マクロファージは春休みの夢を見るか
ヒムラホムラ
1.あの日
長く、できるだけ長く、息を止めよう。
マスクの下で真一文字に結んだ唇が震える。
「やってみるかぁ。」
軽い気持ちだった。
身体の中の細胞や血液が休まる時間を、休暇を与えたい。そんな突飛な思い付きで私は呼吸を止めたのだった。
ほんの少し、ひと時だけでも、マクロファージを休ませてあげたいと思った。私を守るマクロファージ。1番近くで、1番静かに。
でも私には息も時間も止められなかった。たかが知れていたんだ。ほんの数十秒息を止めていただけで、身体から力が抜けていく。靄がかかったように視界が白く曇っていく。
瞬間、倒れ込む身体。でも思ったより痛くない。
---「華、お前さ、明日から春休みだからってあんまり浮かれるなよ。」
霞んだ視界に色が戻ってくる。小さなため息に揺れる前髪は夕陽に染められてかなり明るい茶色に見える。
「心配するでしょ。もう立てる?」
声の主は続けた。怒ってない。優しい声だ。
「あっ、ありがと、しゅうちゃん。もう大丈夫。」
「部活の挨拶すぐ終わるから教室で待っててって言ったのに…こんなとこで何やってたの?」
ひと回り大きな身体で私を易々と起こしながら訊ねる。
「ちょっとさ、休憩させたくて。」
「休憩?」
「そう、休憩。マクロファージをね。」
「マクロファージ?免疫細胞とかいうやつ?」
「うん。ほら私さ、小さい頃からすごく体弱いでしょ?学校も休みがちだったから、しゅうちゃんもよくプリント届けてくれたりしたよね。」
「まぁ家近いんだから当たり前。で、なんで休憩?」
「あぁ、この前生物の授業でマクロファージが出てきたじゃない?私が元気な時はマクロファージがたくさん頑張ってくれてるんだろうなって…たまには休んでくれてもいいんだよって、なんとなく思いついて!」
「お前変なこと考えるのな。」
微笑む彼のまつ毛がキラキラしている。
「春からしゅうちゃんと高校離れるし、ますますマクロファージに頑張ってもらわないと心配かけちゃうもん、春休みくらいとってもらいたかったの!」
「まぁ俺ならいつでも会えるし、なんかあったら俺が助けに行くからさ、困ったらすぐ呼びなよ。」
「しゅうちゃんは優しいなぁ。マクロファージみたい。私、しゅうちゃんの彼女になれてよかった。」
中学最後の日、私たちは初めてのキスをした。
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