予選29
「そして、その貢がれたゼリーとグミを再び路上販売すれば、物凄く儲かりそうだ……」
「いや、それは使い回しだから駄目だ。料理人として反対する」
青山は一転して厳しい表情になり、そう言った。
よく考えてみると、確かにそれは料理人として絶対に越えてはいけない一線だったので、俺は素直に謝ることにした。
「ごめん。じゃあ、貢がれたものは自分達で食べるか孤児院に寄付することにしよう。それでいいか?」
「ああ。それならいい。ところで、牛乳を買ってきてくれないか」
「牛乳は何に使うんだ?」
「バターを作ろうと思ってる。この国でバターが売っていないことは確認済みだ。バターは調味料として使うのももちろん、油としても使えるから、料理の幅が広がるだろう」
「バターって、自分で作れるものなのか?」
「ああ。昨日市場で試飲させてもらったけど、ここの牛乳は日本の牛乳より脂肪分が多いみたいだからな。生乳の脂肪は他の乳成分より軽いから、生乳を置いておくと脂肪分が浮上してくるはずだ。その脂肪分を多く含む層をすくい取って殺菌すれば生クリームの原料になる。その生クリームの原料を密閉した容器に入れてシェイクし続ければ、水分と脂肪分が分離されてバターになるはずだ。今の日本だと生乳を遠心分離機に入れて工業的に分離させるけど、昔はそうやってバターを作ってたらしい」
「物知りだな」
「ああ。俺も本で読んだだけで、実際に作ったことはないんだけどな。市場では殺菌済みの牛乳しか売ってなかったけど、牧場に行けばその場で生乳を搾ってくれるらしいから、烏丸にはそれを買ってきて欲しい。職員の人に訊いたら、今の時間からもう牧場で売っているらしいんだ」
「分かった」
牧場の場所を詳しく聞き、俺は井戸水で洗った綺麗な鍋をリヤカーに載せ、それを引いて歩いていった。
完全に雑用だけど、この世界では牛乳は高価だし、孤児に大金を持たせて長時間歩かせるのは、犯罪を誘発してしまうからな。悪い大人はいくらでもいるし。女子4人は休ませたいし、俺が行くしかない。
ある程度近づくと、牛糞特有の臭いが漂ってきたので、迷わずに目的の牧場に到着することができた。
牛乳は、日本だと超高温瞬間殺菌が主流だが、そんな設備のないこの国では、60度台の低温で数十分加熱して殺菌しているそうだ。酪農家の人に殺菌してない牛乳が欲しいと告げる。
酪農家の人は空の鍋の重さを量った後、俺の目の前で生乳を搾り、俺が用意していた鍋に牛乳を注いでくれた。ここら辺では、客が容器を持ち込み、そこに店員が牛乳を注いで量り売りにするのが一般的らしい。ずっしりと重くなった鍋の重量を量ってもらい、空の鍋との差を計算してもらい、代金を支払った。
約10リットルで2万ゼンくらいだったから、地球の牛乳の10倍以上の値段に感じられた。
リヤカーを引いて孤児院に戻ると、女子4人はもう起きていた。
「烏丸P、その鍋は何?」
心愛がそう訊いた。
「牛乳だ」
「えっ、牛乳? 飲んでもいい?」
「駄目だ。まだ殺菌してないし、これはバターの材料になるから。そんなことより4人とも、体調はどうだ?」
体調を確認すると4人とも健康だったので、昼頃に『エンジェルズ』に行くまでの間、曲のレパートリーを増やす練習をしてもらうことにした。有希は料理を手伝いたがったが、こんなことで怪我をされては困るので、4人には一切の料理を禁じた。
「烏丸、お帰り。ありがとう」
厨房に行くと、青山がそう言った。
「ただいま」
「後は俺と子ども達でやるから、烏丸は休んでくれてていいぞ」
青山はそう言ってくれたが、俺だけ休んでいるわけにはいかない。
職員の人に、手先が器用な子どもを教えてもらい、その子達に薪と彫刻刀を渡して、活版印刷の装置を作ってもらうことにした。
1文字だけの判子1個につき50ゼンのお駄賃をあげると言ったら、子ども達は大喜びだった。話を聞いていた職員も、そんなにいただいてもいいんですか、と驚いていた。
文具屋で見積もりを出してもらったときには、1文字あたり1000ゼンと言われていたので、20分の1の金額である。俺としては大儲けなので少し罪悪感を覚えるが、プロの職人と素人の子どもの報酬が同じ金額のわけがないからな。子どもならそのくらいが適正な金額だろう。
判子ばかりだと飽きてしまうかもしれないから、リバーシと将棋とチェスの駒も作ってもらうことにした。こちらは、駒はともかくボードを薪で自作するのは難しいので、ボードは外注することにした。
さらに俺は、手の空いている子ども達を連れて、グミとゼリーを売りに行くことにした。青山は厨房から離れることができなくて、頼まれたのもあるが。
まずは役場に行き、路上販売の許可を取る。創作料理の場合は、役場の人に試食してもらわないといけない決まりになっているので、まずはグミを1個だけ渡した。
「これはいったい何なのでしょう? 魚の内臓ですか?」
窓口にいた男性の役場職員は、警戒した目つきでグミを見つめながらそう訊いた。
「それはグミという食べ物です。甘くて弾力があって、美味しいですよ」
「グミ? 全く聞いたことがありませんが……」
「今までにない、全く新しい料理ですからね」
いいから早く食べてくれ。そんな思いが伝わったのか、ようやく職員は目を瞑ってグミを口の中に入れた。
「こ、これは……! 美味しいです! 噛めば噛むほど甘みが口の中に広がります! 甘くてフルーティーでジューシーで、こんなに美味しいものは初めて食べました!」
職員は目を輝かせてそう言った。大声だったので、何事かと、近くにいた職員や来訪者も集まってきた。
「私にも食べさせてもらえませんかな」
役場の中では偉い役職っぽい人に、そう頼まれた。
「すみません。グミの試食はもう終わりました。路上販売する予定なので、どうしても食べたいなら購入してください。ゼリーの試食はまだですけど……」
「じゃあ、そのゼリーの試食は私が替わります」
偉い役職の人はそう言い、紙のスプーンでゼリーをすくって口に入れた。
「こ、これは……! 美味しいです! 何という滑らかな食感! 口の中で溶けていくようです! 今までにない、全く新しい食感です! そして甘くてフルーティーでジューシーで、こんなに美味しいものは生まれて初めて食べました!」
偉い役職の人は興奮した様子でそう言った。
どうでもいいけど、試食をした役場の人は、大声で食レポしないといけない決まりでもあるのだろうか……。
今日から7日分の税金を支払って、書類に記入して、無事に路上販売の許可をもらうことができた。その途端、俺と子ども達の周りに、大勢の人達が殺到した。
「グミを売ってくれ!」「私はゼリーが欲しい!」「グミもゼリーも両方くれ!」
来訪者だけではなく、職員の人達までグミとゼリーを欲しがったから、収集がつかなくなり始めていた。
「グミもゼリーも、あるだけ全部くれ! 私が全部買い占める!」
偉い役職の人までもが、そんなこと言っていた……。
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【お知らせ】
いつも応援ありがとうございます!
私がアルファポリスで連載していた長編小説『涙の味に変わるまで』が完結しました。
もしよかったら読んでください。
URLは、
https://www.alphapolis.co.jp/novel/496856009/373487913
です。
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