勇者パーティーのマスコットをクビになったので夢の国を作ります!

れんこんのきんぴら和風パスタ

元勇者パーティーのクロナ

01 猫耳メイドと牛頭

 牛はいい。


 白黒であればなおいい。


 そしてその牛が乳牛であれば最高だ。


 しかし重要なのは生涯乳量とその乳質。


 どれだけ体格がよくとも、どれだけ賢くともそれは変わらない。


 厳しい世界だ。


 マスコットの世界もよく似ている。


 人気がある内はもてはやされ、なくなればそれで終わり。


 残されているのは自然な消滅か、引退かの二択。


 そんな時、マスコットを知らない人間は必ずこういう。


 ――引退すればいいじゃないか。


 もちろん潔さは大事だろう。


 だが半端な覚悟で自身の顔と素性を隠し、被り物の下に本当の自分を仕舞いこむことが出来るだろうか。


 仮にもマスコットを自称したならば決して脱ぐことなどできない。


 それもマスコット界のパイオニアと呼ばれ、自身の進退が他のマスコットたちにまで影響してしまうとしたら――。


 重すぎる荷に身動きが取れずにいると、ほんの数分でそれまでの肩書を綺麗さっぱりと捨てて、その人は目の前へと現れた。


 ――むむむ、需要がにゃい? だったら作ればいいにゃあ!


 それは何故か王国では中々見かけない。


 いや、一度も見かけたことなどない"猫耳メイド"だった。


 生涯あの日のことを忘れることはないだろう――。


「クロナ! 元勇者パーティーのクロナさんはいるか!」


 それは昼過ぎのがらんとしたギルドホールに、一際大きく響いた男の声だった。


「ゆっ、勇者パーティーが……全滅した……!」


 そして時は数日前へとさかのぼることになる。


 ♦


「銅貨六枚です」


「相変わらず良心的な価格設定だけど、瓶だけでも元が取れそうで心配になっちゃうわね?」


「ギルド設立記念の宣伝価格なんです」


「あら、それならもう一瓶買っておこうかしら?」


「ありがとうございます」


 ギルドを設立してから数日。


 いったい何度このやり取りを繰り返しただろうか。


 右も左も分からなかった数日前が懐かしく思えるほどに、今ではギルド『夢の国』も立派な"ハチミツ専門店"として順調な滑り出しを見せていた。


 ――というのも何故か設立した次の日に。


 ギルドメンバーである熊頭のアーノルドさんが大量のハチミツと一緒にギルドホールへと現れたからだった。


 それも初めから瓶詰という、加工済みの状態で突然荷台に乗せて現れたものだから最初は驚いたものだ。


 ただ、それもアーノルドさん曰く。


 王都の外に好物のハチミツを取りに行った帰り、たまたま同じくギルドメンバーであるネクロマンサーさんに声をかけられ、あれよあれよという間に気が付いた時にはすでにそうなっていたらしい。


 きっかけというのは得てしてそういうものなのだろう。


 二人はそれから定期的にギルドホールを訪れるようになり、その都度スタンダードなハチミツの瓶詰から、すっきりとした飲み口のハチミツレモンなる飲料をはじめ――。


 野菜や果物、昆虫に爬虫類といった様々なものをハチミツに漬け込んでは、新商品としてのラインナップを着実に増やしていっている。


 そしてその中でも特に人気なのが薬草入りのハチミツだ。


 味に癖のある薬草だが、ハチミツに漬け込むことで食べやすいと評判で、遂には旅のお供にと冒険者まで買っていくようになってしまった。


 ともすれば宣伝効果は抜群なはずなのだが……相変わらず依頼のほうはさっぱりこない。


 やはり元勇者パーティーという肩書はあれど、実績のないマスコットでは依頼するほうも自然とその選択肢から外してしまうのかもしれない。


 実際のところ――ギルドの立ち並ぶ王都であればこそ――他に依頼する当てはいくらでもあるのだ。


 何も張り出されていない掲示板をぼーっと眺めては、日中は開きっぱなしになっている入口から不意に顔を見せる冒険者風の男たち。


「いらっしゃいませ」


 一直線にこちらへと向かってきては、何故か机を挟んで詰め寄ってくる。


「要件は分かってるな?」


「薬草入りのハチミツですか?」


「違う!」


 不意に目の前の机が叩かれる。


 しかし叩いたのは正面の男ではなく、振り下ろされた拳はその横の男のものだった。


「ええと……」


「"元"とはいえ勇者パーティーのあんただ。仲間の品位に欠ける行動は謝罪する。だがな……」


 憤る男を横から手で制しては、正面の男は一度そこで言葉を区切る。


 そうして椅子に座るこちらを鋭い目つきで見下ろしては、矢継ぎ早にその現状を並べ立てていく。


「あんたのところの"熊頭"のせいで、今森は滅茶苦茶だ。死人こそ出ちゃいないが、巣を失ったハチたちが森のあちこちで冒険者を襲ってる。このままいけばいつかは森を出て、村や街にまでその被害が拡大する可能性だってある」


 男は元から険しい顔を更に険しくしては更に続ける。


「事情を知らないようだが、メンバーの行動管理もまたマスターの仕事の内だ。これは熊頭のやったことだが、同時にあんたの責任でもある。マスターになって日が浅いのは分かるが、まずはメンバーの失態ぐらいどうにかしてみせろ」


 それで用は済んだと、男たちは入ってきた時と同様、こちらの返事も聞かずにさっさと出て行ってしまった。


「期限は今日から七日! 遅れるなよ!」


 開け放たれた扉の向こうから付け足すように響いてくる男の声。それはどこか新人冒険者に対する叱咤激励をそのまま形にしたかのようだった。

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