第62話 シャトルラン!



「よーし!次は最後のシャトルランやるぞー!」



俺と監督は20mの両端に陣取り、ちゃんと折り返しの線を足で越すか、タッチするかを確認するために両端に立っていた。



シャトルランはずっと一定のスピードではなく、1分間経つごとにどんどん折り返しの合図音が短くなっていく。


合図音について行けなくなって2回連続で線を足で越せなくなるか、タッチできなくなったら終了となり最後に線を越えたところまでが記録となる。




「それじゃスタートするぞー!」



俺は記録を取りやすいようにと並んでる順番を変えた。


ライバルになるであろう選手達を、できるだけ横に並ばせて闘争心を掻き立てることにしてみた。

あまり意味無いかもしれないが、どんな結果になるかも気になった。




七瀬を柳生と桔梗で挟む形にした。



一般入学の子達はみんな横並びにして、体力があるであろう雪山、美咲、かのちゃんを並ばせて短距離で負けた凛をかのちゃんの隣に付かせた。


ここまで1位はとっていないが、全ての項目で優秀な成績取っている梨花もこのグループに入れた。


ここまで成績の良くない夏実、氷、市ヶ谷のビリ対決も一緒にしておいた。




「みんなそれじゃ行くよー!」



「5.4.3.2.1、テレレンレン.スタート!」



カセットテープから女性の声とともにスタートが宣告されてシャトルランが始まった。




シャトルランには結構性格が出ると俺は思っている。


多くの数をこなすにはやり方があるみたいだ。

俺は前日にどんな方法がでやれば長く走れるか調べてみてわかった。



最初はかなりゆっくりのスピードだからこそ、さっさと走って折り返し地点で待って少し休んでまた音が開始されたらまたスタート。


というやり方はあんまり良くないらしい。


ゆったりと走って止まって休憩をするよりも音に合わせてずっと走り続けた方がいいみたいだ。



シャトルランは1分ごとに音が転調して音の間隔が少しづつ短くなる。



最初は8km/hのスピード走るのでかなりゆっくりと走れるけど、1分経つにつれて0.5km/h走るスピードを上げていかないといけない。



1分経過。


7回が終了して音が転調してほんの少しだけ音が早くなる。


まだ流石にここまででバテている人はいない。

山登りが早かった元気なお嬢さんたち3人は、セオリーガン無視でさっさと20mを走りきって、次に音が鳴るまで1秒から2秒くらい待つという余裕さが見えている。



その隣の梨花は同じグループに居るが自分のペースを淡々と守っている。

というか、そのペースに混ざっている姿を想像出来ない。



凛は可哀想にも少し引っ張られてしまってるようだ。



他の1年生達がまだほとんどリラックスして走っているが、桔梗達3人はお互いを見ることも無く、もちろん話すことも無く黙々と走り続けている。




約2分経過。

2回目の転調をしてスピードが上がる。




15回でもみんなに疲れをあまり感じない。

だが、ここら辺から少しずつ疲れてくるはずだ。




約3分経過。


3回目の転調で結構早くなったかなという感じを受ける。

ここから約1分間の回数が8回から9回に増える。




23回のところで、マネージャーが合図音に1回間に合わなかった。



「マネージャー!早く折り返して次の音まで行けば間に合うぞー!」




俺の声を聞いて頑張って走ろうとしているが、ギリギリで次の合図音にも間に合わなかった。



猫田マネージャー脱落。回数22回。



何やら元気っ子3人組が話していて、かのんと美咲がなにやらニヤニヤしているのが見えた。


まだまだ彼女たちにとっては余裕なのだろう。




約4分経過。


ここまでで32回だ。

得点表を見ると、後少し走れれば真ん中の点数の5点が貰えるところまで来ていた。



ここら辺まで来るとスタミナのない子は結構辛い時間になってくるだろう。

元気な子達もちょっとしんどくなってきたのか、時間ギリギリにしっかりと走るようになってきた。



37回。



「氷ー!次間に合わなかったら失格になるぞ!!」



氷は合図音に少しだけ間に合わなかったが、俺の声を聞いてすぐに折り返して38回の合図音に間に合わせた。



氷は身体能力が低いのは否定出来ないが、ふざけてる訳でも手を抜いているわけでもない。

今も脱落したなと思ったが、何とか踏ん張ってきた。




約5分経過。



ここまで41回。

女子の高校生の平均が46回らしいので、そろそろ誰か脱落してもおかしくはない。


氷は踏ん張っているが脱落するだろうが、次は誰かだ。



ここから約1分間の回数が10回に増えて、疲れてきてのスピードアップはさすがにきつくなってくる。



その時は急に来た。

そろそろ6分に差し掛かるかなという49回目。




「氷!夏実!市ヶ谷!間に合ってないぞ!」




49回目にいきなり4人が折り返しに間に合わなかった。


氷はそれを聞いてさっきと同様にスピードを上げて50回目に間に合わせようとした。



スポーツテストビリ組は脱落しないように必死に食らいつこうとしているが、かなりきつそうにしている。



