第7話:戦争の行方と勇者の正体

【魔王二十四日目】


 今日、《魔の草原》と呼ばれているこの場所で何万という命が散ることだろう。

 闇の種族が白旗でもあげれば数千の犠牲と返り血で染まった旗で戦争は終わるだろうが、その時はこちらが滅ぶということになる。


 この戦いで闇の種族が勝ったとしても、この戦争の行方は変わらないことだろう。

 こちらがいくら勝ったところで、一度負けてしまえばそこから徐々に歴史の表舞台から追い落とされていくのだから。


 草原に展開されている両軍はまだにらみ合いの状態だが、いつ戦いの火蓋が落とされてもおかしくない状況だ。

 そんな場所で僕が何をしているかというと、望遠鏡を片手に見学である。


 人間側がこの《魔の草原》に陣地を構築し、アーマーンとゴートンが迎え撃とうとしていることを聞いたため、彼らが最期までどう戦うのかというのを見るためである。

 まぁ本当に遠くで眺めているだけだと心象が悪くなるため、昨日のうちにアーマーンとゴートンの所に行って激励の言葉を贈ったのだが、案の定ゴートンは憎まれ口を叩いたので《権能》を使っておいた。


 僕の個人的な気持ちでいえば勝ってほしいのだが、それは無理だろう。

 なにせ召喚された勇者を攻略したという者が誰もいないのだ。


 どれだけ被害を抑えたところで、どれだけ戦局を有利に進めたところで、勇者という駒が出てきてしまえば一気にひっくり返るのだ。

 それだけ勇者の《打開》という祝福は反則級のものであった。


 色々と作戦の下ごしらえをしている時に勇者の戦い方や強さについてシュラウちゃんから聞いたのだが、あれは一個人に持たせていいものではない。


 例えばどんなものでも一撃で破壊する祝福があったとしよう。

 確かに恐ろしい祝福ではあるが、破壊することしかできないのだ。

 こちらの攻撃は効くのだから、相打ち覚悟で戦えば勇者という駒を落とすことができる。


 だが、《打開》の祝福は頭一つどころか突き抜けているレベルのものだ。

 どんな苦難が待ち受けていようとも、どんな敵が襲ってこようとも、その全てを打開できるというのはあまりにも卑怯すぎる。


 それでもまだ勇者が戦いを恐れていたり、慢心するような奴であればまだなんとかなったかもしれないが、人間側は完全に勇者を駒として使うことができ、勇者も駒としての力を全力で発揮している。

 これがゲームだったら全力で投げ捨てるか店売りしているところだ。


 望遠鏡を覗いて再び両軍を観察する。

 人間側は落ち着いているようで、統制もとれているように見える。

 あわよくば人間の勇者でもおがめないかと思ったのだが、それっぽい人は見つからなかった。

 まだ到着していないのか、それとも秘密兵器として隠されているのか……どちらにせよ、戦闘が始ってから出てくることを祈ろう。


 一方、闇の種族はゴートンが部下を鼓舞……まぁ多分叫んだり発破をかけているのが見えるのだが、今からあんなに戦意を滾らせてたら勝手に突撃するやつが出てくのではなかろうか。


