予選10

「あ、それなら、地球で人気のある小説とか漫画とかアニメとかゲームのストーリーを再現して小説を書くっていうのも、別に自分で書く必要はないわね」


 文学少女っぽい女子がそう言った。


「どういう意味だ?」


 俺の質問に、文学少女っぽい女子、文学少女ちゃんが答える。


「小説家の人とか、これから小説家になりたい人のところを訪ねて、あらすじを口頭で説明して、アイデア料を取ればいいんじゃないかしら。地球でも、原案という形で、そんな仕事をしている人はいるし。アイデア料を売る相手は、小説家じゃなくても、戯曲の脚本家や吟遊詩人でもいいしね。探せば見つかるかもしれないわ」

「そうそう、僕も本当はそう言いたかったんだよ!」


 小説家くんが、うんうんと頷きながら同意した。


 お前、さっきからそれしか言ってないじゃねーか!


「それだったら、歌とか曲も売れないかな? 吟遊詩人とか、歌手とか作曲家とか演奏家に、地球で人気の音楽を売るのはどう?」


 カチューシャをつけた女子が、ピアノを弾く動作をしながらそう提案した。

 あー、そろそろ、誰が誰なのか分かんなくなってきた……。まあ、最初から憶えるつもりがないから、いいんだけどね。


「そうそう、僕も本当はそう言いたかったんだよ!」

「いや、それは言ってなかっただろう。米崎は、音楽については何も言ってなかった」


 料理人くんが、小説家くんの発言にそう突っ込んだ。


「みんなで合唱してお金を稼ぐってのもいいかもね。音楽が好きな人は広場とかバーで歌ったり演奏したりしてもいいわね」


 カチューシャをつけた女子が、小説家くんの発言はスルーしてそう言った。


「そうだね。最初はどうしても金欠になるだろうけど、合唱なら初期投資は必要ないから、悪くないな」


 前髪眼鏡くんがいつものように眼鏡のズレを直しながらそう同意した。


「ねえねえ、アイドルになって、握手会とかグッズの販売で稼ぐのもいいんじゃない? 私、やってみたいんだけど」


 アイドル志望と思われる女子が、目をキラキラさせながら手を挙げてそう言った。


「私はアイドルになんてなりたくないけど、やりたい人がやるのはいいと思う。異世界ならそういうのに耐性なくて、重課金してくれる人が大勢いそうだし」


 地味子ちゃんがそう言い、アイドル志望の女子、アイドル子ちゃんを上から下まで舐め回すように見た。


 俺が見た感じだと、もしもアイドル子ちゃんが日本で、メンバーが48人いるアイドルグループに入ったとしたら、45番人気か46番人気になれるくらいの素質はあると思う。歌やダンスやトークが上手ければ、もっと上も狙えるだろう。


 つまり、ブルー・オーシャンの可能性が高いアルカモナ帝国では、センターになれるかもしれないということだ。

 試してみる価値はあると思う。


「じゃあ、班分けのときに、各班に最低1人は音楽が得意な人を入れようか。あと、料理が得意な人や、小説とか漫画とかアニメとか、エンタメ全般に詳しい人も、できるだけ別々の班に振り分けよう。アイドルをやってみたい人は、できるだけ同じ班になれるようにして、その班には楽器の演奏ができる人も入れよう」


 俺は全員の意見を採用し、そう言った(ただし小説家くんの意見を除く)。


 別に全部のアイデアが成功する必要はない。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる作戦である(ただし小説家くんのアイデアを除く)。


「んー、でも、著作権者に無断で海賊版を売るのは、抵抗あるな」


 独り言子ちゃんがそう呟いた。


「異世界なんだから気にしなくてもいいと思うけど、どうしても抵抗があるんだったら、地球に戻った後、贖罪のためにその作品を大人買いしましょう。お金はあるんだし」


 文学少女ちゃんが金の山の方を見ながらそう言った。

 

