第32話 約束!




門司はバラエティーのある選手が多くいて、見ていて楽しい試合だったが、朝倉西に4-2で惜敗してしまった。




この全国大会予選は、3年生たちにとっては全国大会への最後のチャンスだ。



負けてもここで引退という訳でもない。



あと2つくらい大会が残っているが、日本一を目指すにはこの大会しか残っていないのだ。



門司の選手達は、負けたことを実感したのか1人が涙を流すと、それに釣られて3年生の選手達も涙を流していた。




特にあの双子の姉妹はこれでもかというくらい号泣して、ベンチの選手に介抱されるまで泣いている。



1番印象に残ったのは時任さんだ。


周りが泣いて声を掛けあっているど真ん中で、泣いている様子もなく試合で汚れたバットやグラブの手入れを淡々としていた。




そして、事実上の決勝戦といわれているプリティーガールズとベースボールガールズの試合が開始した。



観客席に集まっている中学生の女の子たちは、この試合を見に来たと言っても過言ではないだろう。



隣の江波さんも少し興奮した様子で、2つのチームがハイレベルでいい選手が多いので、食い入るように練習もじっと見ていた。




「かのんちゃん、今日凄く調子良さそう。」




「見ててわかる?調子が良さそうなのがわかるってのは江波さんもいい目は持ってるね。」




褒められて嬉しそうにした。


俺はこの子は褒めて伸ばそうとある程度決めていた。

まずは自信をつけるところから始まらないといけない。





試合が開始された。


ここまで1番から5番の打線を一切変えてこなかった、プリティーガールズはガラリと打順を変更してきた。



ここまで1番バッターのかのちゃんが3番に入り、右バッターの玉城さんが5番に入って、元々5番の左バッターが2番に。


1.2.3番を左打者にして、この前の大会で藤さんをカモにしたかのちゃんが3番に入った。




この作戦がどハマり。



かのちゃんはこの前の相性のよさそのままで、2打数2安打2打点の活躍。



4番の桔梗もヒット1本と犠牲フライ1本で、4回まで3-2で試合を有利に運んでいた。



逆にこの試合玉城さんがブレーキになっていた。



三振とゲッツーで2度のチャンスを潰してしまった。



5回はかのちゃん、桔梗に回る打順だったが2人とも内野ゴロに打ち取られた。



6回に大きな追加点が入った。


ここまでブレーキだった玉城さんがレフトスタンドギリギリに入るホームランを放った。




そのまま試合は進み、結局4-2でプリティーガールズが決勝戦へ駒を進めた。



その次に行われた決勝戦はプリティーガールズが強さを見せつけ、7-2で勝利した。


福岡県予選を優勝した桔梗達は九州大会進出を決めた。




かのちゃんは前大会でMVPを取ったせいか、マークが厳しくなり四球で歩かされることも多くなった。



勝負を避けられても、流星のかのんは走りに走りまくり6試合で13盗塁をマークした。



桔梗は許斐さんとの首位打者争いに勝ち、首位打者と14打点で打率、打点の2冠になった。


最多ホームランはまさかの門司の多賀谷さんと玉城さんの2本塁打だった。




決勝戦は天見さんは見ていなかった。


昨日は俺に報告とOGとして応援しに来ただけだろう。


天見さんは彼女達の特待としての評価もお願いと言って帰って行ってしまった。




「東奈くん。特待ってランクがあるよね?私は他の人より上手くないのは分かってるから期待はしてないんだけど、私のランクはいつ教えてくれるのかな?」




「それがね…。スカウト終わってないから、江波さんだけはちょっと決めずらくて困ってるんだよ。だから、ちょっとだけ待っててくれる?」




彼女は評価を気にするようなタイプではない。


特待のランク決まっていないから、正式に特待の話をまだ出来ていないかった。



こちら側と特待として決まってはいるが、江波さんからすると何となく確証を持てない状態になっていた。




「うん…。話が無くなるってこともあるのかな…?」




「それはないよ!そんなことがあるなら俺が特待の話を捨てて、変わりに江波さんに渡すから!」




「いやそれはだめだよ!もし、無くなっても普通に受験して白星高校に行くから大丈夫だよ。」




俺はこんなに優しい江波さんに申し訳なくなった。


確かに能力だとCが妥当だと思うが、Bにしてあげたいという思いも捨てられないせいで、ここまで延ばし延ばしになっていた。




「今月中にちゃんと決めるからあと少しだけ待ってね。」



そういうと江波さんはにっこりと笑っていた。



俺の7月はとにかく忙しかった。



来週に野球部の夏の予選も始まる。




「よーし!集合!!」




大会の予選が始まる3日前くらいから毎日練習に顔を出した。


ノックを打ったり、選手にアドバイスをしたりしてチームのことを3日である程度把握した。




「みんな、俺達3年生は最後の大会だ。あんなことがあってもよく残ってくれた。明日監督をしてくれる龍ちゃんにも感謝してる。明日の試合、勝っても負けても絶対に後悔するようなプレーはするな!解散!」



