第23話:永世魔王 誕生

 僕の発言を聞いて、全員意味が分からないかのような顔をしている。


「ま、魔王様……? それは、その…………生きることを、諦められたということでしょうか?」


 心配そうな顔……は見えないけど、小さく震えながら隣に居る僕の手を握るシュラウちゃんには、僕がもう何もかもを諦めていると思っているのだろうか。


 残念ながら僕はそんな潔い性格ではないし、人間の生き汚さを舐めてもらっちゃ困る。

 僕は最初から戦争に負けることを想定していた、だから勇者をここまで引っ張り込んだのだ。


『清水くんも、そっちの二人もよく分かってないみたいだけど……逆に聞こう。魔王である僕を倒した場合、どうなると思う?』


 そう言って他の人達がどう答えるのかを待ってみる。


「……エンディング?」


 ここ、ゲームの世界じゃないんだよ清水くん。


「我らは滅ぼされ、人間がこの大陸の支配者となります……」


 そうだね、シュラウちゃん。

 人間にとって共通の敵がいなくなっちゃうってことは、そういうことだね。


「まぁ、戦争が終わってその復興が始まることだろう。そして法なども治世を見据えたものへ徐々にシフトしていくな」


 そうだね、ブッカーさん。

 何百年も飽きもせず、ずっと戦争してたんだから、そのままでいたら歪んだ社会になるもんね。


「弱き人々が虐げられたり、命を落とすことがなくなることかと」


『はい、神官の女の子ダウト。世の中……っていうか、人間がそんな高尚な生き物だったのなら、そもそも戦争なんて起きてないよ』


 僕のその言葉を聞いて、負けじとその子が反論してくる。


「あなたに人間の何が分かるというのですか!」


『分かるよ。少なくとも、数千年分はそっちより知ってるはずだよ。ねぇ、清水くん?』


 僕が話題を振ったにも関わらず、清水くんはキョトンとした顔をしている。

 きみ、僕より頭がよかったはずなのに、どうしてそんな顔するの?


『試しに僕らの世界のお話をしよう。ある地域で、地位が低い人達が偉い人達に虐げられていた。だけど、それはその地域では当たり前のことだった。そして色々な国が文明を発展させていくうちに、その国も近代化に対応すべく古い地位を撤廃しようとした。その話を聞いて、低い地位の人達は喜んだ。なにせ、今まで自分達を虐げる理由であった地位が無くなるんだからね。これは良いことだと思う?』


「も、もちろんではないですか」


『近代化を進めようとした人々もそう思っていたよ。今まで偉かった人達が低い地位の人達を虐殺するまではね』


「ど……どういうことですか!」


 うん、予想通り狼狽してるね。でもね、こんなの序の口なんだよ。


『簡単な話さ、子供でも考えたら分かる。もしも古い地位が撤廃されたとしたら、今まで虐げていた人達と同じ地位になってしまう。つまり、今まで自分達を守っていた地位が無くなるから、復讐されると思って殺しに回ったんだ』


「そ……そんな、馬鹿な理由で人が人を殺すのですか!」


 伊達に紀元前から殺し合ってないからね、人類。なんなら理由がなくても殺し合うよ。


『僕も歴史の授業で先生が話してたのを思い出してこの話をしたけど、清水くんもこの話は聞いてるはずだよね?』


 僕が確認のために清水くんに顔を向けると、彼は黙ったまま頷いた。


『ちなみに、今の話だけが特別ってわけじゃないよ? なんなら、一番発展している国なんかは、肌の色が違うってだけで人が殺されてるんだし』


 そんな話を聞いて、神官のメイアさんとシュラウちゃんは物凄い顔をしてこちらを見ている。

 僕がやったわけじゃなくて、僕の世界で起きた出来事を話しているだけだからね?


