第5話 イジメ

- あの校舎の裏か・・・ -


そう見定めた山野は側に近づき、相手からは見えないところで立ち止まって、聞き耳を立てた。


「ほら、まだ殴られたいのか!?」


殴る、蹴るをされている音の間に、ガラの悪い声が聞こえる。


「なんだ、金、あるんじゃねぇか!?わずらわさずにさっさと出せや!」

「あっ、それはバイト代!」

「うっせー!」


最後に、その声と同時に数回蹴りが入る音がした。



- おやおや、ここもありふれた学校だねぇ~~ -


山野はそう思いながら、仕方なく姿を現すことにした。

さすがに元警察官としては、見なかったことにして、放置することは出来ないからだ。

一人の男子学生を、数人が取り囲んでいる。

その中の一人が山野に気付いて、仲間に知らせた。



「なんだよ、オッサン!!」


リーダーらしき学生が、威勢よく山野の前に進み出て来る。

見るからに不良、ヤンキーの格好をしている。


- 見たまんま頭の悪そうな子供だな・・・・ -



山野がそう思ったのは、自他の戦力差を全く把握出来ていないからだ。

山野は捜査4課にいた程の強者だ。

名うての暴力団員からも、一目置かれる存在だった。

つまり、暴力団員でさえ、この男を敵に回すようなことは愚行だと考える。

それなのに、何も考えずに山野に向ってきたのだから、それは子供ならではの無鉄砲さと言える。



- 高校生になっても、まだまだ子供かぁ~~! -


そう思うと、目の前でいきがっている子も、可愛く見え来るから不思議だ。

だから、ついつい山野は笑ってしまった。


「なっ、オッサン、何笑ってんだよっ!」


リーダーらしき学生は、山野の表情の変化に気付き、下に見られていると思いきや、更に食って掛かって来た。


「悪い悪い、ついつい笑けてきたんで。」

「はぁ!?」

「貧乏人から日銭を巻き上げるなんて、チンケなヤツだなぁ~と思ったからさ。」


山野がそう言うや、言い終わらない時点でその子は真正面から殴り掛かって来た。



素直なストレートほど、かわしやすいものは無い。

山野は左に体をずらしながら一歩踏み込んで相手の右腕をとるや、そのまま相手の腕を固めて背中から地面に軽く叩き付けた。

山野が本気だったら、背中ではなく、首から地面に叩き付ける。

ちょっとだけ本気だったら、背中から思いっきり叩き付ける。

あくまで子供相手だったので軽くやったのだが、それでも子供にとっては十分過ぎる衝撃が、背中から全身に響き渡った。

気絶こそ免れたものの、余りの痛さにのたうち回り、息が出来ないようだった。



「ほら、殴り掛かって来るから、ついつい返してしまったじゃないか!?受け身すらマトモに取れないなら、もうちょっと注意しろよ。」


おかに上がった魚のように、口をパクパクさせている子に、山野はしゃがんで言い聞かせた。

その光景をうつろな目で見ていた他の学生たちは、山野が近づくと、さっきの女性のように後ずさった。


「別にお前らを相手にする気はねーよ。巻き上げたかねを置いて、アイツを連れてとっとと消えろ!!」

「はいっ!」


山野の迫力に負けたのだろう、取り巻きの学生たちは倒れているリーダーの子を引き摺るようにして、足早に逃げて行った。

残されたのはイジメられていた子と山野だけだ。



「大丈夫か!?」


倒れている子に、山野は優しく声を掛けた。


「あっ、だっ、大丈夫です。」

「これ君のだろ。」


そう言って、山野は散らばっている千円札を拾って、その子の目の前に差し出した。


「あっ、ありがとうございます。」

「立てるか!?」

「はい。」


そう言って、その子はゆっくりと体を起こした。

山野は軽く、その子の背中辺りを叩いて、砂を払ってやる。


「結構ヤラレてたな。」

「いえ、慣れてますから大丈夫です。」

「ところで校長室どこ?案内してくれる!?」


そう言った山野を、その子はただポカンと口を空けて見ていた。

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