「「おぉーー!!!」」




相手のチームは分からないが、地区予選も勝ち抜くのも厳しいだろう。


こーちゃんは元々サードでチーム事情で投手をしており、球はそこそこ速いがコントロールや変化球はどうしてもイマイチというところはある。



俺はどうにかして1勝だけでも思っていたが、試合はやってみないと分からないが、どう考えても勝つのは厳しい現状に頭を抱えていた。





「龍、お疲れ様。ちょっとだけ家にお邪魔してもいい?」




家に帰ると、玄関の前で私服の桔梗が俺の帰りを待っていた。


野球部の監督をしていることを知っていて、練習が終わりそうなこの時間に家に来たのだろう。




「こんな家の前で話すのも変だし、上がったらいいよ。」




「お邪魔します。」




家に帰ったが、両親は居なかった。


とりあえず桔梗とリビングに行き、すぐにクーラーをつけた。



「んで、桔梗ちゃんは何用でここにきたの?」




「明日監督として試合に行くんだよね?明日休養日だから試合見に行くよ。浩一も、もしかしたら最後になっちゃうかもしれないしね。」




「ありがとう。けど、多分勝つのは厳しいと思うよ?桔梗ちゃんが試合に出てくれたら少しはマシだと思うけどね。」




「私よりも龍が試合に出た方が勝てると思う。」




正論すぎてなにも言い返す言葉がなかった。




「ねぇ、龍。私になにか言ってないことない?」




多分なにか勘づいてるのだろう。


この前、江波さんとかのちゃんに囲まれてた俺が、他の中学校の女子を侍らせてたと変な噂を立てられてしまい、桔梗もそれを聞いたと思う。




髪の毛がオレンジ色のうるさい中学生が俺に会いに来ると言ったら、多分かのちゃんしか思い当たらないのだろう。




「かのちゃんのこと?」



「そう。かのんはまだ分かる。あの子はいつも自由だから仕方ないけど、もう1人の女の子は誰?」




『俺はなにを探られるのか…。』




浮気の尋問みたいに桔梗に色々と聞かれ、とりあえず嘘ついても仕方ないので野球をしてる女の子だと答えた。




「んー。聞いたことないし知らない。」



「まぁ、桔梗ちゃんが知ってるような選手では無いと思う。」



桔梗が少しだけ何かを考えたような顔をすると確信的なとこを突いてきた。




「女子野球のことなにか探ってるよね?この前の大会の準決勝で観客席にいるの見つけた。けど、私には話しかけてこなかったし、もう1つの試合の方を食い入るよう見てたよね?」




俺は流石に隠せないと思い、話そうとした。




「それが…。」




「なにか気になる女の子でもいるの?少しは私も力になれると思うけど。」




とんでもない勘違いだった。


女子野球に女探しに俺が行ってると思われてるのか?


それはそれでとても悲しいのだが…。




「いや、そんなんじゃないけど…。」





「白星高校のコーチするんでしょ?私にはスカウトしに来ないの?」



これまでのは茶番だった。


俺がコーチをすることを知っていて、からかってきた。




「知ってるなら最初から言ってくれてもいいのに。俺が桔梗ちゃんスカウトか…。」




もちろん考えていた。


だが、幼なじみとして俺からスカウトするのは卑怯だとずっと思っていた。


天見さんから俺の名前を出さずにスカウトするならそれでもいいと思っていた。


本人からこう言われると逆に言いづらさはある。




「じゃあ、逆に俺にスカウトされたら桔梗ちゃんはどうするん?」




「んー。考える。」




何とも桔梗らしい返しだった。


起こってないことは分からないし、考えないというスタンスは昔から変わらないんだなと思ってしまった。




「まだ分からないね。桔梗ちゃんがいればもちろん心強いけど、もし桔梗ちゃんをスカウトするなら1番最後かな。」




「そう。けど、遅すぎるともう決まっちゃってるかもよ?」




「それはそれで仕方ない。俺が見た女子選手の中で桔梗ちゃんが一番の打者だから、俺が教えることも少ないしね。」




「そうかな?龍の口からちゃんと聞けてよかった。今日はもう帰るね。明日頑張ってね?」




「送って行くよ!」



「気にしないで。近いし大丈夫。」




そう言い残して家に帰っていった。





「桔梗ちゃんをスカウトか。」




俺はそれが簡単に出来ればどれだけ楽だろうと思いながら、明日の準備を進めるのであった。





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