「それは、そちらの世界の話でしょう? 我々はそんな愚かなことしません!」


『そうなの? なら、どうしてドッペルゲンガーを探すって理由で人が人を殺していたの? 特定の食べ物を食べるべきかどうかで争ってもいたし、充分に愚かだと思うけど』


「それは……あなた方が街にドッペルゲンガーを潜らせたり、食べ物に毒を入れたからでしょう!」


『僕が? どうやって? 《魔の草原》でキミ達が魔王軍を滅ぼしたんだから、僕は何もできなかったよ。その証拠に、《復活の根》……そっちだと《空を蝕む根》だっけ? それが破壊された時だって、こっちからの妨害はなかっただろう?』


 まぁ別に戦力がなければ工作できないということではないのだが、論点を少しばかりずらすくらいは常套手段だ。


『まぁ仮にキミの言うとおり僕が裏工作をしていたとしよう。食べ物に毒を入れて、ドッペルゲンガーに人を襲わせたとしよう。……それで殺せるのは、せいぜい数人だよ。あとの事件や被害者は、全部人間側が勝手にやったことだよ』


 確かに僕はそういう環境を生み出そうとした、誘導しようとしていた。

 けれども、選択は常に人々に委ねられていた。

 だって、たかが一人の人間が世界を変えられるわけないんだもの。

 だから世界を変えるために、僕は人々を変えようとしたのだ。


 その結果、食べ物一つで住民同士が対立するようになり、街に潜伏しているドッペルゲンガーを探すために私刑をする人々が生まれたのだ。


 まぁ正直なところ、あそこまで大ごとになるのと思わなかった。

 確かに怖いだろう、不安だろう、それでも人は手と手を取り合って互いに信じあうことができると思っていた。

 子供の浅知恵程度じゃ、どうしようもないと思っていた。

 だがあんな結果になってしまい、僕は逆に怖くなってしまった。


 たったあれだけのことで、人はあそこまで堕ちてしまうものなのかと。


『社会が最悪の環境ならば、普通の人々はごく普通に最悪の事をする。図らずとも、それを証明することになってしまったね』


 まぁそれも当たり前のことかもしれない。

 なにせ、ここよりも文明が進んでいる僕らの世界がああなのだ。

 どれだけ文明が発達しようとも、どれほど倫理観が高まろうとも、人間性というものは今なお変わっていない。

 いや、むしろその状態が完璧だからこそ、変化していないのかもしれない。


『魔王のせいで人を傷つけた人がいる、魔王のせいで苦しんでいる人がいる、魔王のせいで……そう思っている人々が沢山いる。そして魔王を滅ぼせば、その言い訳が無くなってしまう』


 言い訳と自己弁護、大事だよね?

 悪いことを誰かのせいにできたら、楽だよね?

 もしも今まで自分がやってきた犯罪が魔王の仕業ではなく、自分の意思と選択によって引き起こされたものだと知ったら、皆どうなっちゃうんだろうね?


『それではもう一度聞きましょう。目の前の悪を滅ぼして未来永劫に人類を最悪の生き物としてしまうのか。それとも、全ての悪を集約させた魔王を生かしておくのかを』


 これこそ、僕が考えた生存戦略である。

 僕らを殺して平和と幸福を手に入れるというならば、それと一緒に都合の悪いものも全てを押し付ける。

 人類には、今まで滅ぶこともなく繁栄できていたからこそ、溜まりに溜まってしまった負債を直視してもらおう。


「悪魔の……囁き……」


 勇者である清水くんがポツリと呟いたのが聞こえた。

 僕程度で悪魔だなんて、ちょっとその看板は大袈裟すぎる。

 そして、清水くんに続くようにブッカーさんが忌々しいといった顔でこちらを睨みつけて言葉を吐き出す。


「いつからだ……」


『何がですか?』


「我々は、いつ敗北した……」


『おかしな事を言いますね。勝ったのはそちらですよ。そして、負けたのは我々の方です』


 その言葉を聞いて、その人は横に置いてあった杖を握ってこちらに向けてきた。

 清水くんはブッカーさんを抑えて、シュラウちゃんは僕を庇ってくれていた。

 別にこの身体ならやられても痛くも痒くもないのに、本当にシュラウちゃんは良い子である。


 そんな良い子を魔王と一緒に滅ぼそうとしている人達が目の前にいる。

 性質の悪いジョークみたいだ。


「離せ勇者! こいつだけは……こいつだけはここで殺しておかねばならん!」


 僕、そんな恨まれるようなことしたっけ?

