サイド ストーリー ~映画『See you again! ジロー』~ 🐖
上月くるを
第1話 プロローグ
2018年4月6日(金)午前11時。
全身真っ黒な中型の豚が品川ナンバーの黒い4WD車のかげに立たされ、真っ赤なブルゾンに藍色のハンチングを被った初老の男に、しきりになにかされている。
よく見ると、黒い豚の4本の足の先だけ、靴下を履かせたように白い。
豚の足許に屈んだ男は、その白い足先にスティック式の靴墨を塗り付けていた。
――ははぁん、そういう
痛ましい場面からとっさに目を背けた文花編集長はすべてを了解した。
うずたかく降り積もった去年の枯葉は、チクチクした針を無数に潜ませている。
猛々しい
初老の男の四角く突っ張った背中には、長年、動物を糧にして来た証左の有無を言わせぬ気魄がにじみ出ている。「豚職人」になりきったアニマルトレーナーは、数時間後に待ち受ける晴れの舞台に備え、白を黒に変える作業に没頭していた。
さすがに訓練が行き届いているようで、豚は「ブウ」と鳴きもせず、身を捩って抵抗もせず、石膏のように突っ張った全身を、ただ小刻みに震わせている。
本日午後1時から、翡翠書房刊行のノンフィクション『フリーター豚・ジロー』(
いまから30年前、文花の母校である大鷹高校に、1匹の黒い豚が迷いこんだ。
この豚がきわめて懐こい性格だったので、千人近い生徒や教職員に可愛がられ、用務員室の達磨ストーブのそばに置かれた豚つぐらで寝起きするようになった。
いつの間にかジローと呼ばれるようになった女子豚(笑)は、授業や部活、職員会議など校内の随所に神出鬼没して、まるで「フーテンの寅さん」の豚バージョンのように自由気ままに暮らしたので、数多の微笑ましいエピソードを産んだ。
たまに校外に出かけて行ってどこのだれとも知れぬ男子豚の子を宿し、生まれた仔豚は希望する生徒や教職員に引き取られた。老衰の最後は校葬で送られた……。
*
――同校の卒業生のみならず、全国の動物好きの読者に受けるにちがいない。
取材先で古い逸話を聞いた
必ずしも豚好きではなかったらしく(笑)、元教師にジローの記憶は曖昧だったが、不足は元同僚や生徒の懐古譚で補ってもらい、半年後に上梓した『フリーター豚・ジロー』(文花が名付け親)は、よく売れて3,000部がいいところの小出版社としては異例のヒットとなった(といっても、せいぜいが1万部止まりだったが……)。
諒子社長の古い知人で、当時はX新聞の論説委員だったジャーナリストが書いてくれたコラムを機に、あれよあれよと言う間に映画化の話にまで発展していった。
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