第134話 聖域に向かって
「なぜじゃ!」
魔女アレンは叫ぶ。
「なぜ、こんな速く敵に見つかるのじゃ!」
ドンキホーテ達を乗せる馬車が土煙を上げながら最大速力で、道を駆けていた。
目指す聖域はあと少しだと言うのに、ダンの「つけられている」という言葉で状況は一転した。
アレンも知覚を鋭敏にする魔法を自分にかけ確認したのだから間違いない。
明らかに第三者の追跡者の気配を感じるのだ。
「先生! 囮の魔法はつかえないのか!?」
ドンキホーテの切羽詰まった声にアレンも叫びで答えた
「あれはただの車輪の跡を地面につけるだけの即席魔法じゃ! 馬車の分身などを出せはせん!」
それはつまり、もはや追跡者から逃れる術はないと言うことを意味していた。
戦うしかない、ドンキホーテは腰に刺した剣に手をかけ小さい円盾を左手に装備する。
もう誰かを失うのは嫌だ、そんな思いがドンキホーテの胸に満ちる。
その思いをチャルは見抜いたのか、力の入っているドンキホーテの右の手の甲に自らの手を重ね、
「大丈夫? ドンキホーテ……?」
と心配そうに尋ねた。
「大丈夫だぜ! チャル! カイン兄ちゃんから離れんなよ!」
チャルの心遣いに、よって心の余裕を少しばかり取り戻したドンキホーテはそう答え、ありがとうな、とチャルに感謝する。
だがチャルの不安はまだ消えないのか、ドンキホーテの手をぎゅっと握り離そうとしない。
そんなチャルにドンキホーテは頬を綻ばせる。
「チャル、俺はこんなところじゃあ死にやしねぇよ……!」
その言葉は気休めにしかならなかったが、それでも、「うん」とチャルはいい、信頼するしかなかった。
追手が刻一刻と迫る中、ついに馬車の窓から身を乗り出していたダンが叫ぶ。
「目視した! 敵だ!」
ダンの言葉通り、敵は既にドンキホーテ達が目視できる距離にまで、接近していた。
このままでは追いかれることは、必至である。そう考えたダンはドンキホーテとアレンに向かって言った。
「アレン殿、ドンキホーテ君、ここは私に任せてくれないか」
「なに言ってんだ、ダンさん!」
「一人で相手にする気か!?」
それは自殺行為に等しい、違うダンは引き下がりはしない。
ただ、彼の目には決意が宿り、その決意に流されるまま、ダンは言う。
「もはや、猶予はない、我々は選択できるほど恵まれてはいないのだ……」
ダンはドンキホーテを見つめた。そして頬を綻ばせ、何かを決意したように再び窓から身を乗り出して敵を見つめる。
見つめる先には、奴がいた。シーライ神父だ。
シーライもこちらに気がついたようで驚きの顔をダンに向ける。
「二人とも、彼らを頼む」
そう言ってダンは窓から身を投げ出し、馬車から降りる。ダンの背後からドンキホーテの叫び声が聞こえるが、もはや遅い、馬車はダンを置いて、はるか先へと進む。
そして、投げ出され、宙で一回転しながら、地面に着地したダンは目の前に迫り来る馬群を睨みつける。
人を乗せたその馬群の中、その先頭を走るシーライが叫ぶ、憎しみを乗せた声色でかつての友の名を。
「ダン! ダン・アストォォ!!」
「シーライ!!」
その叫びの応酬の瞬間、虚空に向かい、ダンは正拳突きを虚空に向かって放つ。
その突きは空気を叩き、衝撃波を生む、地面を抉るほどのその衝撃波は指向性を持ち真っ直ぐと遠征隊の馬群に突っ込んでいった。
衝撃波が馬群を割り、遠征隊の断末魔が木霊した。
だが、遠征隊が未だ馬に乗り突撃してくるのを見ると間髪入れずニ発、三発と、正拳突きによる衝撃波をダンは繰り出した。
地面が抉れ、土煙と人が舞う。
そんな衝撃波に多くの遠征隊の隊員が吹き飛ばされ、やられる中シーライは、未だ目に怒りを滲ませながら前進していた。
そして、誰よりも速く、馬の背から飛び降り、そして地を蹴って加速する。
足を止めるために、馬を狙っていたダンはその動作に刹那の反応が追いつかなかった。
シーライにとってその一秒にも満たない隙が有れば、充分だ。
ダンの猛攻を止め、目的を完遂するのには。
加速したシーライは懐から二つの掌に収まりきる十字架を両手に取り出す、そして彼は己の狂気的な信仰心を胸の内で呼び覚ます。
するとそれに呼応するかのように、両の手の二つ十字架が光り輝いた。
やがてその光はガラスのような、水晶のような物質となり、十字の形をした二刀流の片手剣へと姿を変えた。
「死んでもらうぞ!」
そんな言葉を吐きながらシーライはダンに瞬く間に接近して、剣を振り下す。
振り下ろされる二対の片手剣をダンは両手で防ぐ。
「く!」
攻撃を防いだはいいものの、それによりダンの意識は完全にシーライへと向けられた。
ふと、馬影がダンの隣を過ぎ去る。
「しまった!」
たった一頭の人を乗せた馬は、ダンの背を通りすぎ、ドンキホーテ達の向かった聖域の方向へと向かっていった。
向かわせては行けないと、ダンはシーライを蹴り飛ばし、急いで、正拳突きによる衝撃波を通り抜けた隊員に向かって放とうとした。
瞬間だった。
黄金の光がダンと隊員の間に現れ、遮断する。
その光の壁はまるで城壁の壁のように巨大だった。
そして何よりも、
「ッ!」
ダンの拳が壁を貫けないほどの硬度を保っていた。間違いない。これはサクラメント、聖なる城壁である。こんなことができるのは崇高な聖職者か──。
──パラディンしかいない。
「腕を上げたなシーライ」
ダンは未だに蹴り飛ばされた衝撃で、立ち上がりきれていないシーライ神父に向かってそう言う。
「黙れ……! 裏切り者が……!」
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