 人を殺した数だけならこの中で一番多いかもしれないけど、いきなり杖を向けられて殺されるほどのことだろうか。


 取りあえずここで殺されるとシュラウちゃんも無事ではすまないため、なんとか怒りを静めてもらわなければならない。


『僕を殺して交渉を打ち切りますか? それなら……』


 僕はシュラウちゃんに合図をすると、彼女は部屋から出て行く。

 そしてそれを見て警戒した三人に事情を説明する。


『実はある街で子供が襲われているのを見かけて、助けたんだ』


「いったい何の話を……」


『どうやら父親に化けたドッペルゲンガーに襲われたみたいでね。可哀想だと思わない?』

「だから……何を言いたい!」


 ブッカーさんの語気が荒くなるが、それを意にも介さず僕は喋り続ける。


『もしも僕が死んだ場合、その子はドッペルゲンガーに父親を殺されているだろうから、これから一人で生きていかなきゃいけなくなる。何者のせいにもできない、人が人のまま罪と暴力を振るう世界でね』


 大きく手を叩き、お腹に力を込めて彼らを説得するように喋る。


『けど、僕が生きていたならば……ドッペルゲンガーを本物の父親と同じように振舞わせることができる。その子は父親と一緒に暮らせるし、不幸な事件は起きなかったことになる』


 ドアがノックされ、扉が開く。

 扉の向こう側から、シュラウちゃんが手を引いて小さな子供を部屋に入れる。


『やぁ、ルノ。この人達が勇者だよ。よかったね』


「ほんと? ほんとに勇者様なの? ぼくを助けてくれるために来てくれたんだ!」


 子供特有の純真無垢な態度を見て、清水くん達の瞳が曇っていく。

 いきなり世界がどうとか言われてもスケールが大きすぎて実感がわかないだろうからね、目の前にあるモノで、自分達が行おうとしている選択がどういうものか見てもらわないとね。


『さて……それじゃあ、最後にもう一度聞こうか。魔王を倒して、残酷な真実をこの子に突きつけるのか。それとも、魔王を倒すことはできなかったけど、子供を助けることは出来たので帰るのか』


 ルノくんは清水くんの方まで駆け寄って、その手を握る。

 ルノくんは初めて勇者を見たおかげで喜んでおり……清水くんは、神官のメイアさんは、そしてブッカーさんは、何も言えなくなってしまった。


『選択は、キミ達の手に委ねられている』


 恐らく無意識だったのだろう、呼吸することも忘れるほどに息を止めていた清水くんが見えない何かに向けて手を伸ばし……僕がその手を掴んだ。


『これで契約は成立した。僕はキミ達が思うがままの悪として生き続け、キミ達はそれに対抗する正義となる。人類の尊厳は守られた、おめでとう』


 清水くん、キミの決断で多くの人が救われた、おめでとう。

 僕は笑顔で彼らを祝福した。



 屋敷から出た彼らは本当に歩いて帰れるのか不安になるほど憔悴しきっていた。

 ルノくんは神官のメイアさんが手を引いて門まで連れていき、残る二人は見送りにきた僕と一緒にいた。


『最後に二つほど良い事を教えるよ。先ず、あの子の父親は死んでない、生きてるよ』


「だ……騙した……のか?」


 清水くんが凄い顔でこっちを見てきた。

 あっちの世界にいたんじゃ、絶対に見られないような形相である。


『心外だなぁ、僕もついさっき知ったんだよ』


 そう言ってシュラウちゃんに向けて軽く手を振る。

 清水くんはそれを見て彼女の能力で知ったのだと思うことだろう。

 まぁ嘘なんだけどね。


『それと、あの根っこが何かっていう情報がかかれた本。簡単に言うと、空中にあるマナを吸収して地面の下に眠っている魔神を復活させるための装置なんだけどね』


 そう言って本を渡すと、清水くんは凄い勢いでこちらに掴み掛かってきた。


「なんでそれを言わなかったんだ!」


『だって、もう無害だもん。キミが根っこをアレ意外全部ぶっ壊したせいで、復活どころか身体の維持もできないよ』


 これについては本当である。

 過去の魔王様の遺品ではあるけど、僕らの命のためにも役立ってもらうことにしよう。


「……確かに、本の内容が正しければ問題なさそうだ。あとは、戦争などで多くの血を流さなければ数百年で大地に吸収されることだろう。…………我々があの提案を蹴った場合、アレが復活することも視野に入れていたのか?」