「その作品が絶版になってたら?」


 モデル子ちゃんがそう訊いた。


「著作権者に直接寄付しましょう。それか、すでに著作権が切れてパブリックドメインになっている作品を中心に売るといいかもしれないわね」


 文学少女ちゃんは顎を人差し指で撫でながらそう言った。


「ねえ、ザイリック。この金のインゴット、しばらく貸してくれない? そうしたら、初期費用のことは考えなくても済むし」


 地味子ちゃんが両手を合わせて拝むような仕草をしながら、そう頼んだ。


「それはできませんー」

「えー。いいじゃん、ケチ。予選が終わったらちゃんと返すから」

「それはあくまでも優勝賞品ですのでー」


 ザイリックがそう言うと、金のインゴットが煙のように消えてしまった。


「ああああ! 金が! 私の金がああああ!」


 地味子ちゃんは絶叫しながら座り込み、両手を広げて、金の山があった場所をさするような動作をした。俺を含めて、他のクラスメート達はドン引きである。


 うーん。黄金には人を狂わせる魔力があるという噂は本当なのかもしれないな。いや、地味子ちゃんは最初から狂っていたような気もするけど。


「ふ、ふふふ……。目の毒だった金の山がなくなったおかげで、頭が冴えてきたわ……。ザイリックに訊きたいんだけど、アルカモナ帝国には、詐欺を取り締まる法律はある?」


 ふらりと立ち上がった地味子ちゃんは、とんでもないことを言い始めた。


「ありませんー」

「よし、なら行ける! ネズミ講、マルチ商法、霊感商法、寸借詐欺、情報商材詐欺、結婚詐欺、交際斡旋詐欺、地面師、手紙を使った母さん助けて詐欺や振り込め詐欺や架空請求で大儲けよ!」


 地味子ちゃんはガッツポーズを決めてそう叫んだ。


 ドン引きである。


 こいつは絶対に異世界に転移させちゃ駄目なタイプの奴だ。クラスメートを奴隷にして売ろうなんて言い出す奴は、考えることが違うな(俺も同じアイデアを思いついていたけど、言ってはいないからセーフだ)。


 こいつのことを地味子ちゃんというニックネームで呼ぶのは、もはや違和感があるな……。よし、これからは腹黒地味子ちゃんと呼ぶことにしよう!


「厳密に言うと、ネズミ講は詐欺同然だけど、マルチ商法は詐欺じゃないよ。日本でもネズミ講は違法だけど、マルチ商法は合法だし。ただ、その組織は合法なマルチ商法だと主張していても、警察によって違法なネズミ講だと判断された事例も多いけど」


 前髪眼鏡くんは冷静にそう突っ込んだが、突っ込むところはそこじゃないと俺は思う。


「ネズミ講とマルチ商法って、何が違うの?」


 佐古くんが無邪気な顔でそう訊いたが、質問すべきところはそこじゃないと俺は思う。


「ネズミ講は、組織がネズミ算的に拡大していくシステムで、上の会員が下の会員の儲けを吸い上げる仕組みになっているビジネスのことだね。マルチ商法も基本的には同じだ。どちらも、『会員になって新しい人を会員にすれば紹介料がもらえますよ』と言って勧誘していく。ただし、ネズミ講がお金の受け渡しを目的としているのに対し、マルチ商法は商品の受け渡しを目的としている点で違いがある」


 前髪眼鏡くんが眼鏡のズレを直しながらそう言った。

 その眼鏡って、記憶媒体か何かなのか? 眼鏡のズレを直すことによって、事前に記録していた情報を読み取る能力でもあるのか?


「詐欺でお金儲けをするなんて、そんなやり方、私は反対。異世界人にだって、その人達の生活や人生があるんだよ。罪のないアルカモナ人達が騙されて破産して、自殺したり一家心中しちゃったりしたら、どうやって責任を取るつもりなの?」


 独り言子ちゃんが、腹黒地味子ちゃんの方を見ながらそう言った。独り言子ちゃんが自分自身に向かってではなく、他人に向かって話しかけるのを見たのはこれが初めてだった。

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