第97話 放課後デート!



「みんなの目線が痛い…。」




俺は隣に美人を連れているだけならまだどうにか許されたかも知れないが、それが転校生の初日の放課後という付加価値のせいで誰もが俺たちのことを見てくる。




「何をそんなに固くなってるの?どんな人を連れていようが堂々としてたらいいのよ。」




隣を歩く三海さんは凛としていてそれこそ誰も近寄らせないオーラを漂わせている。

そして隣を歩く自分がいかにも弱そうで情けなくなっても来る。

野球はこれまで他を寄せつけない位突っ走ってきたけど、こういう色恋沙汰といえばいいか分からないが、いざという時に堂々出来ないのも中々情けないなと思うのであった。




「それでどこに行くの?」




「うーん。野球部の子達が言ってたケーキか美味しくて人があんまり多くない店に行ってみようかと思う。俺自身行ったことないからどうなるかわからんけど。」




「そこでいいよ。なにか片手にお喋り出来るならおまかせしちゃうね。」




俺達は周りから見てもぎこちない男女に見えただろう。

朝のような強気な会話とは一変して全く知らない人達がいるからこそ無難な会話が続いていた。




「俺も純粋に気になることがあるんやけど、聞いてもいい?」




「ん?どうしたの?」




「俺は特別容姿がいい訳じゃないから分からないけど、三海さんみたいに容姿がいいと将来芸能人になったり、モデルになったりそういうこと考えたりする?」




同級生になんてこと聞いてるんだと思いながらも、向こうも俺に聞きたいことを質問してきていたから思い切って聞いてみた。




「どうだろうね。私は芸能人になりたいとは思わないけど、色々と得することも多いかなと思ったりもするよ?それと同じくらい嫌なことも増えるけどね。」




考えていなかった訳では無いが、美人だから全てが得する訳では無いし、その分普通の人じゃ体験しない嫌なことだって多いだろう。




「東奈くんも分かるんじゃないの?高校生でコーチになるってことは相当な実力があって、他の人に羨ましがられたり、期待されたりもしたでしょ。それと同じくらい妬まれることもあるし、プレッシャーだって感じてたはず。」




俺は美人と野球は別に考えていたが、美人が実力と考えると同じことが言えるのか。


俺ならどう思うだろうか?


俺のことを知らない人は野球が上手いなんて分からないから知らない人に注目されることは無いだろう。



けど、三海さんはどうだろう?


顔というのは隠さないと誰もが目にして、カッコイイとかかわいいとかブサイクだとか口に出さないにしても思うだろう。



俺は野球をやめて注目されることも無くなった。


けど、コーチという立場で自分自身じゃなく他人を指導して勝たせないといけないプレッシャーは感じる。


似た者同士と言えば似た者同士なのかもしれないけど、根本的に違う気もする。




「ごめん。俺と三海さんじゃ悩みというか感じ方が違うから共感できるところもあるけど、根本的に男と女で違うから分かってあげられないかもしれない。」





「正直なんだね。ここでわかるよって距離を縮めてこようとしてきたら幻滅してたけどね。」




サラッと答えたが、とんでもない選択肢だったことに後から気づくことになった。

にしても彼女は俺に対して何かを求めているだろうか?