「市ヶ谷48回で失格。氷は50回で終わりでいいな。」



市ヶ谷は50回に間に合わなかったが、氷は50回に間に合わせたがその場にそのまま仰向けに倒れ込んだ。


37回で脱落しそうだった氷は更に13回まで粘り切ったのには俺もよく頑張ったと心の中で褒めてあげた。


市ヶ谷も頑張ろうとしたが間に合わず、夏実はしっかりと間に合わせて更に上に行こうという意思が伝わってきた。




約6分半。




51回目でまた転調してスピードがあがる。


ここまで走っていて余裕を見せているメンバーはいないし、表情は真剣そのものだった。



54回目のターンでスタミナがあるであろう青島が足の疲労からか踏ん張りきれずに転倒してしまった。

すぐ起き上がろうとするが、無理だと気づいて54回で終了。



57回に差し掛かるところで一般生徒の奈良原と花田が限界が来たみたいで、間に合っていないと宣言したところで諦めてしまった。



約7分半。


回数が61回を突破した。


1分間でここから10回から11回になって、多分バタバタと脱落者が出てくる頃だろう。



夏実はほぼ無意識で走ってるのではないかという感じで走っていて、あんまりにもヤバそうなら止めようと思っていた。



そう思っているとあっさり円城寺がその場で止まってしまった。



足は遅いが、案外スタミナと根性を見せていたが急にスイッチが切れたのか限界なのか動かなくなってしまった。



「円城寺61回。」



64回目。



「雪山ー!間に合ってないぞ!」



最初に飛ばしていたのが祟ったのか、スタミナというよりターンを馬鹿みたいにピタッと止まったりしていたせいで、右足がやたらフラフラとしており、折り返しのターンが上手くいっていないせいでみんなより遅れていた。




「雪山63回で失格!」




「んんーー!あの二人に騙されったッスー!!」



あの半分くらいに美咲たちがニヤついていたのは、折り返す時に右足で体をストップさせて、右足で走り出す。


多分そうした方がいいとあの二人からアドバイスされて騙されたのだろうが、こればっかりは騙される方が悪い。






そして65回終わった時に決断した。




「夏実!もういい!走るのやめろ!」



そう言ってもぼーとしているのかまだ走ろうとしていた。

折り返せたかのチェックを一旦止めて走るのをやめさせようとしたが、その必要はなかった。




「はぁはぁ……。夏実、もういいから休もう。」




俺の問いかけに応えたのは夏美ではなく、美咲だった。

すぐに夏実のところに駆け寄って走るのを止めてあげて、すぐにマネージャー達を呼んでいた。




『美咲、ありがとう。』




「夏実、美咲63回。」




それを見ていたまだ走っている全員が夏実の頑張りに闘志を燃やしたのか、かなりバテている桔梗、柳生も息を吹き返してきた。




「はぁはぁ。柳生も橘ももう諦めたら?」



元投手として走り込みをやっていた七瀬が2人に比べると少しだけ余裕があるように見えた。




「はぁ…はっ。優柔不断な人に負けない。」



「はぁはぁ…何勝った気でいんの?はぁ…なめないで。」




七瀬が何か煽っているようだった。

こんなきつい場面で相手に話しかけること自体余裕がないのかもしれない。




それを近くで聞いていた凛とかのんも何やら話している様子だった。




「凛ー。かのんに勝てないんだから早くギブアップしなよ!」




「はぁはぁ。かのんそんなこと言うなんてかなりきついんやろ?早く諦めた方がいいんやないと?」




あの二人の負けず嫌いも中々のもんだなと思っていた。




約8分半経過。



回数は71回を突破した。

ここまで来ても評価点は8で、特に負けたくなかったらもういいかと思うような回数にはなってきた。



71回から100回まで3分は走らないといけないが、女の子で100回突破できる人はそうそういないと思うが誰かは達成できるか?



誰かが脱落するかと思ったがこの1分間全員必死に食らいついていた。

多分次の1分でもしかしたら全員落ちるかもしれないと思うくらいにはバテている。



俺はこの光景を見てほんの僅かにニヤニヤしていた。


変なこと言うが女の子が走ってたら少なからず胸は揺れるだろうし、苦しい表情を見れて喜ぶ性癖もあるだろうが俺は違う。



誰が横並びのシャトルランで勝てるか。

スタミナという概念ももちろんあるが、残っているみんなはもうギリギリという感じで大して差はないだろう。



シャトルランの結果なんて野球の実力には関係ないという気持ちになると、段々と心が弱い方にいってしまう。



そういう心の弱さを取っ払って誰が勝つのかを楽しみに見ていた。




約9分半経過。


ここまで来ると回数も83回になり、何回目か忘れたがまた合図音が転調した。




「桔梗!かのん!柳生!間に合ってないぞ!」



転調で音が変わる前に3人は少しだけ俺の前のラインに届いていなかった。




3人とも全然間に合っていなかったとかではなく、ほんの少しだけ間に合ってなかったので、落ち着けば良かったのだろうが、3人はすぐにそこそこのスピードで折り返して行った。




