第45話 迷い!



8月15日。



まぁまぁテンションの下がる出来事が起こった。

いつもなにか起こる時は天見さんの電話から始めるのだった。




「龍くん、おはよう。」




「おはようございます。こんな朝早くから一体どうかしましたか?」




「いい話と悪い話どっちが聞きたい?」




そりゃ人間は誰だっていい話しか聞きたくない。

こういう時に多分性格が出るのではないか?

悪いことを後回しにするか、先に済ませたいか。




俺は朝起きたばかりなので出来ればいい話から聞きたいが、性格的に悪い話から聞くことにした。




「えっとね。私がスカウトした子達の柳生結衣さんと多賀谷鈴音さんが特待生の話を断ってきたよ。」




まじか。

投手が居なくなるのはチームとしてはきつい。

多賀谷さんのパワーもかなり捨てがたいが、入る予定の選手が来ないというのはかなりショックだ。



天見さんがスカウトしてきた選手で、俺はまだ話したこともないのでこれくらいの気持ちだが、自分の選手が1回OKして断られたらどんな気持ちになるのだろう?



あんだけ頑張ると誓った江波さんとかだと俺は立ち直れなさそうだ。




「原因とかなにかあるんですか?」





「北九州地区で最大のマンモス校の福岡国際高校が、3年前くらい女子野球部に力を入れ始めたみたいでうちの高校よりもいい条件を出したみたい。家が遠い子達は女子寮に入るでしょ?多分、家から通えるってのも大きいのかもね。」




「そうですか…。結衣さんと多賀谷さんは分かりましたが、妹の亜衣さんと時任さんは来てくれるんですか?」




「亜衣の方はうちと同じ条件だったみたいで、姉だけが条件が良くて自分が下だっていうのが納得いかなかったみたい。氷ちゃんの方はあの子よく分からないのよね。けど、龍くんと会うのを楽しみにしてたわよ。」




「俺に?まぁそれはいいですけど…。それがいい話じゃないですよね?」





「はは。流石にそれは可哀想だから違うよ。いい方の話は、王寺さんと円城寺さんがスカウトを受けてくれたよ。よかったね。」




あの二人が来てくれるのか。



軟式出身だから硬式になれるまでは少しだけ練習しなければいけないだろうが、彼女たちは即戦力というよりも2年、3年の時に活躍してくればいい。




「そうですか!よかったです!」




「嬉しそうで何よりだよ。だけど、もうスカウトもあんまり出来ないだろうから夏休みの宿題とかもしっかりね。」




「わかりました。連絡ありがとうございます。」




そういうと電話を切った。

とりあえず王寺さんと円城寺さんが来てくれるってだけで安心はできた。



それでも投手が1人抜けた穴は大きい。



と思っていたが、個人的にはキャッチャーの妹の愛衣さんじゃなくてよかったと思っていた。

捕手は最悪1チーム1学年に1人しかいない場合もある。




「んー。今日はどうしようかな。」




今絶賛GIRLSリーグ、Princessリーグ合同の3年生大会がやっているだろう。


この大会はレギュラーじゃない選手たちも出られるように基本的に3年生が出られるように、3年が20人いるようなチームはA,Bと分かれて大会に出場する。



この大会が終わればみんな基本的に引退となる。

高校が決まっていたりしたら練習に参加したりはするだろうが、端っこの方でちょっとした練習くらいしか出来ない。




実際俺が見たい選手は特にはいない。

ここまで決まっていない選手は優れた選手居なくもないが、こんなに試合を見に行って見逃すっていうのは考えずらい。




昼前の11時。



俺は今日1日こうやってぼけーと過ごそうと決めていた。

最近は練習やらスカウトやらで炎天下のなかあちらこちらに出向いたのでやっぱり幾ら体力があっても疲れもする。




ピンポーン。




やっぱりこう思った時は大体誰かがくる。

俺は心当たりが色々とありながらもインターホンに出ることにした。




「こんにちは。」




「桔梗ちゃん?玄関空いてるから入っていいよ。」




家に訪ねてきたのは桔梗だった。

あの全国大会以降学校も夏休みだったので、会って話す機会もなかった。


もちろん連絡先とかは知っているが、桔梗から連絡してきたことは1度もないと思う。




「ちょっと龍の部屋に行ってもいい?」




「別に綺麗じゃなくてもいいならいいけど。」




私服でわざわざ家に来るなんて、デートのお誘い位しか思い浮かばない。





「龍、ちょっとベットの上で寝て。」




「なに?なんかいい事が起こる?」




「起こるよ。」




俺は上向けで寝ていたが、無理やりうつ伏せに寝かされてしまった。


何をされてしまうとおもっていたら、普通に俺の体をマッサージしてくれた。



マッサージをするために来ないとは思っていた。





「マッサージしてあげるからちょっとだけ話を聞いて欲しい。」



やはりなにか俺に伝えに来たのだ。

多分正面切って話すのが恥ずかしいのか気まずいのか分からないが、彼女がそうしたいなら俺はそのままマッサージを受けることにした。




「私ね、花蓮と波風と舞鶴にスカウトの声がかかってるんだけど、どうしたらいいんだろ?」




会った時から桔梗からは迷いを感じていた。

多分、あの全国大会の敗北のせいか?