 アーマーンの方はというと、落ち着いて自分の兵士に指示を出している。

 やはりああいうタイプはこういう状況でも慌てずどっしり構えていて頼りになるなぁ。

 彼がこの戦いで死なないことを祈るけど、それを決めるのは彼になることだろう。



 日が高くなった頃、最初の衝突が始まった。


 闇の種族である魔王軍はゴートンが先陣をきって突撃し、アーマーンは後方からそれを支える形になっている。


 対する人間側の軍は陣地で受け止めることはせず、後方から弓や魔法で迎撃しつつ、近接部隊が敵を抑えるという形になっている。

 せっかく迎撃に適した陣地を構築したならそれを利用すればいいと思ったのだが、よくよく考えれば人間にとってこれは消化試合のようなものかもしれない。

 つまり、勝つことが決まっているので、あとはどれだけ被害を減らせるかということだ。


 あの陣地は負傷者の治療や休息をとらせるためのセーフゾーンであり、あれがある限り人間の継戦能力が低下しない。

 数で勝るという自分達の利点を最大限に発揮しつつ、その優位性を崩させないその戦い方はとても脅威である。

 もっと小説とか映画みたいに、手柄を立てるために誰かが暴走するとか油断して総攻撃とかしてくれないとほんと困るね。

 まぁ本当に総攻撃されたらこっちの終わりなんだけどね、ひどい戦力差である。


 さて、魔法による援護ができないくらいに互いの軍が接近して乱戦になっているのだが、意外にも拮抗していることに驚いた。

 ただし、闇の種族に対してではなく人間側にだ。

 人間側の陣地を見ていると前線で負傷した兵士が何度も運び込まれ、それと交代するかのように兵士が出て行っている。

 こんな戦力の逐次投入をせずに一気に攻めればすぐに勝負が決まるというのに、どうしてこんなことをしているのだろうか。

 味方の被害を抑えるためなのかと思ったが、勝負が早く終わればそれだけ負傷者も減るだろうに。


 少し気になって回り込んで陣地の方を見てみた。

 陣幕の中はもういっぱいなのか、負傷者が地面に寝かされている。

 それを見た神官らしき人々が腕に色のついた布を巻いていっている。

 トリアージだ、彼らは負傷者の緊急度を選別しているのだ。


 そういえば勇者は僕と同じく別の世界から召喚されているのだ、僕の世界の知識などを取り入れている可能性は充分に考えられる。

 普通は軽症である緑の負傷者は後回しにされるものだが、この世界には魔法という超常現象が存在している。

 神官の見習いは軽症の者を治療して戦力はすぐに補充され、重傷者も熟練した神官が治療していくので死者もほとんど出ていない。


 なんともまぁ贅沢な戦い方であろうか。

 ここまで徹底的に数の利を駆使して戦うのを見てると笑えてしまう。


 その一方で闇の種族にも魔法はあるのだが、人間ほど数もいなければ魔法による治療はほとんどない。

 何故か?

 それは闇の種族で戦うことを生業としているものは基本なスペックが高いため、技術や知識の積み 重ねと更新を重視していなかったからだ。


 恐らく最初は攻めてくる人間をスペック差で圧倒していたことだろう。

 だが、人間は人の死を積み重ねて文明を築き上げてきた。

 人々は自分達よりも遥かに優れている種族が身近にいたことにより、その脅威からのストレスによって人間的に進化していったのだ。


 そのおかげで人間は技術を研磨し、知識を貯え、そして数を増やしていった。

 普通ならばここまで文明を押し上げる前に滅んでいたかもしれない。

 だが、彼らは勇者という生贄を使うことでその時間を稼いでいた。

 闇の種族をまとめるシンボルとして召喚される魔王とは大違いだ。


 だからこそ闇の種族がここまで追い込まれることになったのだろうが、今となってはどうしようもないことだ。

 もしも過去に戻れる機会があったのなら、人間を石器時代まで戻すつもりで殲滅戦を仕掛けないと種として滅ぶと魔王様に告げ口するとしよう。


 さて、そんなことを考えていると前線の方でなにやら動きがあったようだ。


 望遠鏡で覗いて見ると、そこには戦場には似つかわしくないほどの派手な一団が戦場の端から中央に向かって突き進んでいるのが見えた。

 恐らく、あれが勇者だ。

 すでに空は赤く逢魔が時になろうとしているところ。

ここで一気に優勢に持っていき、明日の戦いのために士気を上げるためだろう。

 どれだけ負傷者が出ていようとも、勝つことが濃厚な戦いであれば戦意は落ちるどころか上がるものだ。

 勝利というものは、それだけ甘美なものだから。


 アーマーンは兵が崩れかけている場所への救援に向かわなければならないせいで、勇者の所には向かえない。

 ゴートンは昼からずっと戦っているせいで疲労が蓄積しているからまともに戦っても負けることだろう。

 もしかしたらゴートンが負けを覚悟で戦う可能性もあったかもしれないが、その可能性は昨日の段階でもう潰してある。


 つまり、誰も前線で暴れる勇者を止められないのだ。

 あとは日が沈むまで勇者がこちらの戦力を削り続けて、今日の戦いは終わりとなることだろう。


 人間側が勝負を決めるつもりならこのまま勇者を使ってゴートンかアーマンを潰すのだろうが、勇者というものの強さと価値を知っているせいか、ほどほどのところで勇者は自陣へと戻っていた。