そもそもそういう考え自体が間違っているようにも思える。




「確かここだったかな?」



「へー。野球部の子達もいいところ知ってるのね。」




俺達はあんまり混んでいなさそうな立地の良くないカフェに入ることにした。

隠れ家的な感じなんだろうが、店内は落ち着いていてメニューを見ても値段も高くないし味がいいなら通う子達がいてもおかしくない。




「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ。」



ここを経営してるのは老夫婦みたいな2人と、小柄でパティシエみたいな格好をした若い女の人の3人でやっているみたいだ。




「東奈くんって野球部の子とよくこういう店に来たりするの?」




「いやー。ほとんど行かないな。練習試合で帰るのが早かったり、何人かで試合後に飯食べに行くとか話してるとこに出くわして、連れていかれるとかそんなもんだよ。」





興味ありそうなのかなさそうか分からないような返事をしてメニューに目を落としていた。

こうやって黙っていてこちらを見ていなかったらじっと見つめたくなるような女の子だ。




「そんなにジロジロ見られるとさすがに恥ずかしいんだけど?」



ボケっとしてる間じっと見つめていたようだ。

誰かに見られることに慣れている三海さんですら、こんな至近距離でまじまじ見られていたら恥ずかしくもなるだろう。





「ごめん!それで何頼むか決まった?」



「うん。オススメって書いてあるシンプルな苺のショートケーキと特別ブレンドのコーヒーのセットにしようかなと。」




「なら俺はその下のチョコレートケーキのセットにしようかな。」




俺はいいお年になられているであろうおばあちゃんに出来るだけ分かりやすいように注文を済ませた。





「ここなら落ち着いて話せそうだね。」




「俺は逆に変に意識して緊張するんだけどね。三海さんはあんまり緊張したりしない?」




「うーん。異性と2人でカフェでデートと考えると緊張するかもだけど、同級生のコーチをやってる変わった男の子と考えたら緊張しないかもね。」



そういうとにこやかに笑っていた。

あんまり人目に付くところだと凛としているのが癖ついてるのかもしれない。


普通にしていると警戒するほどの鋭い感じもないし、俺がこれまで警戒しすぎたのも悪い感じもする。




「私だって普通の女の子なんだからね。いい女かどうかは置いておいても、これだけ注目される容姿だと簡単に男の子と2人で遊びに行くのも難しいんだよね。」




そりゃそうだ。

今日は特にあれだけ周りから注目されていたのだ。

なにやら注目を集めてる人がいるなと思ってみたら、三海さんがいるという状態なら男といたら直ぐにバレて噂になってもおかしくない。




ならなんで今日俺の事を誘ってきたのかと思ったが、どうせなら注目を1番浴びる今日のうちに済ませたかったのか?

俺が女子野球部のコーチをしているというのは全校生徒でも知らない人がいない位有名になってしまった。




「今日誘ったのは頭よかったね。野球部に入ると思われようとして初日に誘ったんじゃない?野球部に入るなら俺と一緒にいて帰ってもそんなにおかしい事じゃないしね。」




「よくわかったね。そこまで分かるんだったら私があなたの事を試したりしてる訳じゃないって分かってくれないかな?」




俺がさっき思ったことを言ってきた。

だが、本人からそう言われると何故か警戒してしまうのは仕方ないことだろうか?




「逆効果だったかも。警戒が薄れてきたっぽかったから念押ししたら逆に警戒されちゃった。」




「よくわかったね。改めてそう言われるとやっぱり警戒しちゃうもんだなって。」




俺達は今日の朝から平行線を辿っては交わるかもと思えばまた戻る。



俺は諦めることにした。


彼女の為にも俺の為にもしっかりと話しておくことが今後の関係も円滑に行くだろうし、彼女もそれを望んでいると思い込もう。




「三海さんのこと今は信じることにするよ。だから、話したいこと話そう?このまま行ったり来たりじゃ話進まないしね。」




少し驚いた表情をしていた。

俺が最後の最後まで疑ってかかるという気持ちを拭いきれないと思っていたのか、安堵したというか向こうの張り詰めた緊張感も緩んだ気がした。




「そう…。そうしてくれると助かるかな。ありがと。」




「気にしなくて大丈夫。それで本当に俺と話したいことって何?」




「私が本当にあなたと話したかったことはね…。」




俺と三海さんは一瞬お互いに見つめあった。

お互いに嫌な予感がして窓の外を一緒に見ると野球部の女の子達がいた。




「おい…。しかもユニホーム姿じゃねぇーか。」




俺は三海さんの1番の言葉を聞けなかった。

三海さんですら驚いた表情をしているし、1年生達もバレたことに驚いていた。




校外のランニングをするとか言って俺たちのあとをついてきたのか?

けど、学校終わってすぐに2人で学校を出てから15分くらい歩いたこのカフェに来たからユニホームを着替えて追うのは難しいはずだが…。





「ねぇ。もしかしなくても野球部の人達だよね?」




「ソフトボール部って可能性もあるけど、俺の目からみたら野球部だな。」




2人でどうにか少しだけ前に進もうとしたが、それをぶち壊したのが野球部の子達と思うとなんだか悲しい気持ちになってきた。




「私はこのまま気にせずに話し続けたいけど気になる?」




「いや、追っても逃げられるだろうし、今日は俺は休みをもらってるから、んーと、えーと、カフェでの、デートを、楽しもう、かと…。」




「あはは!デートでいいと思うよ?楽しいかは別だけどね。」




初めて見る屈託のない笑顔。

女子特有の口元を隠しての本当の笑い。

俺のたどたどしいデートの言い方のせいでウケたなら俺は甘んじて受け入れよう。




「はは…。そんなにオドオドしなくてもいいのに。私もデート1回しかした事ないから気にしなくてもいいよ?」




「はぁ…。そう言われると情けないね。」




俺は苦笑いしながらそう答えるしか無かった。

向こうもそれがわかっていたのか分かってくれたようなニコッと笑いかけてくれた。




「話が全然前に進まないね。これもなんか慣れてないもの同士のデートみたいで私は楽しいかな。」




「俺も楽しくないわけじゃないよ?ただ、慣れて無さすぎて情けなくなるよ。」




「私も逆の立場だったら東奈くんと同じだと思うよ。私みたいな女をリードできる気しないよ…。」




逆になったことを考えてなのか申し訳なさそうな顔になっていた。

そんなに自分が逆になっていたら扱いづらいのか?

