カラオケのレパートリーが増えるまで

「この曲知らねー」


中学校の教室で僕は呟いた。


周りの同級生からの痛い視線を感じる。


中学の頃、『自分の好きな曲を紹介しよう』という企画にもれなく参加していた。


義務教育なんだから参加せざるを得なかったんだけども。


クラス中のみんなが自分が好きな曲のCDを持ち寄っていた。


CDを持っていなくて他の友達から借りていた人もいた。


もちろん強制ではなく、紹介したい人だけがCDを持ってきた。


クラスの人数の半数が集まったが、僕は参加しなかった。


曲を聞くのは好きなのだが、持っているのがほとんどカセットテープ(*1)だったからだ。


それに、持っていたのは父と母の昭和の歌だったり、平成初期のアニソンだったりする。


CDも持っていたが、ウルトラマンの曲しかなかった。


こんなもの持ってきたところで笑われるに違いない。


教室の中央にCDプレイヤーが置かれる。


スピーカーから流れるのは、当時流行していたアイドルの曲――


僕の知らないアニメの曲――


よく知らないバンドの曲――


耐え切れず冒頭の台詞を吐いてしまった。


今思うと、周りの人の気分を害したと思うので、言わなければよかったと後悔している。


全員の曲紹介が終わり、授業は終わった――かのように思われた。


第二回が存在したのだ。


第一回は曲数が多く、時間がかかったので、クラス全員が自身の曲を立候補し、投票で10選に絞ることにしたのだ。


第一回は全18曲で計約75分、確かに長かった。


曲を紹介したい人は、紙に『曲のタイトル』『歌手』『好きな歌詞』『一言』など、推薦文を書いた。


僕は相変わらず紹介したい曲がなかったので、曲のタイトル=『選ぶ曲がないのでもう一度チャンス』というような文を書いた気がする。


後に先生から数票入っていたことを聞き、驚いた。


全然曲に関心を持たなかった僕だったが、この曲紹介が後の人生への影響が大きいとは思わなかった。




高校になると、我が家にインターネットが導入された。


ゲームをしていると耳が寂しいので、YouTubeで検索して聞くようになった。


問題は曲選びなのだが、そこでふと思った。


そういえば中学の時に聞いた曲があったな。


タイトルのリストは配布されていたので、検索は容易だった。


最初は何気なく聞いていたが、ハマってしまった。


もちろん他のアニソンやゲームの曲も検索して聞いた。


また、ある日家族で初めてカラオケに行くことになった。


カラオケ好きの伯母や祖母に誘われたからなのか、歌っているのを聞かれて気を遣ってくれたのか知らないが。


人前で歌うのが恥ずかしかったが、2~3回くらいで、少なくとも家族の前で歌うことには慣れた。


高校でも部活仲間にカラオケに誘われたが、慣れていたせいで抵抗はなかった。


しかし、この時点ではまだカラオケが特別に好きというわけではなかった。


大学生になり、サークルで大学生になって初めてカラオケに行く機会があった。


いわゆるオタサーだった。


高校の時に曲に関する知識は増えたし、きっと僕の知っているアニメの曲もあるだろう、と高を括っていた。


しかし、僕はオタクを舐めていた。


当時の僕のカラオケのレパートリーは、中学のときに聞いた曲、カセットテープのアニソン、ネットで調べたゲームの曲、母のカセットテープやCDの曲くらいで、歌える曲は50曲程度だった。


しかし、カラオケボックスで洪水のように流れてくる、よく知らないアニメの曲、ボカロの曲、特撮の曲――


敗北した。


今の僕ではみんなを楽しませることはできないのか。


自分の無知さにがっかりした。


僕は修行した――というのは大げさなのだが、オタクの方々がよく歌っている曲を調べてみた。


調べてみると、『ニコニコ動画』からの選曲が多いことに気付き、聞いてみた。


ハマった。


「これ!ゼミでやったところだ!」と言わんばかりの聞いたことのある曲。


それは、カラオケの時に他の人が歌っていた曲だった。


オタクの方々のお陰だった。


カラオケで他の人が歌っているのを聞いているうちに耳に残ってしまったのだ。


心理学ではツァイガルニク効果というものがある。


人は未完成なものが気になり、完成させたくなる心理が働く。


特にコレクター気質が強い僕は、その『ニコニコ動画』で歌われている曲を隅から隅までチェックした。


ボカロ、アニソン、ゲーソン――『知らない』から『聞いたことある』程度までに増えた。


そして、『聞いたことある』曲は、ツァイガルニク効果により『歌える』までの曲になった。


さすがに曲の好みはあるので、全部ではないが有名どころはほとんど抑えたつもりだ。


これをカラオケで披露するのが楽しかった。


さながら「見て!僕こんな曲覚えたよ!すごいでしょ!」と自慢する子供の様だった。


こうして僕はネット上にある有名なアニソン、ボカロを履修していった。


しかし、僕のカラオケレパートリーはこれで終わらなかった。




ゲーム好きな僕はある日気付いた。


「そういえば『太鼓の達人』やったことないな」


というわけで『太鼓の達人』をやってみることにした。


最初は難しかった。


しかし、だんだん修行していくうちに高レベルまでできるようになった。


また、『聞いたことある』曲がいくつかあった。


「この曲いいな。何の曲だろう?」


ゲーム画面にはJ-POPと書いてあった。


そういえばアニソン、ボカロは抑えていたがJ-POPは抑えてない。


聞いてみよう――いや、聞かないと気が済まない。


こうして『太鼓の達人』からJ-POPの曲がカラオケのレパートリーに参戦した。


ついでに、CMで聞いたことある曲、過去に聞いたことがあるドラマの曲など、今まで聞いたことがあるJ-POPも網羅した。


こうしてJ-POPもレパートリーに加わった。


「だいぶ曲数増えたな」


僕はiPodナノの画面を見つめていた。


「これ全部で何曲あるんだろう?」


数えてみると、700~800曲あることがわかった。


曲を調べ、歌えるようにするのを繰り返した結果、知らず知らずのうちに膨大な量になっていた。


曲を全然知らなかったし、知ろうともしなかった中学の頃の自分が嘘のようだった。


この『曲を耳にする』→『調べる』→『歌詞を覚える』の流れは今でも続いており、カラオケのレパートリーは今でも増え続けている。




*1 カセットテープ

磁気テープで音の情報が記録されており、ラジオカセットに入れて音を再生する。

くるくる回すのが印象的。

最近めっきり見なくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る