03 王国陸軍情報部長ライナスの憂鬱

 勇者パーティーの全滅。


 その事実はその日の内に王都全域へと駆け巡り、瞬く間に王国全土へと広まるに至った。


 それも一部の関係者のみで共有され、その影響力から然るべき時期に公表するという箝口令かんこうれいが敷かれた中での出来事である。


 そしてその影響を最も強く受けたのは言わずもがな王国だった。


「西の帝国、北の共和国共に国境線に動きなし。南の連合国については公式な問い合わせすらありません」


「不幸中の幸い……いや大事の前の小事。ことは既に始まっていると見るべきか」


 王都のある一室。執務机に山積みにされた報告書に次々と目を通しては、内容があまりにも楽観的過ぎて思わず目頭を押さえそうになる――王都の警備担当であり、王国陸軍情報部長のライナス。


 淡々と報告を済ませるその部下ファマスは、容赦なくその上へと更に報告書を積み重ねていく。


「三か国とのパワーバランスの変動に、抑止力と外交カードの同時喪失……大森林の魔物対策もこれからは厳しくなるな」


「魔物対策については先週から実施している依頼料のベースアップを継続中ですが、短期的な運用はそれほど国庫を圧迫しないとはいえ、財務担当からの指摘通り冒険者という制度自体、見直しが必要な段階に入っているのかもしれません」


「そんなことは冒険者制度が作られる前から、散々議論されてきたことだ。どのみち三か国との国境線を抱える王国が、これ以上の兵を抱えることになれば、王国の財政は破綻する。それでも戦力を保持するべく産み出したのが冒険者という苦肉の策であり、有事の際における予備戦力なんだ。お前も分かっているだろうが、単体で運用しても効果的な抑止力というのは、軍事の面でも政治の面でも絶大だ。なんなら王の隣に座っているだけでも王城で一生寝ているだけでも良かったんだ」


「勇者パーティーの雇い入れについては、何度も検討されていましたからね」


「俺が検討させてたんだ。それを政治連中はやれ金がない何がないとはねつけて、その重要性を最後まで理解しようとしなかったからこんなことになったんだ」


「しかし相手はあのアラクネですからね」


「分かったのか」


「はい。大森林の奥でいくつかの傷を負い、息をひそめているところを発見しました。ただアラクネとはいえあの勇者パーティーが敗北、それも全滅するとは思えません。継続して付近の探索を進めていますが、今のところそれらしい情報も得られず、発見したアラクネ自体が変異種か何かと推測する意見が大多数を占めています」


「変異種か。厄介だな」


「はい。出来る事ならば繁殖前に早期に仕留めたいところですが……」


「それは上の方針か?」


「今はまだ何とも……ただ今の時点では、予備戦力を消耗すべきではないとの見方が大勢を占めているのは事実です」


「なるほどな。大手ギルドのギルドマスターたちには、それとなく討伐に関して準備を進めるよう伝えておく。ただ今の時点でギルドの同意を得られるとは、とてもではないが思えない。依頼料のベースアップで冒険者自体の母数は増えているが、同時に身の丈に合わない依頼を受ける輩が増えて死亡率も跳ね上がっている。次の勇者パーティーが現れるまで継続するとしてもいったいどれほどの損失が出て、結果釣り合うかどうかも分からない。念のため軍の方でも何人か有望そうなのをピックアップしといてくれ」


「分かりました」


 退室する部下を見送り一人になったことで目頭を強く抑えるライナス。その脳裏に浮かぶのは今後の展開。それも良くないものばかりだ。


「帝国に共和国……情報の漏洩には目を瞑るとしても、足並みが揃い過ぎている……」


 ライナスの心配の種は尽きない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る