あの最後の打席で手玉に取られていて、試合後には斉藤さんからなにかを言われているみたいだったが何か迷うようなこと言われたのだろうか?




「どうしたらって。それは桔梗ちゃんが決めることだよ。どこの高校が私に合ってるかって聞きたいなら俺は舞鶴がいいんじゃないかと思うけど。」




一瞬手を止めたが、直ぐにまたマッサージを開始してくれた。




「そういう事じゃない。」




「俺のことを気にしてんの?そうだったら、桔梗ちゃんは自意識過剰過ぎるよ。」




その瞬間腰をかなり強く押された。




「痛い痛い!俺がコーチをしてスカウトもして、それに付き合ってあげないといけないって思ってるなら間違い。俺は苦労はしてるけど、それは桔梗ちゃんが考えることではない。選手として1番成長出来るところに行った方がいいと思う。」





「なら私は強豪校に行った方がいいってこと?」




桔梗はきっと誘って欲しいのだろう。

だけど、ここでその言葉を言ってしまったら彼女が後悔するんじゃないかというのが俺が怖かった。




俺が指導しなくてもいい所の高校に行き、そのまま指導を受ければそのままプロ野球選手になれると思う。



この前に一緒に練習した姉もそう断言していた。

幼なじみとはいえ、そういう選手を俺がコーチとして面倒を見るのを避けているんだろう。





「別にそういう訳じゃないけど、花蓮に行きたかったんじゃないん?この前の試合の後に齋藤さんに何か言われた?」




「何か知ってるの?」




「俺は知らないよ。けど、俺は雰囲気でなにか言い合っていたのはわかってる。」




「そうだったんだ。けど、あの時言い返せなかった。私は本能的に負けを認めてしまったのかな?野球人として何かが抜けてるんじゃないかって。」




「桔梗ちゃんは昔からそういう女の子だったと思うけど?別に言い返せばいいって訳でもないし心の中でその燃える闘志が消えないならそれでいいと思う。」




「そうなのかな…。」




「こんなこと言ったら申し訳ないけど、俺は1回1回の勝負では負けることはあるけど結局最後は勝ってきた。誰よりも勝ちたいと思ってた訳じゃない。誰よりも勝つための準備をしてきたから。」




「それと心構えの何が繋がるの?」




「俺は勝負に個人的感情は要らないと思ってる。純粋な勝負で相手を上回るだけ。どうしても負けたくない相手がいるなら気持ちで上回るんじゃなくて、その相手に勝てるだけの実力を手に入れるしかない。」




「まだ私にはそれが足りてない?」





「足りてなかった。相手は桔梗の実力をある程度認めていたと思うし、あんな小手先の物真似で動揺して崩れるとは俺は思ってなかった。多分相手も半分抑えられたらラッキーくらいだったんだろう。」




「けど、もしホームラン打ってたら同点で相手も追い込まれるのにそんなことする?」




「俺が齋藤さんならやってたかもね。彼女は投手が出来るように見えたけど、ただ元々の身体能力と野球のセンスでやっていた。打たれても次の回で終わらせるつもりだったんだろうね、2.3.4の攻撃だったし桔梗達は多分齋藤さんを抑えられる投手が居なかった。8割は打たれただろうね。」





「そんな所まで考えてたのかな?私はその打席でホームランを打つことしか考えてなかったから…。」




「それなのに、相手の術中にハマってしまった。それがあの勝負の全てだった。120キロも出ていない、コースもそんなに厳しくないストレートを打ち損じるようじゃまだまだ。」




俺は慰めようと思っていたが、桔梗に対して結局嘘をつくことが出来なかった。



優しい嘘ならいいと言ったりもするが、俺は野球人である橘桔梗という1人の選手に簡単に嘘をつくことが出来なかった。



桔梗の手は完全に止まっていた。

その事について俺は何も言うこともなかったし、俺の上でどんな表情をしているかを見ようとも思わなかった。



コーチをすると言っても、元々野球を辞めて手が空いていたから姉に押し付けられた。


そんな俺が技術面以外に彼女たちに教えることがあるのだろうか?

彼女たちは一生懸命に頑張って心も体も技術も磨いていくのに、俺はなんの心を教えれることがある?



なまじ負けたことがないせいで、敗者の気持ちも分からない。

だから、勝者としての気持ちでしか相手に寄り添えない俺が負けて強くなっていくであろう彼女達の隣に居てもいいのだろうか?




俺は桔梗に対して言った言葉の数々を思い出して、自分はこれからどうなんだとただただ思うだけだった。




「龍。ありがと。私、少し自惚れてたのかもね。」




「別に自惚れちゃいない。俺ももまだまだ強くならないとね。」




「うん。また考えてみるね。」




「もし、野球のあり方に迷ったりしたなら俺と明日観にいきたい試合があるんだけどどう?俺が一番最初に特待生としてスカウトした選手。桔梗ちゃんも知らないって言ってた江波さんっていう選手。」




「ん?その人のプレーを見たら何か私のプレーに参考になるとか?」




「さぁそれは桔梗ちゃん次第だね。」





俺と桔梗は江波さんの試合を見に行くことにした。




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