3人とも一応間に合ったみたいだが、さっきの焦りでダッシュしたのが祟ったのかまた俺のラインに間に合わなかった。





「3人ともまた間に合ってないぞ!」




「はぁはぁはぁ…橘も柳生も、もう諦めたら、いいのに…。」



流石に2人とも言葉を返す元気がないのか走るのに必死になっていた。





「橘さん84回脱落ね。」



桔梗は折り返しが間に合わなかったみたいだ。

体が1番大きくてきつかっただろうが、よくここまで頑張ったなと感心していた。




かのちゃんと柳生はそろそろ無理だろう。

頑張ってもあと二、三回というところだ。




「あんたには負けないから!」



こんな場面で大声を出したのは柳生だった。

気合を入れても多分もうスタミナは残っていない。

後は七瀬次第だろう。





「かのん、86回で失格。」




「はぁはぁ…。凛なんかに…負けるなんて…やだ!やだ!」



間に合わずに凛に負けたことが腹立たしいのか珍しく地団駄を踏んで悔しがっていた。

こういうところは可愛らしいなと思いながら見ていた。




「凛、88回失格。」




「はぁはぁ…。やっと勝ったばい…。」



凛も限界に来ていたのはだろう、横目で悔しがるかのんをみて満足気な顔をして自ら走るのをやめた。


自らやめたと言って限界を越えてないとは思わないし、88回は得点表でいえば10点の満点までは走りきったのだ。





柳生が大声を出してから5回経過したが、疲労困憊になりながらも走るフォームはまだしっかりしている。




「柳生さん、七瀬さん間に合ってないよー!」



俺の逆側の2人が間に合っていないみたいだ。

次にこのラインをまたげなかった方が負けるだろう。




2人は体が当たるスレスレを走っていた。



これが89回目。

俺の前のラインを2人はどちらも間に合った。




2人ともお互いに負けじと折り返そうとしたが、柳生が先に限界が来た。


折り返えそうとしたが、俺の前のラインを通り越すのでやっとだった。





「柳生、89回で失格。」




ここまで脱落して息が上がっていたメンバーも元気になってきて、残っている3人にちゃんと応援を飛ばしていた。




「梨花さん!頑張ってくださいー!」



「七瀬。ここまできたら1番になって。」



負けた桔梗も七瀬に声援を送っていた。

こういう姿を見るとちゃんとチームメイトなんだなと思っていた。



七瀬は多分勝てないだろう、


投手としてずっと練習場まで片道5、6km走って行って、帰る時にもまた走っていた梨花はまだ普通に走れそうだった。


1回も話題に上がっていない月成も1回目からここまでずっとギリギリのタイミングでラインを越して、ラインを越す時はしっかりとスピードを落としてターンも交互に行って体の負担も上手くケアしている。



昨日シャトルランのコツを調べた時の技術をしっかりと実践できている。

しっかりと予習してきていることもそうだが、梨花に張り合える程のスタミナにも驚かされた。




そして遂に10分半経過。


ここで94回を突破した。

それで辛くなってくるのが折り返す数が11回から12回になる。




「95回七瀬失格。お疲れ様。」



俺は目の前にへたり込む七瀬に労いの言葉をかけてあげた。



いつもはツンとしてる感じだが、勝ったことに満足気なのか少し笑っているような気がした。





月成と梨花はまだ淡々と走っている。

2人はライバル争いをしている感じではなく、自分との争いをしている感じだった。




98回で折り返さずに大きく息を吐いて、その場にへたり込むことも無く、息も絶え絶えできついはずだがその場をゆっくりと歩いて息を整えていた。




「梨花、限界だった?」




「はぁ…。ふぅ…。限界。ここまで走ればいいじゃろ。」



梨花は素っ気なく答え、クールダウンを兼ねて月成さんを見ながらその場を離れながら見ていた。




「ボクもうダメぇ…。」



最後は俺の前で可愛らしい声で諦めて仰向けに倒れ込んだ。



「月成さんお疲れ様。1位おめでとうとよくここまで頑張ったね。」





結果は103回まで記録を伸ばして堂々のシャトルラン1位を月成さんがとった。




1.月成姫凛灑澄 103回

2.西梨花 98回

3.七瀬皐月 95回

4.柳生亜衣 89回

5.王寺凛 88回



1.市ヶ谷咲 48回

2.時任氷 50回

3.円城寺緒花 61回




とても長く感じたシャトルランも誰も怪我もなく無事に終わった。


夏実は死にかけていたが、一応持ってきた酸素スプレーで酸素を補給して少ししたら普段通りに戻っていた。




スポーツテストの結果は堂々の1位が西梨花だった。



最下位は同率で市ヶ谷と氷という結果になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る