なら俺は逆によくやってるんじゃないかな?




「けど、女の私からするとちょっと不満かなぁ。もう少し堂々とリードされたいかもね。」




そりゃそうだ。




「ごめん…。こんなことになるなら蓮司に話をしっかりと聞いておくべきだったなぁ。」




「蓮司くん?今日のお昼ご飯の時急に来て一緒にご飯食べたよ。すごい明るい人で悪い人じゃなさそうだったよ。」





蓮司あいつ飯一緒に食べられないって言うからどこに行ったと思えば可愛い子と飯食うのを優先したな。


まぁ、蓮司らしいっちゃ蓮司らしいが…。



蓮司はモテるためにバンドするって言ってたが、女子からの人気は凄いが蓮司が目指しているのものとは違うみたいで頭を抱えていた。




「全然話が進まないね。なんかわかったような言い方しちゃうけど、こういうのも楽しむのが男女の付き合いなのかもね。」




なかなか上手くいかないことをいいように置き換えて言い聞かせているようだ。

俺も一瞬そう思ったが、デートもまともにしたことない男がそんなこと言って余裕ぶる方がダサいと思ってしまった。




「コーヒーも美味しいね。ブラックとか飲めないとおもってたけど、大人ぶって飲んでたら美味しく飲めるようになっちゃったよ。」




「確かにコーヒー美味しいね。家族がみんな好きだから俺もよく飲むけど朝とかはコーヒー飲まないと始まらないって感じするね。」




俺達は思わぬ共通点でコーヒーの話を楽しんだ。

2人とも酸味のあるコーヒーよりも苦味の強いコーヒーを好んでいて、あれが好きだとか好きじゃないとか1番デートらしい会話をしていた。




「もう結構経っちゃったね。あんまり長居しすぎでも悪いし、そろそろ帰ろうか。」




「そうだね。とりあえず家の近くまで送るよ。」





俺は野球部の女の子たちもそうだが、出来るだけ帰りが同じルートなら家の近くまで送ってあげることにしている。

何かあってからじゃ遅いのだ。

送り狼があーだこーだ言われるが、別にそんな事しないし選手たちによっては楽しそうにしてくれるからそれだけで満足だ。




「それじゃお言葉に甘えてお願いしようかな?」




「OK。それじゃあんまり遅くならないうちに帰ろうか。」




帰り道は2人とも30cmから50cm位の間を開けてどっちが前でもなく後ろでもなく隣を歩いている。

手を握ろうと思えば握れるだろうが、今日出会ってお互いが好きという感じでもないのにそんなことしたらどうなるか俺の中の悪夢が囁く。




『はぁ。馬鹿なこと考えてんな。』




俺は今日彼女に振り回されて?そのせいなのか少し変な気を起こしているのか分からないが、やってしまったら何かが終わる選択肢が頭の中に浮かんでくる。




「そろそろ家に着くかな?最後に聞きたいことがあるんだけどいい?」




「ん?今日は質問だらけだから最後の1つくらい別に気にしないで。」




「明日も私に付き合ってくれない?」




「なるほどね。聞きたいというかお願いのような気もするけどいいよ。なら明日こそ俺に近づいた話聞かせてね。」





彼女は少しだけ笑った。

その笑いは嬉しそうな顔にも見えたし、なぜか寂しそうな顔にも見えた。




「もう着くからここまででいいよ。今日はいきなりごめんね。明日も私に付き合ってくれてありがと。それじゃおやすみなさい。」




「近いみたいだけど、気をつけて帰るんだよ。おやすみなさい。」




まだおやすみなさいという時間でもないし、福岡だからまだまだ日も落ちきっていない。

おやすみなさいと言われたらおやすみなさいというしかないだろう。




俺は三海さんが軽く手を振って、家の方向に向かうであろう背中を見えなくなるまでは見送っていた。

堂々と見ているのも向こうに気を使わせそうだったので、ちらっと見えるところで見ていたがそれに気づいていたのか、曲がり角でもう一度俺の方を見た。





「ストーカーみたいだからその見送り方はやめた方がいいよー!」




そこそこ大きな声でそこそこ失礼なことを言われたが、その別れの挨拶を聞いて何も答えずに俺も帰宅することにした。



今日はなんだかんだ俺は楽しかった。

心の中で彼女ともう一度話したいと思っていた。

それは恋なのか彼女の目的が知りたいのか自分自身では今は分からないが、明日が来ることを楽しみにしていた。





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