『魔王がいなくなって本当に平和が訪れる可能性もありましたから、確実性はなかったですけどね。……まぁ、僕らのいた世界のことを考えると、無理だったと思いますけど』


 あとは人間側が意図的に戦争を引き起こしさえしなければ問題ない。

 というか、今さら地面の下から魔神が出てこられても困る。

 過去の遺物は、そのまま遺物として眠っていてほしいのが本音である。


「悪魔め……」


 ブッカーさんはありったけの呪詛を込めて言葉を吐き捨ててきた。


『差別すべき対象がいなくなったとしても、新たに差別するモノを見つけて排除する人間には負けますよ』



 そんなこんなで、勇者ご一行を屋敷の門で見送り終えた。

 これで世界の平和が守られたというのに、彼らは最後まで暗い顔のままでいた。


「魔王様……我々は、勝ったのでしょうか?」


 見送りも終わってひと段落したせいか、シュラウちゃんの顔は前よりも少し和らいでいるように見えた。

 まぁ顔は見えないんだけど。


『いいや、負けたよ。負けたから、僕らは変わらず滅ぼすべき対象として生かされているんだ』


 戦争の決着は付いた。

 まぁ大多数の人はそれに気付かず、このままずっと終わらない戦争の中で生涯を終えていくことだろう。


『でも、僕らは生きている。生存戦争には負けたかもしれないけど、生存競争にならまだ負けてない。これからどうするかはまだ分からないけど……まぁ、取りあえずは生き残ったことを喜ぼうか』


「はい、魔王様! 多くの……本当に多くの犠牲がありましたけど、我々はまだ……生きています!」


 シュラウちゃんの顔を包んでいる布が湿っていくことから、彼女が喜びのあまり涙を流していることが分かる。


『そうだね。何千という同胞の命がゾンビになってまで犠牲になったことで手に入れた生存権だ。大事にしようね』


 僕のその言葉を聞いて、シュラウちゃんは動きを止めた。


「ゾンビ……? あの、魔王様…………どういうことでしょうか?」


『あぁ、そういえば《魔の草原》のこと言ってなかったっけ? まぁシュラウちゃんには刺激が強いし、聞かないほうがいいよ』


 彼女は数少ない、僕が庇護すべきと判断した人物だ。余計な重荷は背負って欲しくない。

 だからこそ、僕は彼女を子供扱いして「ちゃん」付けしているのだから。


「お……教えてください。魔王様は……何をされたのですか……?」


 とはいえ、彼女が答えを欲しがるならばそれに応えないといけない。

 彼女はペットではなく、その自由意思を尊重すべき隣人なのだから。


『《魔の草原》では人間の数が圧倒的に多くて、勇者を止めることができなかった。だから草原に火を放って逃げ場をなくして、ゴートンに《権能》を使って夜襲をさせた。もちろん夜襲は失敗したけど、死体はそのままゾンビとして復活させて戦わせた。そうすれば、人間側の陣地で人が死ねば死ぬほど、彼らの戦力は減ってこちらの戦力が増えるからね』


 シュラウはそれを聞いて、震えた声で僕に向かって大声をあげた。


「仲間を……同胞を! 死してなお眠らせることなく、戦わせたのですか!」


『うん、戦わせた。そうじゃないと、彼らは無駄死になるからね』


「なぜ……なぜ、そうまでして彼らを戦わせたのですか……?」


『ん~……色々と目的はあったけど、簡単にいうなら時間稼ぎかな』


 あの戦いで人間側に深い傷跡を残せたからこそ、僕は色々な嫌がらせを実行できたのだ。

 他にも、あの戦いで人間に身近な恐怖を植え付けられたことも大きかった。


「時間……稼ぎ……? それだけのために……彼らは…………死んだの、ですか?」


『ひどいじゃないか、シュラウ。まるで犠牲になったのが彼らだけみたいに言うのは』


 その言葉を聞き、シュラウは後ずさる。


『ドッペルゲンガーのインサさん、闇の種族としての記憶を消して人間として暮らしてもらってるよ。子供は街に潜むドッペルゲンガーとして処理させてしまってさ。奥さんも記憶を消して、今は別人としてあの街にいると思うよ』


「ど……どうして……」


 どうしても何も……そこまでやって、ようやく僕らは生き残ることができたんだよ。

 手段を選べるほど、僕らは強くない。

 いや、僕らは最初から選ぶだけの手段がなかった。


『僕らは、何千という同胞の命の上に生きている』


 だから、犠牲になった命に感謝して生きようね。

 じゃないと、この世界を悪意の坩堝に落とした意味がなくなるんだから。


「うっ……オェ…………エッ……!」


 シュラウが吐いてしまった。

 庇護すべき子供から現実を直視することを代償に、彼女は大人となってしまった。

 果たして、彼女は夢を見たままであった方が良かったのか?


 それは、これから過ごす彼女の生涯の中で答えを出してもらうことにしよう。

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