第122話 理想のキャッシュフロー
森本の呟きに山野は、面白いことを思い出した。
「そうだ、森本。」
「はい?」
「お前が希望通り研究者になれて研究所を開設できた時、研究所のキャッシュフローはどうなると思う?」
山野の唐突な問いに、森本は戸惑う。
「どうなると言うのは?」
「例えば、財務キャッシュフローはどうだ?プラスか、マイナスか??」
「えっ、とっ、財務キャッシュフローですか・・・。それはプラスです。研究には多額の費用がかかります。出資や寄付を募ることも研究者の仕事の一つですから。」
「そうだな。じゃ、投資は??」
「これは当然マイナスです。研究には絶えず新しい機器や材料の購入が付きものです。だから、プラスにはならないです。」
「そうだ、設備投資は欠かせないな。じゃ、営業はどうだ??」
「それは、成果が出て売れればプラスですが、売れなければマイナスです。」
「つまり、研究所の運営が軌道に乗ればプラスになるが、最初はマイナスが続くってことだな。」
「はい。」
山野と森本の2人の会話を、他の生徒は聞いていた。
「じゃ、今度は岡崎!」
「はい。」
「お前が店を始めた時、財務キャッシュフローは、どうなる?」
山野は、岡崎が自分なりに考えていたことを見抜いていた。
だから、突然当てられたのに、岡崎の回答はスムーズだった。
「最初は借り入れないとダメなんで、プラスです。ただ、早く借金を返したいと思うのでマイナスにしたいです、出来るだけ早く。」
「じゃ、投資キャッシュフローはどうなる?」
「最初に備品を揃えたら、暫くは要らないからプラマイゼロですかね!?」
「じゃ、マイナスになるときはどんな時だ?」
「店に新しい調理器具を入れるとか!?リフォームする時とかですかね??」
「じゃ、最後に営業キャッシュフローは?」
「これは、店の利益そのものですよね!?当然、大幅プラスですっ!」
岡崎は力を込めて、そう言い切った。
店の営業で、マイナスを垂れ流しにしたくないと言う強い思いの表れだ。
「つまり、研究をやりたい森本は、営業がマイナス、投資がマイナス、財務がプラスで始まる。それを最終的には営業をプラスにしたいってことだな。」
「はい。」
「一方の岡崎は、営業がプラス、投資がプラマイゼロ、財務がマイナスで始まる。それを最終的には財務をプラスにしたいってことだな。」
「はい。」
「みんな分かったか!?このキャッシュフローは、事業体によって、理想とされるプラマイが違う。2人が口にしたのは、理想的なキャッシュフローだ。岡崎の店のように、開店直後から営業キャッシュフローでプラスを求めなければならない業態もあれば、森本の研究所のように、営業キャッシュフローをプラスに出来るような発明を目指す業態もあるってことだ。」
「へぇ~、じゃ、先生!!」
莉央が説明に割り込む。
「何だ?立花??」
「サッカーチームならどうなります?」
「そうだな。やっぱり、営業キャッシュフローがプラスになるように、運営するべきだな。」
「いや、Jリーグじゃなくて、女子です。女子チーム!」
「女子かぁ~~・・・。。。」
「先生、分かってて、はぐらかしてますよね!?」
莉央がキレ気味に言う。
「冗談だよ、分かったからそう怖い顔するな。女子チームなら、まず財務キャッシュフローをプラス、投資キャッシュフローをマイナス、営業キャッシュフローをマイナスから始める。大事なのは、営業キャッシュフローをプラスにできるまで、財務キャッシュフローをプラスで維持出来るかと言うことだな。」
「先生!」
「何だ、湊?」
「営業、投資、財務がマイナス、マイナス、プラスなら、森本くんの研究所と同じですよね!?」
「良いところに気づいた!」
「はい?」
「それはな、事業として軌道に乗っていないことを意味してるんだ。」
「軌道に乗ってない??」
「つまり、サッカーの営業収入だけで運営出来たら、当然営業キャッシュフローはプラスになる。それがマイナスの間は、将来の営業収入増加を期待した買いで運営されてるんだ。」
「期待というのは?」
「女子サッカーが盛り上がって、収入が大幅に増えるという期待だ。だから、期待が失望になったら、一気に運営出来なくなる。営業収入が無い分、寄付などに頼らないとダメだからな。」
「なるほど。」
「だから営業キャッシュフローがマイナスの間は、期待が大きいことを意識させ続けなければならない。つまり、PRが重要と言うことだ。だからな、森本!」
「はい?」
「前にも言ったと思うが、金になるかどうか分からない研究成果を、これ見よがしにプレス発表するよな。」
「ええ。まぁ。」
「それは出資者を繋ぎ止める為だ。」
山野は、そう説明した。
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