 我らが魔王軍もそれに合わせて《復活の根》の近くまで退却していった。

 人間側は多くの負傷者を出したものの、死者の数はほとんど無く、明日になれば戦いに復帰する者も出てくることだろう。


 一方、魔王軍は負傷者を後方に下げたところで戦力は回復はしない。

 兵は補充されず、勝機を見出すこともできず、ただただすり潰されていくことだろう。


 なんと勿体無いことだろうか。

 勝てないのなら勝てないなりに工夫しなければならないというのに、彼らは何も手放さずに今の在り方に執着しているせいで命を捨てているようなものだ。


 ならば、僕が彼らの代わりに捨てることにしよう。

 執着を、誇りを、倫理を、常識を、感情を、あらゆるものを捨てて戦おう。

 そこまでやって、僕らは初めて人間と同じ土俵に立てるのだから。

 まぁ、それも手遅れなんだけど。


 作戦の前に勇者の顔を見よう、僕らが滅ぶことになった原因を。

 魔王として、僕がこれからの生涯を費やす相手の顔を。


 僕が指を鳴らして合図をすると、ムカデに羽が生えたようなものが僕の側に来る。

 《空泳ぐ虫》と呼ばれるこの生物は、シュラウちゃんに用意してもらった僕の移動手段である。


 人間でいうところの馬のようなものなのだが、戦うことには全く向いていない。

 先ず、乗れるのが僕くらいに軽くないといけないので武器を持った兵士は乗せられない。

 そしてそこまで高く飛べるわけではないので魔法などで簡単に撃ち落されるのだ。

 それでも空を移動できるというアドバンテージは強く、繁殖させて数を増やしており、今回もこの《魔の草原》に何匹か連れてきた。


 地面に降りてきたこのトビー……僕が命名したこのトビーに乗って空へと泳いでいく。

 暗くなっているおかげで人間側からはこちらを視認することはできないはずなので、撃ち落されるということはないはずだ。


 ある程度の高さまで昇ったところで、人間側の陣地を望遠鏡で覗く。

 勝ち戦であるせいで浮かれているように見えるが、流石に酒を飲む者は見当たらなかった。

 まぁ負傷者もかなり出ていることから、そこまで油断していないのだろう。


 明るく照らされた天幕の近くに人だかりが出来ているところがあるのでそこに注目すると、兜を被っている勇者とおぼしき人物が見えた。


 多くの兵士に囲まれて称賛と感謝の言葉を浴びせられているようで、笑顔に包まれていた。

 彼の近くには周囲とは毛色が違う者もおり、女性の神官や魔法使い、屈強な戦士が見えた。

 恐らく勇者を支える頼りになる仲間だろう、僕とは大違いだ。


 果たして勇者はどういったものなのか?

 力で先導するタイプなのか、知能で人を導くタイプなのか、カリスマで周囲を引っ張るタイプなのか……それともその全てか。


 せめて勇者の顔が僕よりもブサイクだったらいいのだが……もしも彼がブサイクだったのなら、彼はこれまでの人生で味わった不幸を吹き飛ばすほどの幸福が約束されており、もしかしたら僕にもそういうものが用意されているのかもしれないと思えるからだ。


 戦いも終わり、休むために勇者は兜を外す。

 そこには、僕が知る者の顔があった。

 実は僕、自分のクラスメイトの名前や顔を覚えてない……というよりも、そこまで誰かを接することがなかったのだ。

 だが、あの顔と名前には覚えがあった。

 それもそうだろう、あの顔はあっちの世界の最後に見た顔だったのだから。


 確か苗字は清水、バスケか陸上かの部長だったはずだ。

 友達も多く、いつも誰かと喋っていたような気がする。

 バレンタインにだって、毎回下駄箱にチョコが入ってるとか言っていた気がする。

 つまりは、僕とは対極に位置する人物ということだ。


『ハハハハ、アハハハハ!』


 どうしよう、笑いが止まらない。

 笑いすぎてトビーから落ちてしまいそうになるくらいに面白い冗談だ。


 環境も、友人も、親も……人生というモノに恵まれ続けたアレがこの世界の勇者となっていて、何も残っていない僕が魔王になっている、なんて面白いんだ。

 もしもこの世に全ての運命を定める神がいるとするならば、彼はその神に愛されていることだろう。

 そして僕のようなモノはどうとも思われておらず、放置されていることだろう。

 それどころか、彼の幸せを彩る添え物扱いだ。


 世界に[平等]も[公平]もない、幸せになる者とそうでない者……そしてそのしわ寄せとなる者しかいないと思っていた。

 だが、異世界に来てまでその世界の縮図を見せ付けられたおかげで、決定的な確信を持つことができた。


 あちらの世界ではなく、こんな別の世界に来てまでその真理を見せ付けられたことが、あまりにもおかしくて、笑いが止まらなかった。

 清水くん、僕を幸せにしてくれとは言わない、そんな義理はキミにはないだろうから。

 だから、せめて僕と一緒に不幸になってくれ。

 僕だけが不幸を味わうなんて[不公平]だろう?


 松明に火をつけてそれをグルグルと回すと、それを合図に平原が一気に明るくなった。

 人間側は戦争で大きな失敗をしてこなかった、彼らは常に最善手を選択してきた。


 だから僕が失敗させた、この場所で戦うことそのものが間違いなのだ。


 《魔の草原》は炎に包まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る