バック トゥー ザ パスト

シカタ☆ノン

第1話 見覚えのない部屋

 大原レジデンスは、大きな地方都市の中心地 アカタ駅から徒歩5分の立地であるにも関わらず、1泊4,700円と言う安さを売りにした、由緒正しき『格安おんぼろホテル』である。


 その大原レジデンスの404号室、一条耕介は、朝8時にセットした目覚まし時計で目を覚ますと、ベッドの上で体を起こし、ゆっくりと部屋の中を見回して「はぁ。」と短く息をついた。


 ベッドから起き上がると、机の上に置いてあったメモに、「2日目、間違いない」と書き込んだ。




 ☆☆☆




 初日の朝は混乱した。


 激しい頭痛で目覚めると、見覚えのない部屋に驚いた。


 たまに旅行をしたときに、自分の部屋で寝ていたと思い込んで、見覚えのない部屋にハッとしたあと、すぐに自分が旅行に来ていたと思い出すなんて事は過去にもあったが、今回は違った。


 耕介には旅行に出かけた記憶がなかったのだ。




 おそらくビジネスホテルと思われるその部屋には、大きなバックパックが無造作に置かれ、ハンガーにはTシャツとジーンズがぶら下がっていた。


 ジーンズのポケットには財布が入っていて、財布の中には自分の顔が写った免許証があり、『一条耕介』という名前があった。


 財布には1万円札が9枚も入っていた。


 「イチジョウ コウスケ・・・」自分の名前のようで、親戚か誰かの名前のような気もしたが、免許証を見る限り、荷物も財布も自分のもので、他人から奪ったものではなさそうで安心した。




 色々持ち物を調べた結果、どうやら自分は、記憶喪失なのではないかという結論に至った。


 時代遅れのガラケーの電話帳に入っている知人らしき人物に頼るべきか、直ぐに近くの病院に行くべきか考えていたところで、部屋の電話が鳴って、耕介は飛び上るほど驚いた。


 耕介は「一旦落ち着こう。」と自分自身に言い、一度深呼吸してから、受話器を取った。


 「お客様、チェックアウトの時間のようです。」妙な言葉遣いだが、人のよさそうな声だった。おそらくホテルのフロント係だろう。


 「えーっと、そうだな・・・、どうしよう。」と耕介が一人問答している間、受話器の向こうのフロント係は、何も言わずにじっと待っていた。


 「・・・ちょっと事情が変わってしまって、宿泊を延長することは出来ますか?」と耕介は言った。もちろん元々の事情が何だったのかは、耕介にも不明のままである。


 取敢えず2日ほど宿泊を延長したので、先ずは落ち着くために昼食を取る事にした。




 ホテルを出てコンビニに入ったところで、強烈な違和感をおぼえた。


 店員の制服、陳列された商品のパッケージ、雑誌の表紙、目に移るもの全てが、どこか懐かしく感じる。いや、実際に古い。レトロブームなのか?


 『種なし』とシールの貼られた梅おにぎりや、レトロなパッケージのウーロン茶をかごに入れ、レジに行った時に、耕介の仮説がぐっと確信に近付いた。レジの横に陳列された新聞の日付が、明らかに古い気がするのだ。


 耕介は、昼食と新聞3紙を抱えて部屋に戻ると、食事をしながら新聞に目を通した。


 3紙全てに目を通すと、部屋にサービスで置いてあったインスタントコーヒーを淹れて、テレビをつけた。どの番組も、再放送のように思えた。




 フロントに行き、近所のネットカフェと図書館の場所を聞くと、電話で対応してくれた人の良さそうなフロント係が、インターネットなら日中はほとんど誰も使わないので、フロントにある宿泊者向けのPCを使ってくれて構わないし、コーヒーも飲み放題だと教えてくれた。


 親切なフロント係の人は、田中さんという名前で、耕介の思った通りの『親切顔』をしていた。田中さんの説明では、図書館は徒歩10分の場所にあった。




 図書館では受付の人に頼んで、過去1ヶ月の残っている新聞を、全て見せてもらった。お蔭で、少なくともひと月以内に、一条耕介という人間が指名手配になったり、行方不明の捜索願が出されている形跡はないことが分かった。


 「ふぅー、警察に追われるなんてことはなさそうだな・・・」


 静かな図書館で漏らした小さな声は、妙に耕介自身を勇気づけた。




 ホテルに戻ると、フロントのPCで思いつく限りの疑問を、インターネット検索してメモを取った。


 途中、親切なフロント係の田中さんが、コーヒーを淹れて運んで来てくれた。


 夕方になり、フロントが混み合ってくると部屋に戻り、携帯電話に残っていた過去のメールのやり取りを読んで、更にメモを取った。




 夜になり、体と頭はぐったりしていたが、「さあ、寝よう。」という気分にはなれなかった。


 ベッドに横になり、枕元のスイッチで部屋の電気を消して、今日調べてメモした内容を、何度も頭の中で反芻した。暗くなった部屋の天井を見ながら、感想を声に出して言ってみた。


 「ここに来るまでの記憶はないが、自分のいた時代でないことは、ほぼ間違いないような気がする。ウーロン茶のパッケージは古いし、新聞やテレビの内容は、随分前に聞いたような内容ばかり・・・。財布と携帯からの情報だと、自分の名前は一条耕介で、この3月に大学を卒業して、一年間の放浪の旅をしている最中らしい。・・・色々、辻褄が合わない。未来から来たようなこの感覚は本物なのか・・・?確実なのは、ホテルのインスタントコーヒーが不味いことくらいか・・・。悪夢ならそろそろ終わりにして欲しい・・・。でも、もし夢じゃないなら・・・」zzz




☆☆☆




 2日目に目が覚めた時には、悪夢から覚めていることを願ったが、8時の目覚ましで起きて、最初に目にしたのは、昨日読んだ新聞の山と、飲みかけのまま放置された『不味いインスタントコーヒー』のカップだった。

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