせるつもりか。

 聖女のさおだけ屋、なんかニッチな需要をもたらしそう。


「ぜひお願いします……さすがにもう寄付だけで生きていくのも限界でして……」


 さおだけ屋でいいのかと思う前に、よくわからないパワーワードが再度。これはツッコまざるを得ない。


「マリアさん、『寄付』って何?」


「わたしの住んでるところは、教会ですので」


「おうふ」


 一応納得。聖女が教会に住むとはなんたるベストマッチ。

 いやびっくりしたよ、寄付とか言うもんだから、パパ活みたいなものを想像しちゃったじゃないか。訴訟。


 そこを確認してほっとしたとたんに、乾燥機がブザーを鳴らした。



 ―・―・―・―・―・―・―



 なんだかんだ言って、マリアさんが帰宅するころには、空が明るくなりかけていた。


「本当に、カツ丼ごちそうさまでした。感謝いたします」


 お別れの際に、またもや上品なカーテシーを披露するマリアさんだが、カツ丼の礼しかしていないのが欲望だだ漏れである。


「気にするな。肩こりを治してくれるなら、また好きなものをご馳走しよう」


 香奈子さんこっちもこっちでまったく。


「……ま、肩こりなんか治さなくても、困ったらいつでも頼ってきていいからね、マリアさん」


 仕方ないので、叔母のフォローをする甥っ子であった。

 これ以上なくつらい目に遭っても前向きに生きるこのノーテンキな聖女なら、ほっといても大丈夫なのかもしれないけど、それでもね。


「……義徳様」


「ん?」


「……あ、いえ、なんでも。少しでも心が癒せたならば、何よりです。いろいろとありがとうございました」


 ちょっと意味深な言葉とともに遅れて笑顔を向けてくるマリアさんに、ハッとさせられる。


 いやでもさ、俺よりも悲惨な目に遭ってるマリアさんの話聞いたら、なんか自分の不幸な境遇なんて割とどうでもよくなってきたわ。心から。


 聖女って心まで癒せるんだな。さすが、猿飛もびっくりでござる。


「……うん、こちらこそありがと。また、そのうち」


「はい、いずれ大学でもお会いすることになると思います。では、そろそろ失礼しますね」


 そうして、手を振りながら聖女は帰宅した。






 …………のだが。


 その数時間後に、まさか。


『義徳様あああああぁぁぁぁぁ!! 教会が、教会がなくなっちゃいましたあああああぁぁぁぁぁ!!』


 連絡先を登録したばかりのスマホに、そのようなメッセージが来ることになるとは、つゆほども思わなかったっての。

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